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津村建一郎先生

津村建一郎先生のコラム 『Every cloud has a silver lining』 東京理科大学工学部修士課程修了(経営工学修士)後、およそ30年にわたり外資系製薬メーカーにて新薬の臨床開発業務(統計解析を含む)に携わる。2009年にフリーランスとして独立し、医薬翻訳業務や、Medical writing(治験関連、承認申請関連、医学論文、WEB記事等)、翻訳スクール講師、医薬品開発に関するコンサルタント等の実務経験を多数有する。

第3回:Treatmentの訳し方

今回は、Medical翻訳で頻出する「Treatment」の訳し方について考えてみたいと思います。
(文中の設問に対する標準回答は文末にあります。)

医学や薬学の目的は、病気で苦しんでいる患者さんを治療したり診断したり、もしくは、病気に罹らない様に予防をすることです。英語で診断はdiagnosis、予防はpreventionやprophylaxisで表されますが、治療に関してはtreatment, therapy, remedy, care, healing等の様々な用語が使われています。また日本語の投与にあたる英語として、treatmentの他にadministration, dosage, doseなどがあります。

今回は、この中でTreatmentについて色々と考えてみたいと思います。

1. TreatmentとTherapyの違い

早速、次の英文を和訳してください。
設問3-1:I got the treatment of prostatic cancer with standard medical approaches.

では、以下の英文を和訳するとどうなりますか?
設問3-2:I need to have a hormone therapy for the prostatic cancer.

ここで設問3-1のTreatmentは、一連の治療の総称を意味しています。

前立腺がんに対する治療としては、手術や放射線療法、ホルモン剤や各種抗がん剤の投与などが複数組み合わされて行われます。これらの様々な治療法をまとめた全体をTreatmentとして表現しています。

一方、設問3-2のTherapyは、具体的な治療法を意味します。例えば・・・
 放射線療法 radiation therapy
 電気ショック療法 electric shock therapy
 心理療法 psychological therapy
 温泉療法 balneotherapy
 作業療法occupational therapy   など

前立腺がんの具体的な治療法としては男性ホルモンの分泌を下げるホルモン療法が行われます。使われる薬剤にはゾラデックスなどのLH-RHアゴニスト(脳の下垂体を刺激して女性ホルモンLHを活性化し、男性ホルモンを抑制する)やゴナックスなどのGnRHアンタゴニスト(脳の下垂体の働きを抑えて精巣からのテストステロン[男性ホルモン]の分泌を抑制)などがあります。

コラム:
前立腺がん自体はテストステロン[男性ホルモン]とは関連の薄い所に出来てきます。しかし、生理学者で外科医のチャールズ・ハギンズ医師(1966年にノーベル生理学・医学賞を受賞)は、前立腺がんにはテストステロンのレセプターがあり、がんがテストステロンを栄養にして成長をしていることを解明しました。
ですから、テストステロンを絶つことで、栄養補給路を絶たれたがんは急速に衰弱してしまうのです。しかし、栄養補給路を絶たれたがんは衰弱しますが消滅することはありません。がんも必死に生きようとするのです。かつては一律にホルモン療法が行われていましたが、現代ではがんが大きいか小さいか、転移の有無に加え、その人本来のテストステロンのレベルが高かったか低かったかを考慮して、治療法を選ぶようになってきています。

また、英英辞典を見ると以下の様な記載がありました。

Therapy vs Treatment
Therapy and treatment are two words that are often confused when it comes to their meanings. Actually, there is some difference between the two words. The word ‘therapy’ is used in the sense of ‘rehabilitation’. On the other hand, the word ‘treatment’ is used in the sense of ‘cure’. This is the main difference between the two words.

英語圏のNative達でもこの2語の違いがよく解っていないようですが、Therapyには「リハビリ」的な意味合いがあるようですが、一方、Treatmentの方には「治す」とか「治癒させる」というニュアンスが含まれているようです。

この様に具体的な治療法を指す場合にTherapyが使われますが、secondaryにTreatmentが使われる場合もあります。そしてTherapyの訳語としては「療法」がメインですが、単独で使われる場合は「治療」とも訳されています。

2. 医薬品等の臨床試験でのTreatment

メディカル翻訳のお仕事の半数以上は、新薬の開発に関連するもので、動物を使った非臨床試験(Non-clinical study)や患者さんや健康ボランティアを対象とした臨床試験(Clinical study)の報告書や論文、承認取得の為の申請資料などが対象となっています。

この様な新薬に関する様々な文書の中にもTreatmentが頻繁に出てきますが、この時のTreatmentは治療とか療法という意味では使われていません。

新薬を承認してもらって医薬品として売り出すためには、厚生労働省などの規制当局が定めた当該薬物の有効性・安全性・品質に関するデータを揃えて、審査してもらう必要があります。この様な承認に必要なデータを得るためにヒトを対象として行われるのが治験(承認を取得するために行う臨床試験の名称)です。

病院や診療所で医師らが患者さんに対して行っている診療では、病気で苦しんでいる目の前の患者さんを少しでも楽にして、一刻も早く元気になってもらえる様にするのが目的です。そのために、最善と思われる様々な治療法を用いています。

一方、薬の承認取得のために行う治験や臨床試験の目的は、検討している新薬の有効性や安全性を評価するためのデータを得るのが目的であって、目の前の患者さんを治療することではありません。治験や臨床試験には計画書(プロトコール)があり、どの薬をどれだけの量と期間投与するのかが厳密に決められていて、仮に目の前の患者さんの病状が悪化したからと言って無闇に増量したり治療法を変えることは許されません。また、試験期間中に使える併用薬やその他の治療法なども制限されています。この様に、新薬に関する治験や臨床試験では試験に参加している個々の患者さんに最適の治療が行われる訳ではなく、あくまでも新薬の有効性や安全性を評価することなのです。従いまして、新薬に関する治験や臨床試験の文書で出てくるTreatmentを「治療」と訳すのは間違いです。

次の治験に関する英文を和訳してください。特に最初のtreatmentの訳に注意してください。
設問3-3:During the treatment and the follow-up periods, patients should be on stable conventional treatment for ulcerative colitis.

