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気になる外資系企業の動向、通訳・翻訳業界の最新情報、これからの派遣のお仕事など、各業界のトレンドや旬の話題をお伝えします。

加藤早和子先生

加藤早和子先生のコラム 『いつもPresent Progressive』 南山大学卒業。特許文書翻訳、調査会社勤務を経て、アイ・エス・エス・インスティテュート同時通訳科で訓練。
現在はフリーランスの会議通訳者として、医学・獣医学、薬学、バイオテクノロジー、自動車、情報通信、環境、知財、財務、デザインなど幅広い分野で活躍中。

第8回:エージェントとどう付き合うか

こんにちは。

タイトルを見てドキッとした方もいらっしゃるかもしれません。
日々リアルな話題でもありますし、通訳の仕事を続けていく上できちんとした関係を築かないといけない重要な要素なので、このトピックを取り上げることにしました。以下は個人的見解です。

以前にもご説明しましたが、基本的に通訳者はフリーランスなので、ほとんどの場合通訳派遣専門のエージェントに登録をし、そこから業務案件を紹介されてお仕事が発生する場所に赴いて働くというお仕事のスタイルが中心になります。
エージェントは、人材派遣業や通訳養成スクール経営、またコングレスオーガナイザーの業務を行なっている大手の会社もありますし、それらを持たない中規模のエージェンシーや分野に特化した小規模のところもありますし、個人で営業しているエージェントまで、様々な様態があります。多くの通訳者は複数のエージェンシーに登録をしています。
筆者の場合も大体10社前後からご依頼をいただいています。

最近はメールで業務依頼その他の連絡をするのが中心ですが、遡れば、80年代終盤は携帯電話もメールもない時代で、エージェントからの問い合わせは主に固定電話やファックス。不在の場合は留守番電話に伝言を残していただき、こちらからは伝言を確認した後改めて先方に電話をかけるという方法でした。
その後、ご存知のように携帯電話、インターネット、スマホの普及で今に至るわけです。平成時代には、テクノロジーの社会への普及で仕事の仕方も大きく変わりました。その前の昭和後半の時代においても、三種の神器の普及などで人々の生活スタイルが劇的に変わったでしょうから、世の中、常にこんなスピードで変化しているものなのかもしれません。

本題に戻りますが、エージェンシーに期待する役割はいくつかあります。
本業であるところの通訳業務の依頼とサポートはもちろんですが、適正なクオリティの維持、育成的支援、業界と通訳者の擁護、なども重要な観点です。

これらは相互に関連する要素なのですが、全体をうまく回してゆく基本になるのが、通訳という仕事への本質的な理解でしょう。目利きであってほしい、と言い換えて良いかもしれません。逐次通訳や同時通訳のアウトプットをふまえて第三者的な眼で総合的に適切な評価ができること。また、通訳者にとっては自分の力量のベンチマーク的意義もあるので、多人数の通訳を擁してハイレベルの案件を取り扱う大手に登録して業務をさせていただくことは意味があると思います。
一方、クライアントは、ある程度通訳サービスを使い慣れないと効果的な通訳の利用方法をご存知ないこともあります。その間に立って、適切に両者を繋げてほしいと思います。

案件も多様なのでエージェンシーの関わり方も様々なのですが、経験の浅い社員さんですと単なる連絡係の役割しかできていないこともあります。通訳のクオリティーや精度に関する理解やそれをサポートするために必要な情報・環境整備、さらに現場で発生する諸事も含めて理解できていないと、業務後に通訳者からフィードバックをしたくても何をどこまで話して良いものやら、ニュアンスまで説明したくても一体わかっていただけるのかしらと、悩んでしまうこともあります。

筆者の場合は、個人的にはメールだけではなく、時には電話や対面で直接事後報告するなり対話をする方が好みです。派遣する側も、どんな通訳者をクライアントに派遣するのか、人柄・人間性も含めて把握しておきたいのではと思います。声を聞いたり、話をしたりすることで得られる安心感は大きいですし、日常的なエージェンシーからのフィードバックも役に立ちます。

通訳者の擁護というのは、専門職としての社会的認知をしっかり担保していただけるような大所での活動もあります。業界全体として、質の良い通訳サービスを提供するための意識や活動は重要です。目利きの役割です。

日常レベルでは、クレーム時の対応でもエージェントのお世話になります。
残念ながらクレームを頂戴することもたまにはありますし、長年業務を続けていればクレーム経験のない人はほぼいないと思います。
筆者ももちろん経験しています。長くお付き合いしていただいているエージェントさんには随分助けていただきました。
特に若いうちは精神的にもへこみますし、しばらく気持ちを引きずることもあります。そういった時に間に立っていただけるのはエージェントで、クライアントを宥めつつ事を収め、通訳者には励ましの言葉で反省を促しながら育成的な視点からもフィードバックをすることになります。
原因はケースバイケースですが、自分の能力が至らない場合、仕事の姿勢の問題、情報不足、期待値のすれ違い、相性、不可抗力、・・・。いろいろですが、基本的にはプロとして赴くわけなので、その場で必要とされる役割を察知して役立てていただかないと話になりません。筆者も、個人的に振り返って恥ずかしく思うことも多々ありますが、緊張感なく現場に行くこと、準備不足で行くことは良くないと実感しています。また、必ず事後メールだけですませないで、気が重くても直接の依頼者であるエージェントと電話で謝罪を伝えたり話をするようにしています。
案件に関しては、ある程度経験して熟知している内容だから大丈夫と高をくくるのは禁忌です。どの案件もクライアントにとっては重要案件ですし、緊張感のなさはその場で出てしまいます。また、必ず準備不足のところに自分の順番が回ってくるものです。過剰な緊張感も不要だと思いますが、適度な緊張感はどんな場合でもあった方がいいと思います。

以上、今回は生意気なことをいろいろ述べてしまいましたが、結局のところ一番大切なのは何でしょうか。
最も大事な要素は、互いの信頼関係です。通訳者とエージェンシーとの信頼関係、エージェンシーとクライアントの間の信頼関係。現場に行ってみると、信頼があるか否かが何となく察せられるものです。
信頼のない間柄には、善意善行も、良質なお仕事も、皆が満足できる生産的な結末もありません。

エージェンシーとは長期間のお付き合いになりますし、利害も共通しています。通訳は、常に勉強を継続し少しずつレベルアップしてゆくタイプのお仕事です。それを理解していただくのには一定の経験が必要です。
エージェンシーも早朝から夜間まで業務がありますし、離職率が低くはない職場だと思いますが、若い人たちも経験を積んだ社員さんも共に継続していただいて、より通訳者と長く安定したお付き合いできるような環境ができればと願っています。

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