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山口朋子先生のコラム 『"翻訳"は一日にしてならず --- 一翻訳者となって思うこと』 慶應義塾大学法学部法律学科卒業。外資系メーカー勤務を経た後、フレグランス業界へと活動の場を移し、マーケティング他業務に携わる。その後、米国カリフォルニア州立大学大学院にてTESOL(英語教育法) 修士号を取得。日本帰国後、アイ・エス・エス・インスティテュート英語翻訳者養成コースを経て実務翻訳の道へ。現在は、医療・美容業界関連、その他雑誌・ホームページ記事やエッセイなどの分野から、会社規約・契約、研修マニュアル、取扱説明書、財務レポート他各種報告書などのビジネス文書等に至るまで様々な分野の翻訳を手掛けながら、同校の総合翻訳基礎科の講師を務めている。

第17回:日英翻訳の要となる日本語の正しい解釈 その2.

今回も引き続き、英訳を行っていく上で非常に重要なポイントとなる、日本語原文の意図の正確な把握について、具体例をベースに検討してみたいと思います。

前回のコラムでは、「対処する」の例を取り上げ、ただ単に辞書に列挙されている「対処する」の意味を持つ語を適当に選べば良いというわけではなく、例えばその目的語との関連性や、前後の意味をしっかりくみ取った柔軟な構成・表現などを基に、その都度判断・調整が必要となることをお伝えしました。今回も、同じように授業の中で何度か遭遇し、受講生の方々がその処理をある意味無意識に、あまり深く考えずに行ってしまう傾向のあるその他の例を取り上げてみます。

・「導入する」

導入する対象となるものによって訳出も違ってくると思いますが、例えば日本語で「何らかのものを紹介する」といった意味に解釈されるintroduceは、一般的にさまざまなニュアンスに対応できるというイメージで、この語を用いた訳出例が多く見られる気がします。introduceには確かに導入するという意味がありますし、比較的見慣れた単語であるため、つい「日本語での“導入する”という意味を幅広くカバーする」と思ってしまいがちなのですが、細かく分析していくと、実はネイティブの感覚では、これこれこういう文脈ではあまりintroduceを使わないorどうも不自然、といった場合があるようなのです。

元々この語には「紹介する」といった意味がありますが、日本語で「紹介する」というと、「人」そして「物(事)」の双方について用いることができるのに対し、本来英語のintroduceは主に「人を」紹介する意味が強いので、日本語の感覚がごちゃ混ぜになるとおかしな英語構成となってしまう場合が生じる、とネイティブの知人から耳にしたことがあります。

○ introduce Mr. X to Mr. Y(X氏をY氏に紹介する) 「人を」人に

Chapter 7 introduces you to the ~ system …(第7章では~システムについて紹介しています)

※このケースでは無生物主語文かつ「人を」物に紹介する形

こうした形が一般的であるのですが、これを応用して「導入する」意味で以下のように表現すると不自然な感じになってしまいます。

△ introduce the new machine to our company(当社にその新しい機械を導入する)

※この形ですと、該当する新しい機械を「あ、ご紹介します。こちらが新機器さんです」などと実際紹介しているような、「人」に対して用いられるイメージが先行してしまうようなのです。

また、「物(事)」の導入の意味で用いると、意味があいまいになってしまうという弊害もあります。

We will introduce this innovative system next month.

We will start using the system next month. 「使い始める」
We will be told about the system next month. 「について説明を受ける」

この2つの意味が成立しうるため、混乱を招きやすいと言えるのです。

ただ、特に新規で不特定の総称的概念を持つものを導入するといった場合にはintroduceを用いても不自然とならないケースも存在します。

introduce automation 自動化するということを導入→自動化する
introduce a new model (in)to the market (何かしら)新しいモデルを市場に導入
We think the risk is very high for introducing a new method. (何らかの)新しいやり方(というもの)を導入するのはリスクが高いものだ

こうした感覚はやはりさまざまな例に触れて知識を蓄えつつ磨いていくのが一番の近道だと思いますが、目的語として取る語との関係によって、例えばコンピューターやソフトウェアの導入ならinstall、規定などの導入ならapply/adopt、といったように的確なコロケーションを適用したり、また、より「英語らしいシンプルな」表現として別の言い回しや構成を使用する(例は以下に記載)といった処理も有効だと思います。

・効率的システムを導入した
We started using/ have(haveだと「導入して使用している」意味) a new system to improve efficiency.
・そのシステムを導入したことで、~(すること)がスムーズになった
The new system has made it easier to ~
By using this new system, it has become easier to ~

双方、newを用いることで、新たに導入されたというニュアンスが十分出るため、わざわざ「導入する」に相当する語を使用せず自然に処理可能

柔軟な発想と打ち出し方、と一言で言ってしまうととても簡単なことに思えてしまいますが、実は各自の地道な場合分け作業や例文等の体系化とその知識の蓄え方が大事であると言えると思います。やはり、深く読み込んで正確に理解し、柔軟に対応する - この一連のスムーズな流れがとても重要だと思います。

最終回:翻訳愛

第23回: 類語の使い分け、コロケーションへの意識

第22回:的確な訳語の選択力をつける

第21回:文法事項ごとに体系化した訳出感覚を磨く、翻訳文法の考え方 その2

第20回:文法事項ごとに体系化した訳出感覚を磨く、翻訳文法の考え方 その1

第19回:生きた表現 -「新語」にからめて

第18回:「舟を編む」- 言葉へのこだわり

第17回:日英翻訳の要となる日本語の正しい解釈 その2.

第16回:日英翻訳の要となる日本語の正しい解釈

第15回:翻訳不可能論!?

第14回:これまで翻訳クラスを担当させていただいて ─ 授業風景のお話を交え

第13回:ご挨拶 & 翻訳者の日常とは?

第12回:今年最後の独り言 ─ 改めて考えてみる翻訳にまつわるあれこれ

第11回:翻訳は「裏方」に徹する仕事 ─ その極意と楽しさ

第10回:「翻訳の学習」を通して得た 目からウロコの訳出工夫・表現例②

第9回:「翻訳の学習」を通して得た 目からウロコの訳出工夫・表現例①

第8回:文法の大切さ ― 文法を笑う者は文法に泣く…!?

第7回:「意訳」と「誤訳」

第6回:日々のちょっとした積み重ね ─ 学習法のヒント

第5回:翻訳力アップのためのポイント その2

第4回:翻訳力アップのためのポイント その1

第3回:何故翻訳者に? ─ 私の思う、翻訳者に必要な要素

第2回:「生きた英語」に触れる生活で発見したこと。そしてISSで「翻訳」英語に出会って。

第1回:ご挨拶。

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