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西山より子先生のコラム 『Baby Stepsではありますが』 上智大学外国語学部英語学科卒業。総合電機メーカーにて海外営業職を務めた後、経済産業省外郭団体の地球観測衛星運用チームにて、派遣社員として社内翻訳通訳に従事。翻訳会社でコーディネーター兼校閲者を経験した後、フリーランスとして独立。主に、国際協力、地球観測衛星、原子力発電、自動車など、産業技術系実務翻訳通訳を手がける。

第8回:英訳メインのデビュー当初~推敲はどこまでやればいいか

今では、翻訳志願者の中で「私は和訳しかできません」「和訳にしか興味ありません」とおっしゃる方にお会いすることも殆どありませんが、私がデビューした10年前にはまだ「和訳は日本人翻訳者、英訳は英語ネイティブの翻訳者」という常識が色濃く残っていました。そんな中で、私のデビュー当時は、業務の9割半が英訳、和訳はごくわずか、というバランスでした。決して私がネイティブ並みの高度な流麗な英語を書くことができていたから、というわけではありません。グローバル化の流れの中で、英語が真の世界共通語となり、①英語を読み書きする人が英語圏の国民に限られなくなったこと、②日本人の英語力が相対的に向上し、「英語を読む」は自力でできるけれど「英語を書く」はまだ苦手、という人が多いこと、③外注に出す翻訳案件は専門性が高いものが多いことを背景に、ある分野に詳しく、日本語原文を正確に解釈し、美麗でなくても正確に英訳できる日本人英訳者の需要が増えつつある時期だったのだと思います。

当時はとにかく馬車馬のように働きました。と言っても、人並み以上に案件をこなし、稼いでいたわけではなく、ただただ、締切りまではPCの前から去ることに恐怖に近い罪悪感を覚えていたのです。翻訳は、練ろうと思えばいくらでも練られます。調べようと思えばいくらでも調べることはあります。とにかく締切りまでの1分1秒、原稿や関連資料、あるいは自分の訳とにらめっこしていないと、「最善を尽くした」とは言えないのではないか、と思い込んでいたのです。そうすると、当然、最低限の睡眠は取るものの、部屋も食事も、生活という生活が荒れ放題。そして、締切りは次々とやってきて、それはもうお恥ずかしながら、人間失格と言われそうな生活状態でした。そんな生活が数カ月続き、「これは人間として何かおかしい」「こんな生活は長続きしない」と内心気づき始めた頃、ある2つの言葉に出会いました。

出会う、と言っても、1つは過去に読んだ本に書かれていた言葉をふと思い出したのです。原田宗典という作家のエッセイ本(すみませんっ。あまりにたくさんあってどの1冊だったかまでは覚えていません)で読んだ「ワープロは竹刀、万年筆は真剣」という内容のエピソードです。小説原稿を当初は(当然のことながら)ワープロで書いていたけれど、簡単に修正できるという前提があるために最初から全力で原稿に向かうことができていないと気づき、ワープロを捨てて万年筆と原稿用紙の伝統的なスタイルに変えたところ、作業効率と作品の質が上がった、というような大意だったと思います。それが竹刀と真剣に譬えられていたわけですが、私の訳文に対する姿勢もまったくもって竹刀だったと気づいたのです。後で修正すればいい、後で改善すればいい、と最初の訳出しが中途半端な、語弊のある言い方になりますが、多少いい加減なものになっていたのです。それでは見直しにどれだけ時間をかけても足りません。最初から100%を目指して真剣勝負するように心がけると、翻訳作業の効率が上がりました。

また、2つ目の言葉は、フリーになり、それとほぼ同時に図々しくもアイ・エス・エス・インスティテュートで翻訳講師を務めるようになって初めてセミナーのスピーカーを務めた時に、対談式のそのセミナーでご一緒した同校看板講師のN田先生の口から出たものです。「推敲による訳文の改善は、初出の20%が限度だ」というものです。推敲による訳文完成が絶対的レベルに到達するものではなく相対的なものであると知ったことは衝撃でした。そして、それまでの自分の短い翻訳者経験を振り返り、思い当たる節がありまくりでした。今では、生徒さんに「業務ではその時点での自分の実力以上は出せません」などと偉そうなことを言っていますが、デビュー当時の私はあれこれ永遠に近く訳文をいじることで実力以上が出せるのではないかとの妄想を抱いていたのです。

見直しでは元の2割以上改善することはできないとの認識のもと、最初から真剣勝負で臨む、を基本姿勢として、より質の高い翻訳時間を送るようにしています。

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