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気になる外資系企業の動向、通訳・翻訳業界の最新情報、これからの派遣のお仕事など、各業界のトレンドや旬の話題をお伝えします。

成田あゆみ先生のコラム 『実務翻訳のあれこれ』 1970年東京生まれ。英日翻訳者、英語講師。5~9歳までブルガリア在住。一橋大大学院中退後、アイ・エス・エス通訳研修センター(現アイ・エス・エス・インスティテュート)翻訳コース本科、社内翻訳者を経て、現在はフリーランス翻訳者。英日実務翻訳、特に研修マニュアル、PR関係、契約書、論文、プレスリリース等を主な分野とする。また、アイ・エス・エス・インスティテュートおよび大学受験予備校で講師を務める。

第26回:ラテン英語入門・後編

和田先生こんにちは! 同志を得てうれしいです。
みなさん! 現役通訳者が「勉強嫌い」を標榜したとき、それは基準としているレベルが常人とは違いますので注意しましょう!!
通訳者は一般にものすごくマゾでタフな人種で、世間的に見ると努力の鬼でも「自分にはまだまだ努力が足りない」と自己認識しているような人たちです。
一方、翻訳者の自己認識についてはよく分かりません…少なくとも私は、単にいっぱいいっぱいです。

☆ ☆ ☆

さて、今回は「ラテン英語入門」後編をお送りします。

ラテン系言語(スペイン語、フランス語、イタリア語など)を母語とする人が書いた英語は、ラテン系言語の影響を強く受けた英語になります。


◆ラテン英語の特徴◆


(1)修飾関係があいまい
(2)名詞構文が多い
(3)言葉数が少ない
(4)言葉の意味がラテン系言語に引きずられる
(5)一般英語と比べて時制が少ない (→「一般」を加えました)

今回は(5)を中心に、上記の特徴全体を確認します。

☆ ☆ ☆

◆(5)一般英語と比べて時制が少ない
ラテン系言語は、英語とは異なる時制の体系を持っています。その影響だと思うのですが、一般英語とは異なる時制の使い方がよく見られます。
具体的には、
・現在完了形の代わりに現在形を使う
・現在進行形の代わりに現在形を使う
・過去形の代わりに現在形を使う
・未来形の代わりに現在形を使う
…一言で言えば、現在形が多用される傾向があります。
また、過去進行形が過去形、未来進行形が未来形で代用される可能性も高いと思われます。

それでは例文です。イタリアの高級靴メーカーのサイトからの引用です。


Opening New Store Roma
2010-10-06
XX celebrates its new boutique in the heart of Rome, in Piazza di Spagna, and shows off his unique creations of the highest quality during the Grand Opening of Thursday, October 21, 2010.
On the black carpet set up for the occasion marched guests from the worlds of culture, journalism and entertainment, come to celebrate the new store of the famous Italian brand symbol of excellence and exclusivity around the world. The exhibition space is designed to portray the combined quintessential qualities of the company. ...


なんと、ほぼ全文が現在形で書かれています。
このため、物事の前後関係が分かりにくくなっています。
以下、1文ずつ見ていきます。


①XX celebrates its new boutique in the heart of Rome, in Piazza di Spagna, and shows off his unique creations of the highest quality during the Grand Opening of Thursday, October 21, 2010.


一般英語の現在形は<習慣・性質>を表しますが、「スペイン広場に新店舗をオープンする」ことが習慣化するはずがないので、通常とは用法が違うことが分かります。
では、この現在形はどのような用法なのでしょうか?

ここは、見出しに「2010年10月06日」とリリース日があることから、
XX will celebrate its new boutique ... during the Grand Opening of Thursday, October 21, 2010
と、未来形の意味で現在形を使っていると判断します。
(ちなみに、リリース日がなけれぱ、過去形が第一候補になると思います)

時制以外では、new boutique ... in Piazza di Spagnaの修飾関係があいまいです。
スペイン広場に移転したのか、スペイン広場にあった店を改装したのかがはっきりしません。((1)修飾関係があいまい)。
事実関係を調べるか、どちらにも取れるようにお茶を濁して訳します。

また、show offは一般英語では「自慢する」ですが、文脈に合わせて調節します。

unique creationsは非常に迷うところです。
以下、試訳なのでさらっと訳してしまいましたが、このメーカーについて色々調べればもっと分かる可能性があります。


①訳例
ローマ店新装オープン
2010年10月21日(木)、ローマ店(スペイン広場)が新装オープンいたします。新店舗のグランドオープニングでは、XXならではの最高クオリティの商品の数々が一堂に会します。


☆ ☆ ☆


②On the black carpet set up for the occasion marched guests from the worlds of culture, journalism and entertainment, come to celebrate the new store of the famous Italian brand symbol of excellence and exclusivity around the world.


動詞がとてもわかりにくい文です。もはや構文ミスとも言えます(実務翻訳ではよくあることです…★)。いったい、どれが動詞なのでしょう?

