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津村建一郎先生

津村建一郎先生のコラム 『Every cloud has a silver lining』 東京理科大学工学部修士課程修了(経営工学修士)後、およそ30年にわたり外資系製薬メーカーにて新薬の臨床開発業務(統計解析を含む)に携わる。2009年にフリーランスとして独立し、医薬翻訳業務や、Medical writing(治験関連、承認申請関連、医学論文、WEB記事等)、翻訳スクール講師、医薬品開発に関するコンサルタント等の実務経験を多数有する。

第16回:PCR検査について

新型コロナウイルスの影響で、世界中が異常な日常を過ごしていますが、今日はこの新型コロナウイルスの存在を特定するPCR検査についてお話ししたいと思います。

1.PCR検査とは・・・

まずはPCRについてWEBで情報を集めてみましょう。以下の英文は”PCR testing”で検索してみつけた説明文です。
次の英文を読んでみましょう;

What is PCR (polymerase chain reaction)?

⇒ タイトル:PCRはpolymerase chain reactionの略と言うことが解りますね。ここでpolymerase=ポリメラーゼには”-ase(アーゼ)”が付いているので何らかの酵素であることが解ります。そこで今度は「ポリメラーゼ」についてWEBで調べてみますと・・・

ポリメラーゼ:DNAやRNAのような核酸ポリマーや長鎖を合成する酵素(ウィキペディア)。
細胞分裂の際に細胞内にある遺伝子(DNAやRNA)を複製するための酵素で、親細胞のDNAを鋳型として、新しいDNAを作っていく働きをします。従って、ポリメラーゼを働かせれば、一本のDNAから複数のコピーを作れる様になります。chain reactionとは「連鎖反応(ある1つの元反応から出発して次々に一連の反応を連発させる反応)」のことですね。
以上を踏まえてこのタイトルを和訳すると・・・

PCR(ポリメラーゼによる連鎖反応)とは何か?

つまり、ポリメラーゼが起こす何らかの連鎖反応を利用している検査法らしいことが解ります。その内容の説明文を見ますと・・・

PCR (polymerase chain reaction) is a method to analyze a short sequence of DNA even in samples containing only minute quantities of DNA.

⇒ 前半: PCR(ポリメラーゼによる連鎖反応)とは、DNAのひとつの短配列(a short sequence ←ちゃんと“a”を訳しましょう)を解析する(=あるかどうかを調べる)方法である。

⇒ 後半:英文に忠実に訳しますと・・・ほんのわずかな量のDNAを含む検体(サンプル)であっても・・・ですが、日本語としてはぎこちない表現なので語順を少し変えて「検体(サンプル)内にほんのわずかでもDNAがあれば」としてみましょう。
以上をまとめますと・・・

PCR(ポリメラーゼによる連鎖反応)とは、検体(サンプル)内にほんのわずかでもDNAがあれば、そのDNAのひとつの短配列を解析する方法である。

つまり、通常の検査方法ではみつけられないほどの微量であっても、PCRならば特定のDNA短配列の有無を検出できる検査方法だ!と言うことです。
どうしてそんなことが出来るのでしょうか?と言うのが次の英文で・・・

PCR is used to reproduce (amplify) selected sections of DNA.

⇒ DNAの特定の部位を複製(増幅)するのにPCRが使われる(を使う)。
つまり、通常の検査方法ではみつけられないほどの微量であっても、PCRを使って特定のDNA短配列を増やすことで、測れるようになる・・・のだそうです。

では、そのPCRを使って新型コロナウイルスの有無をどの様に検査しているのでしょうか?

 

2.コロナウイルスの何を測っている?

PCR検査は上述のように、DNAやRNA等の遺伝子情報の断片をみつけているのですが、そのPCRで新型コロナウィルスの何を測っているのでしょうか?

ウイルスというものは、生物と無生物の狭間に位置するモノです(詳しくは、本コラムの第2回「生物と無生物の狭間」をご覧くださ い)。
生物とは通常、細胞からできていますが、ウイルスには細胞がありません。大腸菌などの単細胞生物の大きさを4階建てのビルディングとしますと、ウイルスのサイズは人間の子供ぐらいの大きさしかありませんので、ウイルスの内部には細胞に必要な成分や組織が入る余地はなく、細胞としての条件を満たしていません。その意味では無生物です。従いまして、ニュースなどで「ウイルスが死ぬ・・・」と表現していますが、石や水と同じウイルスに「死(生命活動の停止)」ということは起こりません。しかし、ウイルスの外郭であるエンベロープ(後述)が壊れるとそのウイルスは人や動物に感染することが出来なくなりますので、不活化の状態(いわゆる死)になります。

