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気になる外資系企業の動向、通訳・翻訳業界の最新情報、これからの派遣のお仕事など、各業界のトレンドや旬の話題をお伝えします。

加藤早和子先生

加藤早和子先生のコラム 『いつもPresent Progressive』 南山大学卒業。特許文書翻訳、調査会社勤務を経て、アイ・エス・エス・インスティテュート同時通訳科で訓練。
現在はフリーランスの会議通訳者として、医学・獣医学、薬学、バイオテクノロジー、自動車、情報通信、環境、知財、財務、デザインなど幅広い分野で活躍中。

第5回:聞く

時々、クライアント先でこんな質問を受けます。
「どうやったら効果的に英語が勉強できますか?」
「英語が上達する良い方法はないですか?」
これも通訳者はほぼ全員、お仕事に行くと必ずどこかで尋ねられている質問ですよね。

あいにく、筆者も月並みな回答しか持ち合わせていません。

語学習得には魔法の近道はなくて、とりあえず自分の興味のある分野やお仕事や、身近な環境で必要に迫られているようなトピックを見つけて、読んだり書いたり話したりといったexposureを増やして勉強することによって、徐々に上達するにように思います。

あと、英語を嫌いにならないこと。特に子供達の学習では大事なポイントでしょう。
苦手意識をもってしまうことで、その後の習得のチャンスがあっても見逃してしまうことになるよりは、多少文法や発音が完璧ではなくても、度胸と好奇心をふつふつと保っておく方が興味も継続しますし、いずれ楽しさも体験されると思います。
筆者も、英語を自然に習得できるような環境で育ったわけでは全然ありませんが、英語を通して学ぶことや、向こう側の多様な文化や歴史にずっと興味がありました。
とにかく、長期間こつこつと積み上げてゆく努力が必要です。
ネイティブ並みの発音の習得にとらわれる必要は全くなくて、それよりは中身のあることを表現できるとか、本人の個性を表現する姿勢の方が大切でしょう。

勉強法を紹介しているブログや書籍もたくさんありますし、山頂への道は一つではないので、自分に合った方法を見つければいいと思います。

「英語のお勉強」であれば、そんなアドバイスで済むと思うのですが、通訳スキルの訓練になると異なる要素が入ってきます。

最初に、起点は日本語のテクストを「聞いて正しく理解する」事です。
軽やか(?)に英日、日英と言葉を置き換えていく様を想像される読者には、「え、そんなこと?」と思われるかもしれませんが、全てはここから始まります。

「聞く・聴く」というと英語のリスニングを思い浮かべるかもしれませんが、普通は英日どちらも当然ある程度できている前提で通訳のトレーニングを開始します。
その起点として、日本語で「過不足なく正しく聴く」スキルのことを申し上げました。

冷静に客観的に聞いて理解をすること。
日本語だからわかるだろうと当たり前に思いがちですが、正しく聞いて「理解する」のは意識的な作業だと思います。

例えばニュース解説や講演を聞いて、その後その内容を自分で同じ言語で再現してみてください。意外に自分が聞けていなかったりすることがわかることがあります。

筆者も時々、「あら、違う、思い込みで聞いていたんだ!?あ、ショック!」と後からわかって反省することがあります。笑い話で済むことならいいのですが、そうでないこともあります。

先入観を持ったまま聞いていたり、自分の思いを肯定してくれる部分を強調して聞いていたり、部分的にしか聞いていない、なんていうことも普通の生活の中では時々あるので、冷静に聞くことは意識的な行為とも言えると思います。
聞いている内容が自分の専門分野だったり、深く関わっている話題だったり、利害関係を持っているトピックだったりすると、どうしても自分の主観や気持ちが介入してしまうので、客観的に聞いて情報を受け取るという意味では難しさがありそうです。

正しく客観的に聞くことは意外に難しいのです。

もちろん、英日通訳における英語の正しい聴解も同様に重要です。
こちらも全く同様のことが言えますが、英語を話す人口の多様な話し方やアクセントとの格闘や、自分の母語ではないことによるハンディキャップもありますし、専門用語の知識があって初めて聞こえて理解できることもあるので、また異なった一連の側面があります。

話を元に戻しますが、話者が何をどう表現したのか、どこまでを言及してどこまでが言及されなかったか、これも聞く上で大事なポイントです。
正しく理解するためには、周辺情報を知っておく必要がありますし、文化的背景も関わります。
その上で、どんな単語を使って表現されたのか、話者は注意深く言葉を選んで話しているのか、もしくは何気ない会話の延長のままでしっかり考えた言葉選びになっていないのではないか、聞いて判断します。

文字面を受け取って理解するだけでは不十分ですし、いまさら言うまでもなく、口語の日本語での発言の多くは主語がないのはもちろんのこと、曖昧な表現も頻出で、意味の理解を文脈に依存していることが非常に多いので、意味を汲み取らないといけないこともあります。

現場に行くと、「困ったな~、主語もないし何が言いたいのかしら?」と考えてしまう表現にたくさん出会いますよね。
ビジネスのシーンでかわされる日本語の会話においても、要人の発言であったとしても、思い浮かべれば枚挙にいとまがないほどの例があります。

状況によって適切な表現の仕方があると思いますが、回答は一つではありません。
英語に転換する時点で、明確に表現できる部分、どうしても曖昧さが残る部分が取捨選択されます。それが通訳のプロセスそのもので、自分で感じ考え表現を選ぶ作業です。

また、一歩引いた姿勢で聞いて解釈・編集して、さらに英語に訳出してみて初めてその意味がはっきり理解されるということもあります。「日本特有の事情」を英語で説明すると、客観的に再認識できることもあります。

発言をどの助動詞を使って英訳するか。must, should, could, mayなどのうち、どれがその場面では適切なのかを判断しなければなりません。全体のトーンも含めて解釈して訳出する、そのリスクを通訳者は負っています。10人の通訳者がいれば訳出の仕方も10通りになります。

意図的に曖昧に話されることもあるし、曖昧なことを曖昧に訳すことが適切な場面もあります。英語でも日本語と同様、婉曲表現がありますし、必ずしも訳は言葉が1:1で対応するものではありません。

でも、話者は大抵何かの目的を持って話をしていることが多いでしょうし、元々通訳が呼ばれる会議には目的があるでしょうから、その会話の行われるコンテクストや場を認識した上で、聞くようにします。

コンテクストから離れて言葉だけ聞いていればいいわけではありません。その観点では、通訳は言葉だけを縦横に変換しているのではなくて、意味を抽出して伝える作業をします。

言葉だけを置き換えるというより、「意味を伝える」ことが通訳なのだということを、私もスクールで教わって実践してきましたし、実践の中でもその通りだと感じています。

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