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成田あゆみ先生のコラム 『実務翻訳のあれこれ』 1970年東京生まれ。英日翻訳者、英語講師。5~9歳までブルガリア在住。一橋大大学院中退後、アイ・エス・エス通訳研修センター(現アイ・エス・エス・インスティテュート)翻訳コース本科、社内翻訳者を経て、現在はフリーランス翻訳者。英日実務翻訳、特に研修マニュアル、PR関係、契約書、論文、プレスリリース等を主な分野とする。また、アイ・エス・エス・インスティテュートおよび大学受験予備校で講師を務める。

第25回:ラテン英語入門・中編

明けましておめでとうございます。3年目も頑張ります!!

今回は、前回に引き続き、「ラテン英語入門」をお届けします。

「ラテン英語」(フランス語、スペイン語、イタリア語など、ラテン系言語を母語とする人が書いた英語)は、単に読む分にはほとんど違和感はありませんが、訳そうとすると標準英語(アメリカ英語やイギリス英語)との違いに苦労します。
ここでは、ラテン英語の特徴のうち、英日翻訳で特に苦労する点についてまとめてみます。


◆ラテン英語の特徴◆


(1)修飾関係があいまい
(2)名詞構文が多い
(3)言葉数が少ない (←言い回しを訂正しました)
(4)言葉の意味がラテン系言語に引きずられる
(5)英語と比べて時制が少ない

今回は(3)~(4)を取り上げます。


(3)言葉数が少ない
ラテン英語は訳してみると、標準英語よりも言葉数が少ないというか、少ない言葉で多くのことを言っているように感じられます。この言葉の少なさが「飛躍」に感じられ、とても訳しづらいのが特徴です。
言葉と言葉の間を埋めるつもりで訳さないと、稚拙な印象の訳になってしまいます。
例をあげましょう。フランス人の書いた英語です。


例1
Entrepreneurs are curious people. They see a problem, they think: “Opportunity!” And that’s how it goes with one of the worst threats to our planet: climate change.


下線部が、いかにもラテン英語な印象です。

「彼らは問題を見る、彼らは「チャンス!」と思う」
では日本語としてあまりに稚拙ですし、
「問題を見ると「チャンス!」と思う。」
と、主語を省略してみても、スカスカした印象でやっぱり稚拙です。
でも、原文の書き手にしてみれば、稚拙に書いているつもりはないはずです。

ここは、書き手がこの部分を話している様子を想像するとよいと思います。
大きな身振りや抑揚とともに、ラテン系のイントネーションで、表情豊かに訴えかけてくる様子を思い浮かべると、訳の方向性が見えてくる気がします。


1:改訳例
起業家は好奇心旺盛な人種だ。何しろ問題を見つけると「ビジネスチャンスだ」と思える人たちなのだから。


下線部の次の文も、特にthat’s how it goes with ...の部分で手が止まります。
「それが、地球に対する最悪の脅威に対するあり方だ。すなわち地球温暖化である」
などとしたところで、前後とまったくつながりません。
ここは、thatが何を受けているか、また前の文と「地球温暖化」という概念はどうつながっているのかを考えながら、言葉を補って訳す必要があります。


1:改訳例その2
起業家は好奇心旺盛な人種だ。何しろ問題を見つけると「ビジネスチャンスだ」と思える人たちなのだから。こうした性質は「地球温暖化」という、我々に迫り来る最も重大な問題を前にした時もいかんなく発揮される。


個人的には、ラテン英語を訳す最大の難しさはこうした、文と文・概念と概念の間のすき間を埋めながら訳さなければならない点にあると思います。
そのためには、ひとつひとつの文や概念が何を言いたいのか、いちいち受け止めないといけません。
その分、標準英語を訳すのに比べ、手間も時間もかかります。


(4)言葉の意味がラテン系言語に引きずられる
ラテン英語では、ごく一般的な英単語が、標準英語とは異なる使い方をされます。
これは書き手が、ラテン系言語を逐語訳した英単語を使っているために起こります。
誤訳につながりかねないため、注意が必要です。

訳語選択にあたっては、仏和辞典や西和辞典、さらにはEnglish-Spanish Dictionaryなどが役に立ちます。
いずれも、簡単なものならネット上にあります。(ラテン英語をよく訳す人は紙の辞書で持つのもお勧めです。私は最近English-Spanish Dictionaryを買いました !)