おそらく 動詞はmarched、guests from the worlds of culture, journalism and entertainmentが主語でしょう。ここまでは一般英語でも普通の用法です。
一方、気になるcomeは、本来ならwho come to celebrate ...とwhoが省略されてguestsを修飾していると考えられます。
このようなwhoは一般英語では省略しないのがルールですが[以下★]。

次に時制について考えます。なぜmarchedが過去形なのでしょうか?
過去形であることを尊重すると、10/6のリリース発表よりも前に「各界のゲストがmarchした」、つまりプレス向けのオープニングなどがあったと推測されます(やや強引ですが、文法重視の解釈です)。
そして、この解釈に合わせる形で、comeも過去形に解釈します。

まとめると
(On the black carpet ...) (V)marched (S)guests ...[who came to celebrate ...]
となります。


②訳例
グランドオープニングを前に、特別にブラックカーペットが敷かれた店内には、文化人、ジャーナリスト、有名スターなどが多数来場され、イタリアを代表し世界にその名を知られる高級ブランドのオープンを祝いました。


☆ ☆ ☆


③The exhibition space is designed to portray the combined quintessential qualities of the company.


この部分は店内の説明なので、現在形でも特に違和感はありません。

しかし、combined quintessential qualitiesが難所です。
英和辞典の訳語を機械的に当てはめると「組み合わされた極上の性質」、よくても「典型的性質の組み合わせ」と、ちっとも高級シューズらしくありません。
そこで伊和辞典の出番です。((4)言葉の意味がラテン系言語に引きずられる)

combineのイタリア語であるcombinareを引くと、
「((広義))(まとまったことを)仕遂げる、とりまとめる」
とあります。
どうやらラテン英語のcombineには、「完成まで持っていく」といったニュアンスがあるようです。

quintessentialに相当するquintessenzaは
「5回の蒸留によって得られた純度の高いエッセンス」(quin(5)+essence)、精髄、真髄、最たるもの」
とあります。

両者を足すと、「ブランドの真髄を余すところなくご紹介する」あたりでしょうか。
「全ラインナップを紹介」といった意味かもしれないとも思いますが、裏付けがとれないので却下します。


③訳例
店内の商品展示スペースでは、ブランドの真髄を余すところなくご紹介いたします。


☆ ☆ ☆

◆まとめ:「大人」による、「大人」のための言語
ここまで見てきた通り、ラテン英語は「名詞が多用される」「修飾関係があいまい」「多義語が多い(語彙が少ない)」と、一見、稚拙というかぎこちない印象を与えます。
しかし、そんなラテン英語の特徴は、やはり話し手の「熱さ」を抜きにして考えてはいけない気がします。
熱く語られているところを想像すると、ぎこちない印象がだいぶ和らぐから不思議です。
このあたりは、ラテン系のイメージ通りかもしれません。

また、ラテン英語は議論を誘う言語だとも感じます。
多義語が多い、名詞構文のような凝縮した表現が多いということは、同じことを何度も言い換えたり、文脈や補足知識を相手にたくさん与えたりして、それをもとに言いたいことを理解してもらうということです。
「それはどういう意味?」と会話のキャッチボールをして、議論しながら理解することが前提になっているのです。
これも、ラテン系のイメージ通りかもしれません。

また、独特の分かりにくさから、「隙だらけ」という印象も受けます。
ただし、この「隙だらけ」は「だらしない」という意味ではありません。
スタイルあっての隙といいますか、一定の知識や常識(論理的思考、歴史、文化、宗教、価値観など)を相手が共有していることが前提という印象も、同じくらい受けるのです。
一定レベルの知識を共有する「大人」しか相手にしないという感じです。
訳す側も「大人」でないといけません。手ごわい相手です。

まとめると、「相手が自分と同じくスタイルを持った大人であることを前提とし、口調は熱いが、隙もけっこうある」。
言わば「ちょいワル親父」(?!)が、ラテン英語からは透けて見える気がします。

☆ ☆ ☆

最後に…上の訳例を読んだ方からは、
「辞書の訳からそこまで離れてもいいんですか?」という批判を受けるかもしれません。
教室でもよく受ける質問です。

これに対して、愚直バージョンで答えてみますと、
「でも辞書の表現をそのまま使うと、何が言いたいのか全然伝わらないですよね? 実務翻訳ではそれでは使い物にならないんです。別の角度から言うと、ラテン英語は一般英語と比べると、言葉とそれが言わんとすることの間に隙間がある感じです。そもそも英和辞典通りの意味で言葉が使われていないわけですし。この隙間を埋めて、真意を訳すつもりでないと意味不明になってしまいます。だいたいが翻訳というものは字面ではなく原文の言わんとすることを訳すわけですが…(以下略)」
となりますが、ラテン系ちょいワル親父なら、こう答える気がします。

「辞書の言葉ではなく、君の解釈が聞きたいんだ」

失礼しました!!

参考:
http://asia.santonishoes.com/event/event/00000000007/ 
『伊和中辞典』第2版、小学館、2007。

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