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気になる外資系企業の動向、通訳・翻訳業界の最新情報、これからの派遣のお仕事など、各業界のトレンドや旬の話題をお伝えします。

藏持未紗先生

藏持未紗先生のコラム 『流れに身を任せて』 高校時代に1年間アメリカに留学。国際基督教大学教養学部を卒業。2008年にアイ・エス・エス・インスティテュートに入学。在学中よりメーカー、製薬会社等で社内通訳者として経験を積む。同時通訳科を経て、現在はフリーランス通訳者として稼働中。

第3回:想定外の出来事

まだまだ寒い日が続きますが、皆さん体調は崩されていないでしょうか?体調管理も通訳者の大切な仕事の1つですが、冬から春にかけてはインフルエンザや花粉症など、話すことが仕事である通訳者にとってはチャレンジングな季節が続きます。手洗いやマスクの着用など、できる対策をしっかりして乗り切りたいと思います。

前回は、お客様のことを考えて行動・通訳をすることが通訳者としての重要な素質の1つだというお話をしました。今回は通訳者として大切なもう1つの素質である「柔軟性」についてご紹介したいと思います。

通訳の現場では想定外のことが多々起こります。事前にもらっていた原稿と全く違う内容をスピーカーが話し始めた、通訳者席の前に人が立っていてスライドが見えない、技術的な問題で突然音声が途切れるなど。ここに挙げた事例は実際には良く起こるので、もはや想定外ではなく、こういったことが起こることを想定して事前に準備や確認をして対応できるようにしておくのですが、それでも想定していなかったことは起こります。

ある企業が社外の貸会議室を借りて開催した会議に呼ばれた時のことでした。開始前に社員の方が机や椅子を並べ始めたのですが、作業が終わってみると通訳者席がありません。そこで、席の用意をお願いしに伺ったところ、「あっ」という表情をされ、何やら数を数えたり何かを探しにいったりし始めました。しばらくして戻って来られると、とても申し訳なさそうな顔で「机がもうありません」とおっしゃるのです。どうやら社員が座るのに必要な数のテーブルと椅子は借りていたのですが、通訳者席のことはすっかり頭から抜けていたようで、当日追加で借りることもできなかったようでした。あいにくその日は終日の会議、かつ資料の数も大変多く、机がないとどうにも通訳がしにくい状況だったので、仕方なくパイプ椅子に座って、もう1つのパイプ椅子を机替わりにして対応しました(おかげで会議が終わる頃には腰がとても痛かったです…)。

何が起こったとしても、その状況で考え得るベストな対応をとることが重要です。こういったセカンドベストの対応は訳出においても大切です。ある知り合いの通訳者さんが、男性の脱毛症に関する医学関連の社内会議に入った時のことです。普段は”bald” “baldness”という英語を「薄毛」「脱毛症」「髪が薄い」といった日本語で訳出していたのですが、ある時突然頭が真っ白になり適切な訳語が何一つ出てこなくなってしまったそうです。でもスピーカーは待ってくれません。どうにか伝えなければ!という思いから何とか絞り出した表現は何と・・・「ハゲ」だったそうです。訳出した瞬間、日本人は爆笑の渦に巻き込まれ、外国人はなぜ真剣な会議の途中で日本人が突然笑い出したか分からず、一時会議が中断したそうです。最善の表現ではなかったために混乱を招いたという点では良い通訳とは言えないかもしれませんが、情報を落とさずに内容を正しく伝えたという意味ではセカンドベストな対応だったと言えるでしょう。

もちろん、ニュアンスや文脈に合わせて適切な表現で訳出できるのが理想的ですが、集中力が切れてしまったり、意味は分かるけれどもターゲット言語で専門用語を知らなかったりなど、ぴったりの表現が出てこないことは残念ながらあるものです。その際に諦めて情報を丸々落としてしまうのではなく、多少その表現に納得がいかなかったとしても、最低限意味を聞き手に伝えることは大切です。

通訳環境にしても訳出にしても、色々な状況を想定して事前に準備や確認をすることで想定外の出来事そのものを減らすことが望ましいですが、それでも想定外のことが起こってしまった場合には落ち着いて柔軟に対応し、その状況でベストを尽くすことを心がけたいものです。


通訳エージェントとしてアイ・エス・エスからのコメント

今回先生が取り上げられた通訳者にとって重要な要素の一つである「柔軟性」、特に前半部分に書かれたパイプ椅子に座って通訳をされたという部分について、エージェントとしてコメントさせて頂きたいと思います。
そもそも、通訳の方々が通訳エージェント経由でお仕事をされるメリットは何でしょうか。1つは多岐に亘る分野・内容のお仕事をご紹介出来るということです。通訳者が直接顧客からお仕事を依頼されることもありますが、個人の通訳者が営業して獲得できるお仕事には分野、仕事量共に限界があります。エージェントは通訳者に代わって営業活動を行い、ご希望のお仕事や、通訳者にとって有益なお仕事、例えば必要な経験を積めたり、社会的認知度の高いお仕事(知名度の高い国際会議通訳や著名人・政府要人等の通訳)等をご紹介するという機能を果たしております。
もう1つは、通訳者の方々が通訳業務に集中できる環境を提供するということです。例えば、地方や海外でのお仕事の場合、航空券等の移動手段や宿泊等をエージェントが代行手配いたします。また、通訳を行う上で必要な情報・講演/会議資料やグロサリーを事前に入手したり、通訳場面の確認(参加者や講演者情報、通訳をする会場の情報等)、パートナーの手配、同時通訳機材の手配等も行います。また、ユーザー主導になりがちな通訳料を含めた労働条件についても、通訳に代わってエージェントが一定のルールを適用することにより、通訳者の労働条件の確保、曳いては、通訳者の社会的なポジションの確保をはかっております。つまり、通訳者が安心して通訳業務に集中出来る環境作りを行っているのです。
文中にある、パイプ椅子の件は、もしエージェント経由でお引き受けになったお仕事であれば、エージェントの確認ミスになるとおもいます。とは言うものの、通訳をする場面では想定外のことがおこる可能性は否定できませんので、是非通訳の方々にも先生ご指摘のとおり、臨機応変な対応をお願いできればと思います。

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