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プロ通訳者・翻訳者コラム
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山口朋子先生のコラム 『"翻訳"は一日にしてならず --- 一翻訳者となって思うこと』 慶應義塾大学法学部法律学科卒業。外資系メーカー勤務を経た後、フレグランス業界へと活動の場を移し、マーケティング他業務に携わる。その後、米国カリフォルニア州立大学大学院にてTESOL(英語教育法) 修士号を取得。日本帰国後、アイ・エス・エス・インスティテュート英語翻訳者養成コースを経て実務翻訳の道へ。現在は、医療・美容業界関連、その他雑誌・ホームページ記事やエッセイなどの分野から、会社規約・契約、研修マニュアル、取扱説明書、財務レポート他各種報告書などのビジネス文書等に至るまで様々な分野の翻訳を手掛けながら、同校の総合翻訳基礎科の講師を務めている。
第20回:文法事項ごとに体系化した訳出感覚を磨く、翻訳文法の考え方 その1
先日、夜遅めのティータイムでホッとくつろぎ、何気なく見ていたテレビ番組のお話から。ちょうどトム・クルーズさん主演の新作映画が公開となる時期で、同氏の通訳者、そして同映画の字幕翻訳者でもいらっしゃる戸田奈津子さんがあるトーク番組に出演なさっていました。戸田さんは、「映画が終わったあと、字幕がどうだったかなんてお客さんに考えてもらわなくていいの。ただ、『ああ、この映画面白かった!』と言ってもらえたらそれだけで嬉しい」と、字幕映像翻訳の極意とも言うべき興味深いお話をなさっていらっしゃいました。私は字幕映像翻訳については全くの素人ですが、大体1秒で読むことができるのは3文字が限界とのこと。またセリフである以上、言葉の一つ一つがその場その場で生きているため、登場人物になりきって、それこそ結婚も自殺も、色々な事を 疑似体験しながら大切に言葉を紡ぎ出してきた 、とお話なさっていました。
セリフを言う人になりきり、言葉にこだわり、かつ短くまとめながら正確に意味を盛り込むのは大変な作業だと思いますが、話し手・筆者になりきって彼らと一体となること、これは通訳でも翻訳でも大切なことだと思います。字幕のように限られた文字数での表現が必要となる世界では特に、原文の構造・ニュアンスの正しい把握が何より重要なベースとなり、その上で日本語としての自然な仕上がりを徹底していくことが肝心です。その番組でも、MCや出演者が簡単な英語のセリフを制限文字数内の日本語で巧みに表現する作業にトライしていましたが、その都度戸田さんは「原文と全然違っちゃってるじゃない。原文は尊重しなくちゃ」、「余計なことは入れちゃダメよ」など、ビシバシとコメントを入れながらお手本を示していらっしゃいました。
戸田さんのようなベテランの方の例は勿論だと思いますが、翻訳とは、そして通訳とは、とにかく経験の積み重ねにより得られるコツやテクニックがモノを言う世界だと思います。頭の中で理解するだけでなく、読みやすく分かりやすい、文脈に合ったアウトプットを行うプロセスは幾通りも考えられ、ケースバイケースのベストな処理の「ノウハウ」を学ぶことが重要だからです。そのためにもさまざまな文章に触れる必要がありますが、目的も持たずただ読み流せば良いというわけではありません。
授業でも良くお話しするのですが、
①文法・構文を正しく分析し、②意味内容を正確に把握、この2つの要素がバランスよく機能しなければ原文に忠実な訳出とはならないのです。基礎科では主に、文法の構成要素それぞれの、文中での役割やそれらの関わり方等を考慮し、翻訳という作業に必要な文法の操り方のコツ等を解説しながら授業を行うのですが、この考え方は、まず文法的な事実をルールに則って正しく把握した上で、各文脈内で一番「生きた表現」となるよう、構文上何らかの転換を図ったり(品詞を変換して訳したり、態の出し方・主語の据え方を工夫したり)、訳順を変える等、工夫を凝らしながらベストな訳出を行うテクニックを学ぶというものです。私もこの考えに基づく授業を受けて初めて気付いた訳し換えのテクニックなど、多々身につけることができ、試行錯誤を経ながらこうした感覚を養うことが徐々にできるようになったのだと思います。
英日翻訳の場合、ただその英文の各語に対応する意味を持つ日本語の単語を置いてつないで行くだけの直訳では、例えば中学校の英語のテストの解答のように、必要な情報だけでなく、普通省いても分かるような情報も漏れなく盛り込まれていて不自然かつ分かりにくい、単なる英文解釈の域を出ない訳出にしかなりません。分かりやすく具体例を挙げてみると、例えば “another” という形容詞。「もう一つの、別の」といった意味で名詞を修飾する語ですが、この前たまたま見かけた一文 “She is another busybody(お節介な人).” を例に見てみると、「彼女はもう一人のお節介な人です」というのが直訳となりますが、前後関係を見なくとも、この文が日本語として少々不自然であることは明白です。この時、anotherという形容詞の意味と、直後に来る名詞の意味(あまり良い意味ではない場合が多いですね)の関わりに目を向け、anotherということはsheの他にもこうしたお節介さんが居るらしいことなどを考えると、何となく「またか・・・」という苦笑いが聞こえてきそうなニュアンス。このanotherの「またか」の意味だけ汲んで、「彼女がお節介な人である」というS+Vを修飾する形、つまり「副詞」的に意味を出し、「彼女もまた/やっぱり お節介屋だ」などと訳すと自然なニュアンスとなります。このように翻訳に適した形で文法的事実に対処する様々なパターンを体系化する考え方こそ、文脈に合う生きた表現にあふれた自然な訳出への基本的第一歩となるのだと思うのです。
次回も引き続き、これに関連したお話をさせていただければと思います。
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