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塚崎正子先生のコラム 『ある実務翻訳者のつぶやき』 お茶の水女子大学文教育学部外国文学科英文学(当時)卒業。電気メーカーに入社後、フリーランス翻訳者となる。移動体通信、コンピュータ、医療機器を中心とした分野に関する各種マニュアル、学術論文、契約書などの英日/日英翻訳を手がける。

第11回:直訳と意訳の間で…

今月は翻訳者にとっての永遠のテーマ(!?)でもある、英日翻訳における「直訳」と「意訳」についてです。訳文の添削を受けたことのある方なら、一度ならずとも「直訳すぎますね」とか、「こんなに意訳するとニュアンスが変わってしまいます」とか、コメントを書かれた経験があるかと思います。かくいう私も、担当する翻訳コースの際に、このようなコメントを書いてしまい、生徒さんを悩ませています。

直訳と意訳の違い

そもそも「直訳」と「意訳」というのは、どういう状態を言うのでしょうか。一般に直訳でイメージされるのは、学生時代に英文法の授業で教わった通りの忠実な訳です。関係代名詞であれば「~するところの…は」といった訳です。従って出来上がった訳文は、日本語の流れがギクシャクしていることが多いです。一方、意訳の方はというと、書かれている英文の内容をくみ取ることを重視し、それに基づいて日本語としての完成度を高めていきます。

このように書くと、「なんだ、意訳の方がよいに決まっているじゃないか」と思われるでしょう。確かに、その通りですが、意訳には翻訳者の主観が入り込んでしまうという危険が常に伴います。文芸翻訳なら、それはそれで一つの手法となりえますが(一時期、流行ったシドニー・シェルダンの「超訳」シリーズなどは、良い例です)、実務翻訳の場合、書き手の主張を「過不足なく」伝えることが肝要です。

読み手はオリジナルの英文を見ることはなく、書かれている訳文が全てです。翻訳者が正しく内容をくみ取っているかの判断を、読み手はできません。それだけ、翻訳者の責任は重くなります。

私個人は、直訳と意訳はスパッと二つに区切れるものではないと考えます。大雑把に言っても「悪い直訳」と「好ましい直訳」、「好ましい意訳」と「悪い意訳」があると思います。「悪い直訳」というのは、例えば英文の構造が透けてみえるような訳です。そのような訳は、日本語として見たときにかなり不自然です。逆に「悪い意訳」というのは、オリジナルの英文にない情報を付け加えてしまったり、日本語をいじくっている間に強調点がずれてしまい全体のニュアンスが変わってしまったりしている訳です。

翻訳者としての立ち位置

「好ましい直訳」と「好ましい意訳」の間は実はつながっていて、直訳に近い訳文から意訳に近い訳文へと徐々に変化していきます。翻訳者は翻訳する文書の分野、対象読者などを考え、それに応じた立ち位置を探していかなければなりません。例えば、特許や契約書などは、限りなく直訳に近い方となるでしょう。技術文書、論文、ビジネス文書と変わるにつれ、徐々に意訳寄りの訳文となり、一番意訳が許容されるのが、内容も柔らか目の雑誌記事や広告宣伝文書などでしょう。

ある分野に特化した翻訳者を目指すのなら別ですが、ある程度、広い範囲の翻訳を手掛けていきたいと考える場合は、自分の翻訳スタイルを自由自在に変えられる力も求められます。それには、数多く訳をこなし、第三者の目で判断してもらうことも大事です。

翻訳者は今日も、直訳と意訳の間で揺れ動いております。

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