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『欧州通訳の旅、心得ノート』 一緒に通訳の新しい旅に出ませんか? 寺田千歳

第9回

「ひとり二役~3か国語の通訳とは~」

こんにちは、寺田です。今年のNHK大河ドラマ「青天を衝け」では、1820年代に来日した有名なドイツ医師シーボルトの長男 Alexander von Sieboldが流暢な日本語や英語を話す若き通訳士として登場し、また仏語の通訳士が登場するたびにわくわくしています。オランダ生まれのドイツ人Alexander von Sieboldは1859年に12歳で来日し15歳で在日英国公使館の通訳となったマルチリンガル。ドラマを見ながら、通訳たちは逐次通訳でメモを取っていない、通訳士はみな男性ばかり、通訳兼諸国の重要な諜報員の役割も担っていることなど、今日との事情の違いを垣間見ることができ大変興味深いです。さて今回は、欧州で初めて経験することになった多言語環境と3か国語の通訳についてお話したいと思います。

  

欧州大陸の多言語環境:
多くの国境に囲まれていて国外に行き来しやすいという地理的条件も一因ですが、歴史的には、ドイツのように近代まで断続的に近隣諸国と長く争ってきた大国では、独語より仏語のほうが堪能だったといわれるプロイセンのフリードリヒ大王など、教養高い特権階級を除いて、よその国の言語を学ぶことよりむしろ占領した国外領地においてそこで話される言語使用を禁止し、征服者が自分たちの言語を強制することの方が重要だったと思われます。大国の一般国民が外国語を学ぶという動きは欧州でも比較的近代に入ってからの政治的な新しい枠組みと大きく関係しているようです。
新しい枠組みとは、第2次世界大戦後、欧州平和を掲げたEC・EUの発展であり、おそらくその枠組みの中で、今日の主要国フランス・ドイツにおける公立学校での早期の外国語教育が始まったのではないかと思います。今日のドイツでは、英語は小学校1年から選任教師による授業が始まり、学年が上がるにつれて英語以外の教科もネイティブスピーカーの教師が英語で授業を行うようになります。同じ公立でも学校の方針や地域により違いはあるものの、早い学校だと8歳から仏語・ラテン語の選択ができたり、14歳から西・仏語など欧州言語だけではなく中国語・日本語など第2・3外国語が選択できる学校もあるなど、一般的に日本よりかなり早い段階でしかも広い選択肢の中から複数の外国語を学ぶ機会が提供されています。

大学に入るとEU加盟国の大学ではErasmus+と呼ばれる公的な交換留学制度を利用して、EU域内や日本を含む世界のほとんどの地域への留学が可能になっているようです。私がいた南ドイツの大学でも北の果てアイスランドから温暖な地中海のサルディーニャ島まで様々な国からこの制度を利用して留学生が多数来ており、特にEU主要国フランスからの留学生がダントツに多かったです。
大学卒業後も、外国語が流暢な人は、バカンスはB言語が話される国に滞在する、B言語が母語の友人と積極的に親しくなる、B言語が母語のパートナーと共同生活するなど、各自が工夫して地道な努力をしているようですが、同時に、異なる母語の人が多く働き・住む欧州の主要都市では個人の働きかけと努力次第で高い語学力の維持が可能だと感じます。ドイツではどの規模の都市でも大人になっても通える「市民大学」講座が提供されており、例えば、私の日・独・蘭を扱う通翻訳者の友人は、南アで話されるオランダ語に近いアフリカーンス語をネイティブスピーカーから学んでいました。私が以前フランスの小さな町で仏語を学んでいた時は、北欧・スイス・オランダ・オーストリアなど、主にゲルマン系の小国から学生や会社員が、仏語もできた方が仕事で有利になるからと休み中に学びに来ていました。また、欧州言語の通訳者も休暇や研修はなるべくB言語の地域に滞在してブラッシュアップすることが多いようです。相互アクセスがしやすく、生の外国語に容易に触れることができる土地柄は、複数の言語を維持するためには理想の環境といえます。

 

欧州における3か国語の通訳について:
3か国語の通訳は欧州では珍しくはないようです。例えば、ドイツの大学院の通訳学科では修士号に3か国語(ABC言語)が必要です。一方、欧州で活躍する日本語を扱う通訳者の場合、修士号の有無・通訳訓練を受けた国・通訳になるまでの経歴は多様です。また、それぞれ得意な言語の組合せや翻訳対応の有無など提供しているサービスの内容も異なっているようです。欧州では日本語を要する案件と在住通訳者の数が限定されていることから、日本語を扱う通訳者は必然的に幅広い分野を扱い、通訳と翻訳両方の対応をしていることも稀ではありません。
私の場合は、日英と日独の通訳をメインに翻訳対応も行ってきており、通常は、日英と日独は案件もクライアントも別々に分かれています。しかし、ときどき、日英独3か国語を同一案件で扱うケースもありました。ここで私が経験した興味深い例をいくつかご紹介したいと思います。

 

状況A:同一クライアントが1日に複数の相手と別々の会議を予定しており、会議の相手によって、通訳言語(日英・日独)が変わる場合に、同一の通訳者がどちらの会議も対応すること(表敬訪問の時などで、時々あります)。
状況B:アメリカ人&日本人専門家によるドイツの社員に対する英語でのワークショップで、会議を日英通訳しながら、英語が堪能でないドイツ人社員の発言を独日・独英通訳でサポートすることがありました(稀なケースです)。