これは新薬の治験に関する英文ですから、the treatment and the follow-up periodsでのthe treatment periodは、患者さんを治療している期間ではなく、評価中の新薬を「投与している」期間と言うことです。従いまして、the treatment periodを治療期間と訳してはダメです。

新薬の治験や臨床試験でよく出てくるtreatmentに関する用語としては以下の様なものがあります。

treatment group/arm 投与群
treatment agent/compound 投与薬剤/薬物
treatment period 投与期間
treatment cycle 投与サイクル
treatment effect 投与効果/作用
treatment plan/schedule 投与計画/スケジュール

この様に、新薬の治験や医薬品を使用した臨床試験に関する英文でのtreatmentは「投与」と訳す必要があります。

一方、設問3-3の後半にはconventional treatment for ulcerative colitisというのも出てきます。ここで、conventionalとは「従来の」とか「標準となっている」という意味ですから、この試験の前から患者に行われていた潰瘍性大腸炎に対する従来のtreatmentを意味しています。このtreatmentがどの様なものかは特定されていませんが、少なくとも試験で使用している薬物ではなく、試験の始まる前から行われていた治癒を目的とした様々な治療法が含まれています。ですから、こちらのtreatmentは様々な治療法の総称としての「治療」と訳します。

では、次の治験に関する英文を和訳してください。ここのtreatmentをどう訳しますか?
設問3-4:During the trial, the Investigator must prepare the treatment on each adverse event until it is resolved or until the medical condition of the patient is stable.

新薬の治験に関する英文でのtreatmentだから「投与」・・・と訳した方は、要注意です。この文章は、試験に参加した患者に発現した有害事象(副作用)に関する文章です。新薬を投与した際に起こった副作用はそれが回復するまで、あるいは、状態が安定するまで適切な治療を行うことが治験を実施している医師に課せられた義務です。そしてその副作用を治療するためには適切と思われるどの様な処置でも行うことが出来ますので、ここのtreatmentは患者を回復に向かわせるための行為を意味している「治療」と訳さなければなりません。

3. 医薬品等の臨床試験での「投与」の英訳は?

2項で示した様に、新薬の治験や医薬品を使用した臨床試験に関するTreatmentは投与と訳す・・・と言いましたが、「投与」にあたる英語としてはtreatmentの他にadministration, dosage, doseなどもあります。最後に、これらの英語の意味の違いについて説明しましょう。

次の臨床試験に関する英文を和訳してください。ここのadministrationはどの様な意味合いでしょうか?
設問3-5:The question remains whether increases in NAD+ could be sustained over longer time courses by daily administration of nicotinamide riboside.

上で説明したように、treatmentは治療の総称ですから、個々の投与量や投与方法を指しているのではありません。以下に説明するadministration, dosage, doseを全て包含した総称となります。

次にdoseですが、これは1回あたりの投与量あるいは1回の投与を意味しています。例えば、daily doseは1日投与量、dose adjustmentは(1回あたりの)投与量の調節、3 doses dailyは1日3回投与といった具合です。

続いてdosageは、doseに-ageという接尾辞がついたもので、この-ageには「集合」とか「集まり」と言った意味があります(例:passage⇒pass「歩く」-age「集まり」⇒歩いて通り過ぎること⇒通過)。このことから、dosageは1回投与doseの-age集まりとなり、広い意味での「投与量」とかある一定期間での「用法用量」の意味になります。

最後にadministrationですが、大元の意味は運営とか執行です。つまり、doseやdosageを運営し管理・執行することから、最も広い意味での「投与量」とか「用法用量」のことです。

これらの関係を式で示すと・・・
treatment > administration dosage dose
の様になります。

日本語ではどれも「投与」ですが、それを英訳するときは文章の意味する状況を理解して適切な英語を使うことが肝要です。

以上のように、メディカル文書での「treatment」と「投与」には様々な意味がありますので、翻訳の際には気をつけましょう。

【設問の標準解答】
設問3-1:I got the treatment of prostatic cancer with standard medical approaches.
⇒ 標準和訳:(私は)色々な標準療法を使って前立腺がんの治療を受けた。

設問3-2:I need to have a hormone therapy for the prostatic cancer.
⇒ 標準和訳:(私は)前立腺がんに対するホルモン療法を受ける必要がある。

設問3-3:During the treatment and the follow-up periods, patients should be on stable conventional treatment for ulcerative colitis.
⇒ 標準和訳:投与期間中及びフォローアップ(追跡)期間中では、患者の潰瘍性大腸炎に対する従来の治療法を一定に保つこと。

設問3-4:During the trial, the Investigator must prepare the treatment on each adverse event until it is resolved or until the medical condition of the patient is stable.
⇒ 標準和訳:本試験の期間中において、治験責任医師は個々の有害事象が回復するまで、もしくは当該患者の病状が安定するまで、有害事象の治療(処置/手当て)を必ず行うこと。

設問3-5:The question remains whether increases in NAD+ could be sustained over longer time courses by daily administration of nicotinamide riboside.
⇒ 標準和訳:ニコチンアミドリボシドを毎日投与することで、NAD+の増加をさらに長期間維持することが出来るのかという疑問が残る。

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