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石黒弓美子先生のコラム 会議通訳・NHK放送通訳者
USC(南カリフォルニア大学)米語音声学特別講座終了。UCLA(カリフォルニア大学ロサンジェルス校)言語学科卒業。ISS同時通訳コース卒業。國學院大學修士号取得(宗教学)。NHK-Gmedia国際研修室講師・コーディネーター。東京外国語大学等で非常勤講師。発音矯正にも力を入れつつ通訳者の養成に携わる。共著:『放送通訳の世界』(アルク)、『改訂新版通訳教本 英語通訳への道』(大修館書店)、『英語リスニング・クリニック』『最強の英語リスニング・ドリル』『英語スピーキング・クリニック』(以上 研究社)など。

第4回:“Inaudible”??? 「聞取り不可能」

3月14日から18日まで、仙台で国連防災世界会議が行われ、国連主催の本体会議の他、さまざまな組織により数々の関連会議が行われました。通訳者も、国連が動員した公用語の通訳者の他、日本国内からも英語、フランス語、ロシア語など、本体会議だけでもざっと数えて50人ほどが動員されていたと思います。

通訳者は、毎日、割り当てられたセッションの会場から会場へとあわただしく渡り歩きました。私は、セッションごとに読み上げ原稿が手に入らないかと躍起になりましたが、うまくいって開会数分前に原稿などが届く場合もあるという毎日でした。会議の2日目、各国代表が5分ずつのスピーチをつぎつぎと読み上げるofficial statementのセッションに少し早めに行くと、隣のブースにはすでに国連お雇いのベテラン英・仏・スペイン語の通訳者が2人入っていました。「こんにちは、日本語の通訳です」と挨拶し、何か原稿はきていますかと聞くと、まだだという話。「そのうち来るものは来るから、We do what we can with what we have!」と落ち着いたものです。「なるほど、うまいことを言うなあ」と感心してしまいました。そう、私たち通訳者も人間です。「原稿が与えられれば、それで、与えられなければ、それなしで、できることをすべく最善を尽くす」より他ありません。

防災会議では、防災弱者those who are vulnerable to disastersへの支援も重要な課題として取り上げられました。子供やお年寄り、障害のある人にもやさしい防災戦略の策定が各国に求められました。そうした視点から、会議では障害者団体の代表も演説を行いました。また、その人たちがきちんと議論に参加できるよう手話通訳の他、英語の発言を猛スピードで文字に直していくtranscriberも入っていました。英語のスピーチや通訳とほぼ同じスピードで、どんどんと画面に文字が打ち出されていきます。最近では様々な会議でこうしたサービスが行われるようになっていますが、通訳者としては自分の英語訳が画面上に出てくるのを見るのは、何か面映ゆく、また、かなり緊張します。

14日夜に行われた歓迎レセプションの時でした。昼間の会議で日本代表が英語でスピーチを行った時の事について、ある方が怪訝そうにこうおっしゃいました。「○○さんのスピーチの時に、何回も”inaudible”と出るんだよね。○○さんの英語はうまかったと思うんだけどねえ」と。transcriberが英語を聞取れない時に、inaudible<聞きとり不可能>と打ち出すのですが、なぜあの英語が聞取れないのかと不思議そうでした。

その晩、その○○さんが英語でご挨拶をなさった時に、謎が解けました。発音とイントネーションが日本語を母語とするスピーカーに特有のものでした。英語は世界語と言われ、さまざまな発音、イントネーションで話されますから、日本人も必ずしもネイティブの様な発音で英語を話す必要はないと思いますが、ちょっとした気づきと練習で、聞き手にとってわかりやすい英語になるとしたら、それは、コミュニケーション改善の役に立つでしょう。それには、前回と前々回とりあげた母音の構造、弱音化やリエゾンの規則を体得すると同時に、イントネーションの改善が大事です。まずは以下の点に注意します。

