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和田泰治先生のコラム 『不肖な身ではございますが・・・・こんな私も通訳です!』 英日通訳者、アイ・エス・エス・インスティテュート 東京校英語通訳コース講師。1983年に明治大学文学部卒業後、旅行会社、マーケティングリサーチ会社、広告会社での勤務を経て1995年よりプロ通訳者として稼働開始。スポーツメーカー、通信システムインテグレーター、保険会社などで社内通訳者として勤務後、現在はフリーランスの通訳者として活躍中。

第9回:分野別通訳の話・IR通訳-その2<IR通訳の実際>

前回はIR通訳の概要と形態についてお話致しました。今回はより実戦的な観点から説明してみたいと思います。

1.IR通訳に最低限必要な知識ベース
前回お話致しましたとおり、IR通訳での通訳者のミッションは投資判断をする外国人投資家と、対象となる日本の事業会社の間のコミュニケーションを円滑にすることです。投資判断をするための情報収集ですので話題の中心は、市場動向はどうなっているのか、事業は順調なのか、収益はあがっているのか、どのようなリスク要因があるのか・・・・などです。

これ等の情報の基礎となるのは、一般に「決算書」と呼ばれている事業会社の開示情報です。決算書は各種財務諸表等の総称で、貸借対照表、損益計算書、キャッシュフロー計算書、利益処分計算書、付属明細書、営業報告書などで構成されています。この中でさらに中心となるのが以下の財務三表です。

(1) 貸借対照表 (Balance sheet)
(2) 損益計算書 (Profit and Loss statement / Income statement)
(3) キャッシュフロー計算書 (Cash flow statement)

IR通訳に興味のある方は、まず以上の財務三表の数字の意味を理解するところから学習を始めるのが良いと思います。暇な時に書店をのぞいてみて下さい。決算書の読み方についての入門者がずらりと並んでいますので、最もやさしそうで薄~いものを一冊買って取り敢えず読んでみましょう。

財務諸表というのは、必要な資金を調達し、商品を製造(あるいは外部から調達)し、営業活動を行って販売し、残った利益から税金を支払い、さらに税引後に残った利益から株主に配当金を支払う・・・・といった一連の活動の結果を数字で開示したものです。会計の専門的な知識など無くとも十分に常識で理解できる範囲のものですので、是非一冊簡単な本を読んでみて下さい。

2.IR通訳の準備
決算発表やIRカンファレンスイベントでの同時通訳や、個別の外国人投資家に随行しての企業訪問などの異なる形態にかかわらず、IR通訳を引き受けますと、事前にエージェントやコーディネーターである担当の証券会社を通じて対象となる事業会社の以下のような資料が送られてきます。

● 会社四季報の抜粋
● 直近の決算発表会で使用したプレゼンテーション資料
● 直近の財務情報(各種財務諸表や決算短信と呼ばれる財務速報など)
●アニュアルレポート(年次報告書)
● 所在地地図(必要に応じて)

基本的な手順としてはまず会社四季報で当該企業の事業概要や主力商品・サービス、基本的な財務状況、株主構成などを確認します。会社四季報ではこうした基本情報が1ページにまとめられており非常に便利です。

引き続き、直近に実施された決算発表で使用されたプレゼンテーションの資料がある場合にはこれを一読します。このような資料は、各種財務諸表などからポイントとなる内容を抽出し、グラフなどを使ってわかりやすく説明するために作成されたものです。また、IRミーティングでは往々にして「それではまず先日のプレゼンテーション資料を説明してから質疑応答に入りましょう」というケースが非常に多いこともありますので、通訳者にとっては準備の中核資料となります。

さらに必要に合わせて決算短信などの参考資料に目を通して取り敢えず準備はひとまず完了です。あとは、当該企業あるいは業界に特有のポイントがある場合に限りざっと勉強しておきましょう。

注意が必要なのは、当該企業や業界に何か投資判断上重要な事象が発生している場合です。大型の事業案件やM&A、経営陣の交替、スキャンダル、法改正など話題にのぼりそうなことは気に留めておいたほうが良いでしょう。

例えば耐震偽装問題後に建築基準法が改正された際には不動産、建設関連のIRミーティングでは必ず話題の中心になりましたし、消費者金融業に関する「過払い金返還問題」やパチンコ・パチスロ業界の「射幸性規制の改正」なども良い例です。

また、大量の転換社債を発行して資金調達しているような場合も株式の希薄化をめぐり投資家にとっての懸案事項となり、償還スケジュール等に質問が集中するケースがあるので注意が必要です。

その他、過去のケースでは、一時期相次いだ「厚生年金基金の代行返上」などがあります。上記の転換社債の件や、消費者金融の過払い金返還問題の根幹にある「グレーゾーン金利」なども同様ですが、こうした事象は通訳者が事前に自分の言葉で内容をわかりやすく説明できるようにしておきませんと、企業のIR担当の方の日本語をそのまま訳出しているだけでは外国人に理解してもらえない場合が多々あるので注意が必要です。

上記「厚生年金基金の代行返上」も、そもそも何故、いつからそのような慣習が生まれ、何故それを返上するに至り、結果として財務諸表上のどこにどのような影響が出ているのか・・・・といったところを長々と説明するのは非常に大変でした。当時は企業の各IR担当者も通訳者もこの件では何かしら苦労した経験があり、代行返上の話題になると身構えたりしていましたが、何度もこの話題を経験したことのある外国人投資家がおりまして、少し説明を始めるなり”Oh! Daiko-henjo!”と言ってすぐに理解してくれ、一同 “Yes!”と胸をなでおろしたこともありました。

こういった特定事情に対処するためには日頃から、新聞などで大きく報道されている事象についてはある程度の知識を常に頭に入れておく習慣が大切だと思います。

3.IR通訳の現場
準備が出来たら、通訳の現場は他の通訳とほぼ同じです。決算発表やカンファレンスの同時通訳の場合は、まず経営陣からのプレゼンテーションがあり、それに対して質疑応答が行われます。個人の投資家に随行して事業会社を訪問する場合や、カンファレンスイベントでのOne on oneと言われる個別のIRミーティングでは、投資家と企業のIR担当者が質疑応答を中心にミーティングを進めます。同内容の会議を電話会議やテレビ会議で行う場合もあります。

会社訪問の随行をする場合でコーディネーターの証券会社からアテンドが付いていない時には(このケースが非常に多いのですが)、朝のホテルでのピックアップから、車や電車での移動、食事、費用の立替、各事業会社との約束の時間に合わせての調整や連絡などのロジスティックスをすべて随行している通訳が行います。会議通訳兼アテンド通訳といったところでしょうか。少しでもスムーズにスケジュールをこなせるよう、移動の経路や手段、どこで昼食をとるかなど、よく考えて事前にシミュレーションしておく必要があります。まぁ、これが面倒で企業訪問のIR通訳はやらないという人もいるようですが・・・・・。

以上、二回にわたりまして簡単にIR通訳のお話をしてまいりました。紙面に限りがあり甚だ簡単な内容になってしまいましたが、ご興味のある方は是非チャレンジしてみて下さい。

さて、次回からは「分野別通訳の話」の第二弾と致しまして、「IT通訳」についてお話したいと思います。

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