こうした単語は、読んでいてある種の違和感があるので気がつきます。
以下ではその違和感の例を示したいと思います。
前回も登場した、南米某国サッカー協会(AFA)会長挨拶文です。


例2
the AFA feels pleased about counting with the possibility of doing the training in Asia with such a prestigious team as Japan’s.


count, with, possibility、すべて英語としてごく一般的な単語ですが、訳そうとすると言葉につまります。特にcount with ...というイディオムは、英和辞典を見てもないようです。 
またpossibilityも、試合の挨拶文なのに、「アジアでトレーニングを行う可能性」と、まるで試合ができないかもしれないような言い回しをしているのが気になります。

・・・こんな感じの違和感があります。
ここで、この部分はスペイン語の逐語訳ではないかと思い当たれるかどうかが、勝敗の分かれ目( ?!)です。

まず、countをEnglish-Spanish Dictionaryで引くと、countに相当するスペイン語はcontarだとわかります。

次に、withに相当する前置詞conを合わせた「contar con ...」を西和辞典で引きます。
すると、contar con ...には「持つ、備えている、(…が)ある」という意味があります。
つまり、count withはhaveと読み替えられるわけです。

さらに、possibilityに相当するposibilidadをSpanish-English Dictionaryで引くと、posibilidad de ... という用例にchance to ...という英訳がついています。
どうやら、ここのpossibilityは「可能性」というよりも「機会」に近い意味で使われているようです。

2つを合わせて、count with the possibility of ...は「機会を得る」、have the opportunity to ...に近いと判断できます。


2:訳例
AFAは、日本のような強豪を相手にアジアの地で練習試合を行う機会をいただき、非常に嬉しく思っています。


英語の表現を、辞書を頼りにいったんスペイン語に逐語訳して、そこからさらに別の辞書を頼りに日本語に訳す。ものすごく遠回りですが、辞書マニアとしてはけっこう楽しかったりします(笑)。

この処理のポイントは、ラテン英語の表現にある種の違和感を覚えることができるかどうかにあります。違和感がないと、辞書を調べようと思わないため、訳にいつまでも迷いが残ってしまいます。
上ではcount withが英語にない表現のため、比較的簡単に違和感を持つことができました。
一方、possibilityについては、文脈まで考えないと違和感を持ちにくいかもしれません。

もう一つ、例を挙げてみます。イタリアの観光案内サイトからの引用です。


例3
... Italian cuisine is not only highly regional, but is also distinguished by being very seasonal with high priority placed on the use of fresh, seasonal produce.
We propose a handfull of carefully chosen Restaurants and Trattorias where we guarentee you will find exquisite and simply true tastes each a great regional testimonial of the best in Italian cuisine.  (スペルミスは原文のママ)


この文章は、simply true tastesの訳で詰まります((3)言葉数が少ない)、加えてtestimonialの訳で悩みます。
testimonialは標準英語では「証言」の意味ですし、“regional testimony”で検索すると、地方裁判所などでの証言の話がヒットするので、惑わされます。

ここで、testimonyがイタリア語に引っ張られているのではないかと考えます。
そこで、伊和辞典でtestimoniare(動)を引くと

1証言する、陳述する
2 証明する、表す、示す

とあります。
そこでtestimonial of the bestは「最高を示すもの」といった意味であると見当をつけます。

念のためregionaleを引いてみると、派生語のregionalista(形「地方主義の、地方分権主義的」)に「scrittore regionalista 地方的題材を得意とする作家」という用例があります。
regionalistaを「地方的な題材を得意とする」とふくらませているわけです。

この記述に意を強くし、regional testimony of the best of Italian cuisineを「イタリアの地方料理の最高の部分を示しているレストラン」くらいの意味だとあたりをつけます。


3:訳例
イタリアでは地方ごとに特色ある料理が発展しています。また、旬の素材を用い、季節ごとの新鮮な食材を大事にしている点も大きな特徴です。
当社ではお客様に、選び抜かれたリストランテやトラットリアをご紹介します。いずれも、イタリアの各地方料理を代表する名店ぞろい。シンプルで極上の、本物の味わいをきっとご堪能いただけることでしょう。


ここでは、regionalが意味的にはtestimonialではなくbest of Italian cuisineを修飾していると考えて訳しています((1)修飾関係があいまい)。
また、冒頭部分に「イタリアでは地方ごとに特色ある料理が発展しています」という文脈があるのも根拠になります。

話が細かくなり申し訳ありません。これは私の説明能力不足もありますが(苦笑)、きっとラテン英語が難しいせいです。
話があまりに細かくなってしまったので、(5)は次回に回します。

参考:
小学館『西和中辞典』第2版、2007
Oxford Spanish Dictionary, Oxford University Press, 2008
小学館『伊和中辞典』第2版、1999
http://cosycab.com/ing_tours.php

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