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気になる外資系企業の動向、通訳・翻訳業界の最新情報、これからの派遣のお仕事など、各業界のトレンドや旬の話題をお伝えします。

西山より子先生のコラム 『Baby Stepsではありますが』 上智大学外国語学部英語学科卒業。総合電機メーカーにて海外営業職を務めた後、経済産業省外郭団体の地球観測衛星運用チームにて、派遣社員として社内翻訳通訳に従事。翻訳会社でコーディネーター兼校閲者を経験した後、フリーランスとして独立。主に、国際協力、地球観測衛星、原子力発電、自動車など、産業技術系実務翻訳通訳を手がける。

第10回:翻訳通訳者の西山です

さて、今回は、翻訳からは少し離れてしまいますが、でも翻訳とは密接な関係を持つ通訳についてお話ししたいと思います。本コラム第4回において、現在通訳も手掛けている旨、翻訳と通訳には相乗効果がある旨をサラッとではありますが述べました。ここではもう少し詳しく、翻訳と通訳の違いと、両方を行うメリットについて書きたいと思います。

翻訳と通訳の決定的な違いは、言わずもがな、媒体が文字か、音かです。まず訳者へのインプットを考えると、文字は目の前から消えてしまうことはありませんので、知らない単語やわからない概念を(時間の許す限り)微に入り細に入り調べ、考え、筆者が何を言いたいのかを正確に読み取ろうとすることができるという利点があります。逆に言えば、得られる情報は文字のみ。文字という無機質なものから筆者の思想や感情を有機的に汲み取らなければなりません。一方、通訳では、インプットは一瞬で消えてしまうので、絶対に聞き逃してはいけないという集中力と聞いた音から意味を瞬時に捉える聴解力が求められます。一見不利(?)に見えますが、その分、表情や抑揚、間(ポーズ)といった音以外の要素が話者の意図を汲み取るのに大いに役立ちます。アウトプットについては、翻訳ではやはり文字による表現に限定されますので、細やかなニュアンスに至るまですべて「言葉で」表現し尽くさなければなりません。あれこれ表現を(時間の許す限り)練ることができる一方、文字は残るので、ちょっとしたミスも見逃されないという緊張感があります。通訳の場合、訳者に入ってきた情報は、また瞬時に相手方に伝えなければなりませんので瞬発力が求められます。同時通訳はもちろんのこと、逐次の場合も現場では3秒の沈黙すら長く感じられます。お客様そして聴者の時間を沈黙で浪費することはできませんので、話者の発言の後、間髪入れず通訳が流れるよう心掛けなければなりません。そして訳者の発言は、「耳で聞いてわかりやすい」情報伝達になっていることが求められます。

私は翻訳者としてスタートし、今でもどちらかと言えば翻訳の方がしっくりきます。生来瞬発力には欠ける方で、当初は、音声を聞いてから自分が最初の一文字を口にするまでに30秒くらい沈黙して、聞いた内容を頭で整理→適切な構文を考える→(特にアウトプットが英語の場合)文法的誤りがないように慎重に文を始める、という作業をしていました。この「聞いたら溜める」癖を脱却するべく、一時期、とにかく「聞いたらすかさず出す」ことを意識して通訳の勉強に臨みました。当然、その分さらに英文が乱れたり、情報が落ちたり、という不具合が出てくるものの、語学力向上努力の継続とノートテイキングの工夫などによって徐々に良い訳文が話せるようになることを信じて、とにかくその時期はスピードを重視しました。すると、当然と言えば当然なのですが、翻訳業務がスピーディにこなせるようになったのです。本コラムの第8回でお伝えした翻訳の生産性アップの秘訣(?)と同様、通訳訓練が翻訳作業のスピードアップにも大きく寄与しました。いずれも肝となるのは「本番では実力以上は出せない」という開き直りのような気がします。であれば、普段からその実力を底上げする努力をしていくしかない、という自省と覚悟につながります。

他言語では翻訳通訳両方を手掛けるプロは珍しくない・・・というか、皆さん当然のようになさっているようですが、英語については翻訳者と通訳者はほぼ分化しています。ですが、この両方を生業とするメリットは大いにあります。1つには、翻訳業務で綿密に調べた専門知識や緻密に練り上げた表現が通訳現場で役立ち、一方、百聞は一見にしかずと言うように、通訳現場で見聞きした体験が、翻訳業務において文字情報から立体的な世界を想像する際に役に立つという「内容」面での相乗効果があります。第二に、日本語ですら文法的誤りを完全に排除して話すことのできない私にとっては、書き言葉で常に「正しい英語」「正しい日本語」を意識することが通訳場面において「パフォーマンス」の向上又は最低限の維持につながっています。第三に、リーマンショック直後や東日本大震災直後には、日本への出張者が激減し、通訳業界は冷え込みましたが、その間も翻訳で食いつないでいくことができるという経済的なリスクヘッジになります。最後に、私の場合は、あらゆる分野を過不足なくこなすタイプの翻通者ではなく、特定の分野に特化し、知識で実力を補いながら辛うじて生き残っているような翻通者なので、得意先から突然の通訳依頼が入った際にも翻訳のために確保しているスケジュールをやりくりしてお引き受けするということができます。通訳案件が重なってしまうことも、翻訳の締め切りにどうしても間に合わなそうだからお断りしなければならないことももちろんありますが、全日程通訳の予定で埋まってしまっているよりは自由度が高いです。このように、顧客対応という点でもメリットを感じています。

もし、翻通の違いや相乗効果についてもっと詳しく聞いてみたい!という方がいらっしゃったら、11月29日(火)のJTF翻訳祭にてこのテーマで話をすることになっておりますので、是非ご参加くださいませ!

JTF翻訳際のご案内
https://www.jtf.jp/festival/festival_program.do

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