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気になる外資系企業の動向、通訳・翻訳業界の最新情報、これからの派遣のお仕事など、各業界のトレンドや旬の話題をお伝えします。

和田泰治先生のコラム 『通訳歳時記』 英日通訳者、アイ・エス・エス・インスティテュート 東京校英語通訳コース講師。明治大学文学部卒業後、旅行会社、マーケティングリサーチ会社、広告会社での勤務を経て1995年よりプロ通訳者として稼働開始。スポーツメーカー、通信システムインテグレーター、保険会社などで社内通訳者として勤務後、現在はフリーランスの通訳者として活躍中。

第12回:睦月【NEW】

<野も山も神の灯ともる睦月かな(新海非風)>

 

新年明けましておめでとうございます。
新型コロナウイルスは年末年始も猛威を振るい、連日の報道に身構える日々が続いています。

 

本連載も今回が最終回となりました。昨年一年間を通訳者の生活という視点から振り返ってみたいと思います。先ずは各月ごとの業務日数と案件数を前々年と対比してみます。

  

1月   14日/17件 (16日/22件)    -23%

2月   15日/16件 (14日/16件)    0%

3月   7日/7件 (20日/28件)    -75%

4月   1日/1件 (19日/26件)    -96%

5月   2日/2件 (19日/25件)    -92%

6月   11日/11件 (18日/22件)    -50%

7月   6日/7件 (20日/25件)    -72%

8月   11日/11件 (16日/22件)    -50%

9月   6日/6件 (17日/24件)    -75%

10月  14日/18件 (20日/28件)    -35%

11月  16日/18件 (19日/24件)    -25%

12月  12日/16件 (15日/22件)    -28%

(合計)  115日/130件 (213日/284件)   -65%

 

前年と比較致しますと、年間の業務日数は47%減、件数では65%減となりました。単価の高い終日案件が相当数減っていますので、収入ベースでは恐らく70%以上の減収ということになろうかと思います。

 

2月から徐々に仕事が減少し、3月では四分の一、4月、5月はほぼゼロという状況でした。10月以降は例年の6割近くまで回復しましたが、これはリモートでの通訳が少しずつ普及してきたおかげだと思います。リモート会議用のツールと高速のインターネット回線が普及し、当初は手探りだったリモートでの通訳にクライアント、エージェント、通訳者がそれぞれかなり慣れてきた感があります。

 

実際に業務は全てリモート環境での通訳でした。ほとんどが在宅での仕事で、1時間から2時間の短時間のものが大勢を占めていますが、一週間を通しての研修など、終日案件も何件かありました。Zoom やマイクロソフトのTeams、シスコシステムズのWebex、アマゾンのChimeなどのリモート会議用ツールは通訳者が在宅からでも簡単にアクセスできます。自宅の回線が問題を起こしたことは一度もありませんでした。

 

同時通訳に関しては、Zoomの通訳機能を利用することが多かったと思います。Zoomの通訳機能は通訳者同士の音声がモニターできないなどの不備もあり、とても充分と言えませんが、複数の音声チャネルをひとつのアカウント内で設定できるため、在宅での同時通訳環境を考えますと、その他よりかなり使い勝手の良いツールです。

 

Zoom以外のリモート会議用ツールの場合は、言語毎に複数の回線とデバイスを用意しなければなりません。やってやれないことはありませんが、通訳する側も、聴く側も、複数のデバイスを状況に応じて切り替えるような非常に面倒な運用になってしまいます。通訳者が自宅で設定するためには少なくとも3つのデバイスが必要になりますし、設定によっては、マイクやモニター用のイヤホンも複数必要になってしまいます。

 

在宅でのリモート通訳に対応するため、多少の設備投資をしました。用意した設備は、デスクトップPCとウェブカメラ、オーディオモニター用のアンプとダイナミックスピーカー、USB接続の外付けマイク2本、ラップトップPCとデバイススイッチャーなどです。取り敢えず一通りの環境は自宅で実現できるとは思いますが、複雑な設定の場合は、通訳エージェントのオフィスやスタジオに同時通訳用の機材を持ち込んでパソコンと連携した仮想環境を音声のプロに用意して頂くことのほうが多くなっています。

 

生活も大きく変わりました。そもそも仕事数自体が減ったので、家で過ごす時間は大幅に増えたのですが、それだけではなく、在宅での通訳がほとんどになったため、そのおかげで増えた自由時間も相当なものです。

 

仮に9時から17時までの終日案件があるとします。会場にもよりますが、余裕をみて片道1時間半前の7時30分に自宅を出ます。逆算すると起床は遅くとも6時です。17時に終了して帰宅は18時30分。着替えて、食事をして20時から日課の勉強をして22時。それから翌日の仕事の準備をして午前0時。入浴して一服するともう午前1時過ぎです。翌朝もまた6時に起床すると睡眠時間は5時間弱しかとれません。繁忙期の生活は毎日こんなものです。ほとんど余裕はありません。

 

これが在宅業務の場合、同じ6時に起床すれば8時まで日課の勉強ができます。それでもまだ業務開始まで1時間あります。ゆっくり朝食を摂ってから9時に業務を開始。17時に業務終了後は夕食までにまた2時間近く自由時間があるので、追加で日課の勉強をするとか、翌日の仕事の準備をするとか、はたまた読書や音楽鑑賞などをして過ごすことも可能です。夕食後にのんびり過ごしても11時には就寝できます。翌日また6時に起床するとして7時間の睡眠時間を確保できるのです。

 

会場への往復と身繕いなどで費やす約4時間以上の時間から解放されるわけです。勉強や余暇だけでなく、家族と過ごす貴重な時間が増えたことも自分にとっては掛け替えの無い充実した経験になりました。

 

新型コロナウイルスの感染拡大は通訳業界を直撃しました。冒頭に書きました通り、収入は7割減収となりました。経済的には大打撃です。ただその一方で、これまでとは全く違った働き方、生活様式によって、お金では買えない大切なものをたくさん手にすることも出来たのではないかと感じています。

 

これから世の中が、通訳の世界が、自分自身の生活が、どのように変わってゆくのかは全くわかりません。昨年末時点で8千万人以上の感染者と170万を超える死者を出した未曾有の災厄の渦中にあって、しかし、この毎日を絶対に無為なものにしてはいけないという思いで過ごしてきました。世界がまた元に戻ろうとも、これまでとは全く違う景色を見ることになろうとも、しっかりと前へ一歩ずつ踏み出してゆきたいと思います。

 

この一年間、お付き合い頂いた皆さんには心より感謝致します。

 

本稿が、通訳を目指す皆さんにほんの少しでも有益な情報を提供できたのなら望外の喜びです。それでは、またどこかでお会いしましょう!ごきげんよう。

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