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気になる外資系企業の動向、通訳・翻訳業界の最新情報、これからの派遣のお仕事など、各業界のトレンドや旬の話題をお伝えします。

和田泰治先生のコラム 『通訳歳時記』 英日通訳者、アイ・エス・エス・インスティテュート 東京校英語通訳コース講師。明治大学文学部卒業後、旅行会社、マーケティングリサーチ会社、広告会社での勤務を経て1995年よりプロ通訳者として稼働開始。スポーツメーカー、通信システムインテグレーター、保険会社などで社内通訳者として勤務後、現在はフリーランスの通訳者として活躍中。

第6回:文月【NEW】

<文月や六日も常の夜には似ず(芭蕉)>

 

皆さんこんにちは。今月もまずは近況から。

 

世の中は緊急事態宣言や自粛要請が解除され、感染者数も限られているとは言いながら第2波に怯えながら手探りの再出発です。
仕事のほうも6月は少しだけ忙しく過ごしました。在宅でのオンラインの通訳が6件、IR関連の収録が1件、株主総会の収録が1件でした。週末はアイエスエスインスティテュートでオンラインの授業も始まりました。
通訳業界の厳しさはまだまだ先が見えません。渡航制限が全面的に解除される前提である治療薬やワクチンの開発、普及にはまだまだ年単位で時間が掛かりそうです。そんな状況の中、「リモート通訳」が業界のキーワードとなってきた感があります。
Zoomは一般的なリモート会議などでも有名になりましたが、それ以外にも、Webexとか、teamsとか、リモート会議用のシステムはいろいろ実用化されていますし、通訳者が参加することを前提とした専用のシステムであるInterpreXやKUDOなども徐々に利用が進んでいるようです。これからは、さらに進化したリモート通訳のシステムが次々に開発されることでしょうし、通訳者も在宅での仕事が当たり前になるかも知れません。

 

さらに一歩進んで、このようなシステムにAIによる音声認識、通訳機能が搭載されれば、人間の通訳者自体が過去のものになる日が来るのもそう遠い未来ではないかも知れません。
通訳者も通訳エージェントも、これが一過性の現象ではなく、新型コロナの終息に関係なく、リモートでの会議、通訳が一般化するという前提でビジネスモデルや仕事観を考え直す必要性に直面するのではないでしょうか。

 

さて、近況が長くなってしまいましたが、今月は「メディアのインタビュー」をテーマに取り上げてみたいと思います。昨年の7月のカレンダーを見返してみても、数件メディアの取材が入っていました。主戦場のIT業界関連の取材も件数は多いのですが、年間を通してみると業界は多岐にわたっています。外資系企業のエグゼクティブが来日した機会を利用してメディアが取材する、というのが一般的によくあるパターンです。何か特別な発表がある場合は、プレスリリースと会わせて発表会のイベントを開催して記者を招待し、プレゼンテーションと質疑応答を実施するということもよくあります。あとでメディア数社の個別取材を受けるということもあります。今月取り上げられるのはこの個別取材における、記者と取材対象者との一対一のインタビューの通訳です。

 

形態は普通の逐次通訳なので特別なことはありません。記者が質問してそれに回答するだけなのですが、打ち合わせや会議と違って、質問者がメディアの記者であるということと、回答する側も、あくまで公式に報道されるという前提で、回答できる建前の内容とそうでないものがある、というのが特徴でしょう。

 

記者の方々のタイプに応じてインタビューの流れも変わってきます。一番やりやすいのは、取材対象の意向を汲んで(忖度して?)、取材を受けるほうが回答しやすいトピックの質問を集中的にしてくれる場合です。新製品や新プロジェクトの発表の場合は、あくまでその製品やプロジェクトのPRをしたいわけですし、来日した企業のトップが将来の世界戦略について大上段から大いに語りたいという場合もあります。そのためにインタビューの準備をしているわけですから、想定した内容であれば話す側も気持ちよく話してくれます。雰囲気も非常に友好的で通訳もし易いわけです。

 

第二のタイプは、相手が話したいと思っているトピックには関係無く、予め記者の方の頭の中に自分の書きたい記事のストーリーが出来上がっていて、それに合わせたて質疑応答が続くというケースです。このパターンの場合は、質問に入る前に記者の方が自分の見解を延々と解説し、「・・・・・・ということだと思うのですが如何でしょう?」という感じの質問になります。元々話したい内容と違う質問をされているうえに、通訳者が記者の考えを理解し、論理的に説明できないと取材対象者はどう応答すればよいのか惑うことになってしまいます。

 

第三のタイプは鋭い質問を連発して問い詰めるタイプの記者の方です。論旨も明快で、通訳者も気持ちよく質問を通訳できるのですが、痛いところや矛盾点などを容赦なく突いてくるので取材対象者次第では思わぬ苦労をすることがあります。
このパターンでは、往々にして経営上の問題点や製品の弱点、競合に劣っているところなどを集中的に質問されるので、気の短い人はあからさまに不機嫌になったりします。
こうした追求型の質疑に対しては対応の仕方も人それぞれですが、「申しわけございませんが、その点は情報開示できません」とだけ言って回答を回避するというのが通訳者としては一番楽なパターンです。

 

頭が良くて口の立つ人は、あれやこれやと立て板に水で弁舌さわやかに回答しますが、よく聞くと肝心な点を微妙にずらします。まぁ英語で悪く言えば “nice wishy-washy answer” とか “gobbledygook”ということになるでしょう。国会答弁で官僚の皆様がお得意のパターンですね。これはこれで通訳するには苦労するのですが、取り敢えず何となく質問に答えた雰囲気にはなるわけです。記者の方が「こりゃあ答えたくないんだな」と暗黙のうちに理解(またまた忖度!)してくれれば「わかりました。それでは次の質問ですが・・・・」ということになるのですが、時として納得せずに延々とこの禅問答のような状況が続くこともあります。ただ、これはこれで通訳者としては腕の見せ所でもあります。

 

一番困るのは、痛いところを突かれて全く関係の無いことを長々と回答し始めるパターンです(これも国会答弁で勉強できますね)。どう拡大解釈しても全く的はずれで、これでは通訳にとっても対処のしようがありません。質問したほうもこれでは忖度のしようがなく、通訳者の英語が理解できる記者の方には質問が正確に訳出できていることをわかって頂けるのですが、そうでないと「質問をちゃんと通訳してんのかよ」ということになり、場の雰囲気もだんだん悪くなってゆきます。何より、どう考えても理屈に合わないトンチンカンな回答を繰り返すことは、通訳者にとっては大きな精神的ストレスになります。

 

こうしたインタビューのパターンは、メディアの取材だけでなく、IR関連で投資家やアナリストが事業会社の担当者に取材する場合にも当てはまることが多いと思います。業務やプロジェクトの打ち合わせ、商談などの通訳には無い独特な人と人とのコミュニケーションの妙がインタビューや取材にはあります。取材している側が聞き出したいと意図している内容を引き出せるように質問を通訳し、取材を受けている側が強調したいポイントは的確に理解してしっかり伝え、婉曲に避けたいと思っているトピックの回答はそうした意図も滲ませながら、より丁寧な通訳を心掛けねばなりません。

 

いよいよ梅雨明けから夏へ突入ですね。芭蕉の句のように、七夕など風情豊かな季節です。いつもとは違った静かな生活の中でじっくり味わうのも一興です。

 

それでは皆さん、また来月お会いしましょう。
ごきげんよう。

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