1. 文中では新しい情報が強調される:名詞、動詞、形容詞・副詞、そして最後に機能語(助動詞や冠詞などそれ自体では意味を持たない語)の順に強勢が入ります。例えば以下の文は、基本的なイントネーションの4パタンを示しています。大文字Boldの音節に強勢を入れます。右のLA(強く)、la(弱く短く発音)を参考にしてください。
 ① JOHN loves MARY. LA la LA (新情報の名詞、JohnとMaryに強勢)
 ② JOHN loves her.  LA la la  (herは代名詞で古い情報。Johnに強勢)
 ③ He loves MARY.  la la LA  (heは古い情報。Maryに強勢)
 ④ He LOVES her. la LA la (heもherも古い情報。動詞に強勢)
形容詞や副詞が入っても、
 ⑤ He bought a new HOUse. (形容詞より名詞が優先で強勢を受ける)
 ⑥ He calmly SPOKE to her. (副詞より動詞が優先して強勢を受ける)
もちろん特に強調したい場合は、形容詞や副詞、機能語にも強勢が入る場合があります。
 ⑦ He bought a GREEN house, not a PINK house.
 ⑧ I said sit AT the table, not ON the table.

2. 文は、意味の塊毎に区切り、各区切りでその中の新情報にストレスを入れ、他の語は、リエゾンして弱く発音する:例えば次のパラグラフは、/で区切りながら、Boldで示した語の音節を強く、他は弱く短くリエゾンさせて読むと自然な英語のリズムになります。
HEllo! / MY name is JOHN. / I’m from LONdon./ I live in a small aPARTment / on the west side of the CIty. / I use a BUS /to commute to my Office/every DAY. / YESterday, / I met a pretty GIRL /on the BUS. / She said she was from TOkyo./ She spoke good ENGlish. / Maybe/ I will ask her OUT /next time I SEE her,/ if I see her aGAIn./

3. 文頭に新情報が来る事が多いので文頭が高く発音される日本語のイントネーションをそのまま英語の文に使わないよう注意する:例えば、「が降っています」では、「雨」が高く発音され、だんだんとピッチが下がりますが、It’s raining.だとどうでしょうか。日本語と同じく、IT’S raining./LA la laと発音していませんか。それだと、He LOVES her.を HE loves HER.と発音した時と同じように奇妙です。文頭の[i]は、ごくごく短く弱く、ほぼ落として、ts RAIningと発音すると自然です。
最後に弱音化とリエゾン、イントネーションのクイズを一つ。声に出して何回も発音してみましょう。大文字を強く発音します。それぞれ、答えは右のうちのどれでしょう。
a) aidntBAY it. ( ) ①私は買っていません(貴方はかったかもしれませんが)。
b) AIdntbai it. ( ) ②買いませんでした(ニュートラル)。
c) aiDNTbai it. ( )  ③買ったのではありません(もらったのですなど)。
a)は②、b)は①、c)は③です。冒頭“inaudible”の発音は、「イノーダブー」に近く「インオーディブル」では、“inaudible”と判定されそうです。言語音に関する意識変革が必要です。

第18回:大切にしたいことばの力・言語コミュニケーション– Power of words

第17回:遺伝子と文化 Genes and Culture

第16回:聞く人の身になって-「日本人はあらゆるものに神を見る」 We see gods in everything..... with a small letter “g” –

第15回:「読める漢字」 vs 「書ける漢字」 How many Kanji characters can you read? And how many can you write?

第14回:つきない勉強 The more you learn, the more you realized you have more to learn.

第13回:七転び八起き ~Difficult child 難しい子!? 多様性の一つ?~

第12回:「女性が輝く社会 A Society where women shine??」――課題は多いけれど

第11回:「どんなお気持ちでしたか?」 ~How did you feel? What did you think? しか出てこないもどかしさ。

第10回:もう一つの通訳 -本物の「包摂性」とは何か? How much do we really know about inclusiveness?

第9回:英日通訳「言葉に引っかからずに意味を取る」とは

第8回:DLS Dynamic Listening and Speaking 日英通訳力強化のために

第7回:Quick Response Exerciseとlexical approachの勧め ~自動的で速やかな英語のアウトプットのために、単語ではなく句や文でアウトプット~

第6回:順送りの情報処理 Slash reading

第5回:Listening comprehension 本当のところ、どこまで聞取れていますか

第4回:“Inaudible”??? 「聞取り不可能」

第3回:「I started to walk in electronics in 2006???」 母音再確認の勧め

第2回:Who is “’TAni-sensei”? 英語の聞き取りと発音

第1回:背中を押し続けてくれた「継続は力なり!」

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