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気になる外資系企業の動向、通訳・翻訳業界の最新情報、これからの派遣のお仕事など、各業界のトレンドや旬の話題をお伝えします。

加藤早和子先生

加藤早和子先生のコラム 『いつもPresent Progressive』 南山大学卒業。特許文書翻訳、調査会社勤務を経て、アイ・エス・エス・インスティテュート同時通訳科で訓練。
現在はフリーランスの会議通訳者として、医学・獣医学、薬学、バイオテクノロジー、自動車、情報通信、環境、知財、財務、デザインなど幅広い分野で活躍中。

第11回:practical tips

こんにちは。

コラム執筆もあと2回となりましたが、終盤に向けて少し実践的な注意点やヒントについて触れてみたいと思います。

以前にも書きましたが、通訳者はほとんどがフリーランスですから、基本的には自身でマネジメントをする必要があります。雇用保険はもとより労災保険もないですので、危険が伴いそうな場所に行く場合は自分でも注意をして、はっきりとクライアントにその旨伝えて、慣れない場所には入れないことなど理解を得ることも必要です。こういったお願いをするのに躊躇することはないと思います。通訳者はその分野の専門家ではないですから、現場での注意点や危険箇所を熟知していることはありません。過去には事故の事例もありました。

工場や建設現場など防具を装着して入らなければならい場所などで、通訳者は騒音の中で聞き耳をたてメモをして時には大声を出さないといけない場面があるかもしれません。筆者もヘルメットをかぶって現場に行く案件に赴いたことがありますが、足元や前方への注意も疎かになるので十分に注意が必要です。やむを得ないこともありますが、できる限り通訳業務に最適な環境を求めるようにしたいです。

守秘義務も重要なポイントです。最近は通訳者と通訳エージェンシー間で事前に機密保持義務契約を締結するようになりましたが、業務によってはクライアントから別に守秘義務契約を求められることもあります。通訳者が業務上知り得た情報を他に漏らしてはならず、どの企業同士の会議だったか、どの部門の会議なのか、誰と会ったのかなども含めて他言することはNGです。通訳者も業界の事情に関しては素人ですから、ちょっとした情報がどんな意味を持つのかを理解していないものです。通訳者同士でもお互いに業務の詳細を語り合うことはほとんどありません。通訳者にとって最も重要なのは信用です。信用を得る一丁目一番地が口の堅さです。

また、お仕事の依頼を受けて訪問する先のお客様はほとんどの場合初対面。実際、第一印象も重要なポイントで、顔を合わせた時に信頼感を感じていただければ、そこから先の業務はスムーズに進むでしょう。

逆に、業務を始める前の第一印象で何かひっかかったことが端緒になって、後になって不用意に苦情の原因になることもあると思います。実際、筆者も経験があります。特に理由はなくても、初対面で目を合わせた時のちょっとしたミスマッチ感からなんとなくボタンの掛け違えが進んでしまう、というような日もあります。長い間にはいろいろあるものです。

あたりまえですが、きちんとあいさつをする、相手の顔を見て話せる、傾聴する姿勢とか、自然体でよいので一般常識を備えていることは大事です。相性や期待値のコントロールも馬鹿にできません。

第一印象といえば、服装も大切な要素です。筆者もその日の案件によって使いわけていますが、人の目に触れる場合は大抵ダーク系や落ち着いた色彩のスーツ、社内案件でブースに張り付きになりそうな日もビジネスの場で違和感のない洋服選びをすることが多いです。華美でなく、没個性である必要はないですが適度な“きちんと感”があればいいと思います。肌の露出度とかコツコツとハイヒールの音が目立たないかとか、細かいようですが、TPOを考慮できるセンスや気配りが望ましいです。スクールで勉強していた時から服装についてはよく指導されましたし、今でも同じだと思います。

それから、現場では必ずしも通訳に最適な環境が揃っているとは限りません。できれば事前にチェックしたいものです。エージェンシーも音声エンジニアさんたちもできる限りのことはしてくださるとは思いますが、通訳者の耳に入る音声の調整具合とか、ブースからスライドが見える位置か、など細かいところはユーザーである通訳本人でないとわからないこともあるので、協力しあってよくしていきたいものです。

通訳者の“耳環境”もいつも理想的に整っているというわけではないでしょう。“生耳パナなし”は、細部まで十分に聞こえない中でお客様に物理的に近接して囁かないといけないので、お客様にとっても通訳者にとっても難儀なものです。(通訳するためには、子音や母音もひとつひとつクリアに聞きたいので、普通に“聞こえる”だけでは不十分なのです。)会議室や会場のスピーカーを通して音声を聞く場合も、スピーカーの設置位置やボリュームなど、要チェックです。ステージ上で通訳をする場面では返しのスピーカーを用意してくださる時があり、とても助かります。先日も、そのような場面でPAのエンジニア担当者に返しスピーカーのボリュームとか通訳席の位置とか念入りに事前確認をしていただけたことがあり、安心して本番に臨むことができました。

でも、そんな幸運な状況ばかりではないわけで、例えばホテルの大宴会場で業務があるような場合、備え付けのマイクやスピーカーは宴会仕様ですから音がボワンと壁に響いて大音量でも細部が聞きづらいことがよくあります。

“生耳”はこのように苦労も多いです。

また、筆者の体験でもこんなことがありました。

打ち合わせを済ませて、さてブースへと向かったところ、同通装置に電源が入っておらずイヤホンを挿しても何も聞こえず、ブースは真っ暗。

もう会議は開始する寸前だというのに、装置の準備ができておらず、聞けばクライアントはエンジニアのオペレーターを依頼せず自前で操作をするつもりだったとか。

その時は、大慌てで担当者に走ってもらい、スイッチを入れてなんとか音声の確認をしてもらって、しばらく遅れてスタートすることができました。音声の質や装置へのインプットの大きさを調整する余地も全くありません。聞こえれば御の字のギリギリの状況です。当然ですが、焦りました。会場のお客様はそんな裏事情はご存知ありません。

最後は人間関係。ペアを組む場合は相性もありますし、力量の差があったりなかったり、お互いの作法が若干違ったり、先輩後輩の関係もあります。

ブース周りの人間関係はクライアントにも伝わります。職場ですからタメ口は禁物、一定の規律やマナーは大切です。

息を合わせられる、言い換えれば、いろんな判断のポイントが共有できる相手とペアで進められると安定したアウトプットができるように思います。

いろいろ細かく書いてしまいましたが、それぞれの案件への誠実な取り組みが肝要、という平凡な原則でまとめておきましょう。

end

※エージェンシー注:派遣で通訳をされる場合は雇用契約を締結しますので、派遣期間、稼働時間等一定条件をクリアすれば健康保険、厚生年金、雇用保険、労災などに加入することが出来ます。

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