では、どのようなメリットがあるのでしょうか?状況Aでは、通訳1名で1日の日英・日独の両方の会議に対応できるため手配がシンプルになること。そして、同一通訳が当日の希望・状況に応じて通訳言語の切り替えができるため、会議の言語が当日まで不明な場合にも柔軟な対応ができます。例えば、「日本人クライアントがドイツ側に英語での会議を申し入れ日英通訳を手配したが、会議の当日、ネイティブではないドイツ側の英語があまりにも分かりにくく、日英通訳では意思疎通に問題が生じたため、急遽2日目から改めて日独通訳を手配することになる」ことを避けられます。また、「ドイツ語の通訳を手配しているが、会議の一部は日本側のトップが英語で直接話すことになったため、その部分だけ英語を他の日本人に対して和訳してほしい」という要望にも応えられます。予想外の展開も稀ではない欧州では、いざという時にこのような柔軟な対応ができる通訳を希望される場合があります。
また、欧州の小国(北欧・ベネルクス3国など)のビジネスパーソンでは当たりまえのように英語が流暢ですが、大国ドイツでは一概にそうともいえず、高学歴な方ほど堪能な一方、業界・職種でも英語力に差がみられると感じます。ドイツの自動車や機械部品メーカーの場合、例えば、技術開発に携わる工学博士や経営企画・営業・マーケティング担当者は英語が堪能なことが多いため日英通訳で対応し、整備士など現場担当者は会議に堪えるレベルでない場合もあるため、工場や製造現場の通訳では日独通訳が必要になる確率が高いといった感じです。

 

3か国語対応通訳には、具体的にどのようなスキルが必要でしょうか:
前提として、母語の日本語以外に、2つのB言語が必要で、その2つを使い分けることが必要です。場合によっては、2つのB言語を持つことは、「切り替え」と「インターベンション」の問題に対処する必要があるかもしれないと感じます。B言語間の「切り替え」とは、かなり離れたA言語とB言語であれば混乱することは少ないが、2つのB言語が英・独のように共通ルーツをもつ西洋言語の場合、B間を区別して「切り替える」ことが自然になるまでに、私は時間と訓練を要しました。そして、「インターベンション」があります。これは、話しているのとは違う言語が先に思い浮かぶことを意味しています。特に、疲れてきたり、リラックスすると、自分にとってより楽な普段から使い慣れている単語や表現が無意識にぱっと思い浮かんだりすることです。
2つのB言語と付き合い、運用を続ける期間が長ければ長いほど、自分の中への定着が進み、切り替えやインターベンションの問題も少なくなってくると感じます。言語切り替えは頻繁に経験することにより慣れてくると感じます。一方で、インターベンションは、B言語を2つとも維持しようとする限りどこまでもついてくるように感じます。よって、うまく付き合っていくため、それぞれ自分に合った対処法を考えるしかありません。例えば、普段から意識して弱い方のB言語をケアする、会議の前日は会議で使うB言語だけに浸って頭と口を慣らしておく、過去によく邪魔してきた単語や表現に普段から意識する(自分だけのインターベンション要注意単語リストを作っておく)などです。
2言語以上の外国語を学び・高い運用レベルを維持し続けるのは、手間暇もかかり容易いことではありませんし、2言語では起きない新たな課題が出てくるなど、楽しいことだけではないことも事実ですが、もし興味がありましたら、ぜひ第2外国語、そして3か国語通訳にもトライしてみてください。2言語間の通訳では見えなかった新しい世界が待っています。

  

*欧州におけるABC言語の定義について、以下、参考資料:
(1)ドイツのハイデルベルク大学の会議通訳修士課程の定義
A(母語、アクティブ言語)
B(流暢、アクティブ言語)
C(パッシブ言語。この言語からA(B)へのアウトプットは可能)
https://www.uni-heidelberg.de/fakultaeten/neuphil/iask/sued/interesse/MA_Dolm_Interesse.html

(2)フランスのBERGEROT伊藤宏美さんの「西欧会議通訳小史」論文における定義
“ABCどの言語も理解力についてはその国の高等教育を受けた人と同じレベルとされ、A言語は通常母国語、B言語は母国語に次いで得意な言語で、表現力はその国の人に比べて少々劣ってもひと通り何でもA言語の発言を訳せるだけの表現力を持つ言語、C言語は会議通訳レベルの表現力はないので、A言語への一方通行の通訳に徹するという言語である。”
http://jaits.jpn.org/home/kaishi2005/pdf/13_ito_history_final_.pdf

 

今回はここまでです。

 

寺田千歳 1972年大阪生まれ。日英独通訳者・翻訳者。ドイツチュービンゲン大学留学(国際政治経済学)、米国Goucher College大(政治学・ドイツ語)卒業後、社内通訳の傍ら通訳スクールで学び、 その後、フランスEDHEC経営大学院にてMBA取得。通訳歴20年内13年ドイツを拠点に欧州11カ国でフリーランス通訳として大手自動車・製薬メーカーのR&D、IRやM&A、 日系総研の政策動向に関する専門家インタビュー等を対応。現在は日本にてフリーランス通訳者。

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