生物のもうひとつの特徴は、遺伝子情報を持っていて、それを子孫に伝えていく(増殖・生殖活動)ことです。ウイルスはこの性質は持っていて、ウイルス自身では増殖することは出来ませんが、人などの宿主の細胞に取り付く(つまり、感染する)と、細胞内に自分の遺伝情報(DNA又はRNA)を注入して、宿主の細胞に自分のコピーを大量に作らせます。この意味では、ウイルスは生物なのです。
今回の新型コロナウイルスの電子顕微鏡写真とその模式図を以下に示します。

新型コロナウイルスの電子顕微鏡写真(左)とその模式図(右)
新型コロナウイルスの電子顕微鏡写真(左)とその模式図(右)
(どちらも国立感染症研究所提供:https://www.niid.go.jp/niid/ja/iasr-sp/2320-related-articles/related-articles-430/6116-dj4304.html)

この様に、コロナウイルスは球状をしていて、表面に多くの突起(S:スパイク蛋白)があります。コロナウイルスの名前の由来は、円形の膜から突起(S)が出ていて、その形状が日食の時に見られる太陽から出ているコロナ(↓)に似ているからだそうです。

日食%20コロナ
(出典:https://pixabay.com/ja/images/search/日食%20コロナ/)

突起に囲まれた中央に円形の膜があり、これは人や動物の細胞膜と同じ様にコレステロールの二重構造で出来ています。この膜の上にはE(エンベロープ蛋白)やM(メンブラン蛋白)があります。そして、この膜の中には遺伝情報であるRNAがヌクレオカプシドという芯に巻き付いて入っています。このRNAは一本鎖プラス鎖RNA (Positive-stranded RNA)と呼ばれるもので、これが宿主の細胞内に入ると、ウイルスが持っている逆転写酵素(reverse transcriptase)によって、DNAに逆翻訳(通常は、DNAから転写酵素によってRNAが作られますが、ウイルスではこれが逆転します)され、逆翻訳されたDNAが宿主のDNAに組み込まれて、ウイルスが再生されます。

コロナウイルスが持っているこれらのNやS、E、M、Positive-stranded RNAの内で、PCR検査に使えそうなのは・・・そうです、Positive-stranded RNAですよね。
つまりPCR検査では、新型コロナウイルスの持っているPositive-stranded RNAを測っているのです。

では、実際にどの様な手技でPositive-stranded RNAを測っているのでしょうか?

 

3.PCRで新型コロナウイルスを測る手順

ステップ1:ウイルスのDNAを作る(前処理)
PCRはDNAを増やしていく技術ですが、新型コロナウイルスにはRNAしかありません。そこで、PCRで測定できるDNAを準備する必要があります。
前述のように、ウイルス内にはRNAからDNAを合成する逆転写酵素がありますので、この酵素を使ってウイルスRNAの元となるDNA(これを相補的DNAと言います)を合成します。

ステップ2:ウイルスのDNAを特定するためのプライマーを準備する(前処理)
患者さんから採取したサンプル(だ液や粘液、血液など)に含まれているDNA/RNAには沢山の種類が混ざっています。例えば、患者さん自身のDNAやRNAとか、常在細菌のDNAとか、別のウイルスのDNAやRNAとか、それはそれは多種多様なDNAやRNAが混在しています。
この中から、新型コロナウイルスに関連するDNAを特定するために、新型コロナウイルスを特異的に認識するプライマー(primer)と呼ばれる短い塩基配列*を作ります(通常は20~30個程度の塩基配列)。今回は中国の研究グループが発表した新型コロナウイルスの遺伝子配列をもとに人工的に作られたプライマーが世界中で使われています。このプライマーを多種多様なDNAを含んだ分析溶液に加えておきます。

*:地球上に居る全ての生物のDNAはシトシン(C)、チミン(T)、アデニン(A)、グアニン(G)という4つの塩基(base)で作られていて、この4つの塩基の並び方で遺伝情報を構成しています。

以上の前処理が終わりますと、いよいよPCRの開始になります。

ステップ3:二本鎖DNAを引き離す
通常のDNAは塩基の並びが逆方向(しかし、含んでいる遺伝情報は同じ)の二本のDNAがくっついた形になっています。この二本鎖の形ではDNAポリメラーゼがDNAに結合出来ませんので、まずは二本鎖DNAを引き離して、一本鎖にする必要があります。
そこで、検査機器(サーマルサイクラーと言います)の中で、サンプルを摂氏95℃にすると、DNAを結びつけている水素結合(hydrogen bonding)が解けて、DNAが一本ずつに分かれます。

サーマルサイクラー
サーマルサイクラー
(画像提供:公益財団法人 東京都医学総合研究所:http://www.igakuken.or.jp/abuse/facilities/gene.html)

ステップ4: DNAにプライマーを結合させる
95℃に熱したサンプルを今度は55℃まで急激に冷却します。冷却によって一本鎖に分かれていたDNAが再びくっついて二本鎖DNAに戻るのですが、それよりも先に溶液に混ざっていたプライマーが新型コロナウイルスの一本鎖DNAに結合して、二本鎖に戻れないようにします。
この時、その他の一本鎖DNAは(プライマーがくっついていないので)二本鎖DNAに戻っていき、DNAポリメラーゼが結合できなくなります。

ステップ5:DNAポリメラーゼを働かせる
55℃になっている溶液にDNAポリメラーゼ(まだ不活性)を加えて、再度、72℃に加熱すると、DNAポリメラーゼが活性化してきます。DNAポリメラーゼは一本鎖DNAにしか結合出来ませんので、一本鎖で漂っている新型コロナウイルスのDNAに結合して一本鎖DNA(親鎖)の反対側に娘鎖(daughter chain)をくっつけて、親鎖+娘鎖の新しい二本鎖DNAを作り上げます(下図参照)。

新型コロナウイルスのDNA
(出典:ThermoFisher Scientificより改変 https://www.thermofisher.com/jp/ja/home/life-science/cloning/cloning-learning-center/invitrogen-school-of-molecular-biology/pcr-education/pcr-reagents-enzymes/dna-polymerase-characteristics.html)
図中の水色の帯が親鎖(新型コロナウイルスのDNA)、黄色い帯がプライマー、灰色の帯がDNAポリメラーゼが作った娘鎖、緑色の固まりがDNAポリメラーゼ。

この95℃⇒55℃⇒72℃のサイクルを終えると、新型コロナウイルスのDNAが元の量の2倍になります。そこでまた、95℃に熱すると二本鎖DNAが一本鎖になり(ステップ3)、55℃に冷やすとステップ4、72℃に熱するとステップ5となって、再びDNAが元の量の2倍になります。
この様に95℃⇒55℃⇒72℃のサイクルを経るたびにDNAの量は2倍に増えていきますので、これを例えば30回繰り返すと、元の量の230≒109倍即ち、約1億倍の量になるという訳です。

ステップ6:増やしたDNAをどの様に検出する?
次の問題は、増やしたDNAをどの様に検知するか?です。
幾つかの方法が考案されていますが、共通する原理は、DNAポリメラーゼによって親鎖+娘鎖の新しい二本鎖DNAが作られる際に、何らかの蛍光物質を取り込ませることで、PCRの最中や終了後にその物質の蛍光度を測ることで、合成されたDNAの量(あるいは有無)が解る・・・と言うことです。
もし、新型コロナウイルスのDNAがあれば蛍光が測定されますので、陽性(感染している)となり、DNAが無ければ蛍光が測定されませんので、陰性(感染していない)と判定されます。

 

4.何故PCR検査が直ぐに出来ないのか?

以上に説明したPCRの手順(ステップ3~6)自体は2時間ほどで終わるのですが、それ以外に、患者さんからサンプルを採取して専門機関に送る時間、専門機関では感染が起こらないよう充分注意しながらPCRに掛けられる様に前処理する時間などを合計すると、一人の患者さんの検査結果が得られるまでに数日かかってしまうのが現状だそうでう。また、PCRの検査機器も高価で一式揃えるのに300万円以上掛かるため、そう簡単には台数を増やすわけにはいかないのだそうです。

また、PCR検査の感度はそれほど高くなく、偽陰性(本当は感染していて陽性なのに検査結果が陰性となること)になることが多いのですが、その原因のひとつとして、サンプルの採取方法や採取時期が不適切で新型コロナウイルスを十分な量採取出来ていない場合が多いことが挙げられます。

以上、PCR検査の概略をお話ししましたが、有効な治療法が見つかっていない現状では、うがい・手洗いを徹底するしか方法がないようです。

追伸:新型コロナウイルス対策としてうがい・手洗いが奨励されているためか、今年度の日本でのインフルエンザへの罹患率は例年の1/3以下になっているとのことです。そういえば、インフルエンザによる学級閉鎖のニュースなどは殆ど耳にしないですねぇ。うがい・手洗いがどれほど有効かが解るエピソードです。

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