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石黒弓美子先生のコラム 会議通訳・NHK放送通訳者
USC(南カリフォルニア大学)米語音声学特別講座終了。UCLA(カリフォルニア大学ロサンジェルス校)言語学科卒業。ISS同時通訳コース卒業。國學院大學修士号取得(宗教学)。NHK-Gmedia国際研修室講師・コーディネーター。東京外国語大学等で非常勤講師。発音矯正にも力を入れつつ通訳者の養成に携わる。共著:『放送通訳の世界』(アルク)、『改訂新版通訳教本 英語通訳への道』(大修館書店)、『英語リスニング・クリニック』『最強の英語リスニング・ドリル』『英語スピーキング・クリニック』(以上 研究社)など。

第9回:英日通訳「言葉に引っかからずに意味を取る」とは

通訳の訓練を受け始めたころ、先生に口を酸っぱくして「言葉に引っかからずに意味を取って!」と注意されました。しかし、なかなかこの注意の意味が分かりません。最初は変だなと思いもせずに変な日本語訳を出していましたし、その後は、変だなあと思いながらも、相変わらず変な日本語訳しか出すことができない日々に悩みました。今は、私が良くこの言葉を通訳の授業で口にしています。そこで、今回は「言葉に引っかからずに意味を取る」とはどういうことなのかを探ってみたいと思います。

マイケル・サンデルさんと言えば、ハーバード大学の政治哲学者で、日本でもその白熱講義ぶりは有名です。『日本で「正義」の話をしよう』などの著書を読んだ方もいるでしょう。YouTubeでも先生の講義を聞くことができます。今日はそのうちの一つ、「お金や市場の役割」に関する講義の冒頭を逐次通訳してみましょう。通訳学校等で教材として使用してみたものです。YouTubeで音を聞いてメモをとりながら、逐次通訳をしてみてください。以下のサイトで聞くことができます。

https://www.ted.com/talks/michael_sandel_why_we_shouldn_t_trust_markets_with_our_civic_life?language=en

Here's a question we need to rethink together: // What should be the role of money and markets/ in our societies?// Today, /there are very few things that money can't buy.// If you're sentenced to a jail term in Santa Barbara, California, /you should know /that if you don't like the standard accommodations, /you can buy a prison cell upgrade.// If you go to an amusement park /and don't want to stand in the long lines for the popular rides,/ there is now a solution.// In many theme parks,/ you can pay extra/ to jump to the head of the line.//

スラッシュを入れたあたりで、出て来た順に句の意味をつかみながら、全体の意味を取っていかなくてはなりませんが、多くの受講生が最初に引っかかった言葉が、”question”でした。「質問」という意味しか頭に浮かばない人がほとんどです。その次に引っかかったのが、”rethink together”。「re-だから、『また、再び』だ。thinkは考える。『再び考える』?」といった具合に受講生の思考は進んでいったようです。最初の文については、以下のような通訳が少なくありませんでした。日本語としての不自然さや、文の前半と後半とでは意味が分断されていておかしいということにも気づいていません。

「私たちが一緒に再び考える必要がある質問があります;我々の社会においてお金と市場の役割は何でしょうか。」

演者は中学生や高校生ではありません。ハーバード大学の政治哲学者です。ここでのquestionは、大げさかもしれませんが、「生きる上で考えるべき問い」とでも言うべき意味ではないかとの想像は容易につかなければなりません。Question=「質問」という訳語に引っかかってはなりません。そして、re-thinkについても、語の形に引っかかると、せいぜい「再び考える」や「考え直す」「もう一度考える」等の訳語しか思い浮かびません。さらに、need to do~も、「~する必要がある」という訳語になってしまします。しかし、例えば、We need to go there to get it.と言ったら、「それを手に入れるにはそこへ行く必要がある」とも訳せますが、むしろ「そこへ行かなくてはそれは手に入らない」という意味ではないでしょうか。英語と日本語の表現形態には、往々にしてこうした違いがあることに注意して、言葉や句の形に引っかからないようにして、原発言の意味を取ります。もう一つ先の文はどんな訳になったでしょうか。「今日、お金で買えないものはごくわずかです」でしょうか。「お金で買えないものはほとんどない」と訳出できたでしょうか。

ここまでの考察で、「言葉に引っかからずに意味を取る」とはどういうことか、少しわかっていただけたでしょうか。ではこの冒頭のパラグラフはどんな訳ができるでしょう。以下のような通訳はどうでしょう。まず、「それは」や「例えば」など、英語では表現されていないけれど込められている意味が、日本語では言葉として明示されていること、What が how のように訳されていることに注目してください。また、if や be sentenced to a jail term(懲役刑に処せられた)、you should know, standard accommodation, buy a prison cell upgrade, pay extra money, new solution の訳にも注意してみてください。加えて、「お金市場の役割」と言った時と「お金市場の役割」と言った場合の日本語の微妙なニュアンスの違いにも気付いてほしいところです。

「皆さんに一つの問いを投げかけたいと思います。私たちみんなで改めて考えるべき問いです。それは、お金市場は社会でどのような役割を果たすべきものなのかという問いです。今日では、お金で買えないものはほとんどありません。例えば仮に皆さんがカリフォルニアのサンタバーバラにある刑務所に入れられたとしましょう。その場合も、普通の部屋が気に入らなければ、実は、お金を出せば部屋のアップグレードをしてもらえると知っておくと良いですよ。遊園地だってそうですよ。人気の乗り物に乗るのに長い列には並びたくないというのなら、今では、抜け道があるんですよ。色々な遊園地で、実際のところ、余分に料金を出せば、列の先頭に出ることができるのです。」

もちろん、これが唯一の正しい通訳ではありません。しかし原発言のニュアンスは、日本語にするとこんなニュアンスだという点を感じ取っていただければと思います。同じ要領で、自分の日本語を意識しながら、この先の部分も通訳してみてください。

先に紹介したAnn CookさんAmerican Accent Training, 3rd editionの中(p9)で発音改善の4段階についてこう述べています。第1段階は、Unconscious incompetence「無意識的無能力」 (you don’t know you’re making mistakes.)、第2段階は Conscious incompetence「意識的無能力」 (you’re aware, but you don’t know how to fix them)、第3段階は Conscious competence「意識的能力」(when you focus really hard, you’re actually pretty good)、そして最後の第4段階が Unconscious competence「無意識的能力」 (you’ve internalized the concepts, and it’s second nature) です。これは、英日通訳について言えば、1.「変な通訳を出しているけど、それに気づいていない」、2.「何か変だなと思うけれども、うまい訳が思い浮かばない」、3.「注意すれば、良い訳が出せる」、そして、4.「概念を内在化し(言葉にとらわれないとはどういうことかを体得し)、無意識のうちに適切な表現ができる」ということになるでしょう。私たちは通訳をするということになると、なぜか、普段自分の言葉として日本語を使う場合は、「そんな言い方はしないでしょ」という日本語の使い方をしてしまう場合が少なくありません。そのことを一度意識した上で、第4段階まで進み、聞きやすくわかりやすい日本語への通訳が自然にできるようになりたいものです。

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第11回:「どんなお気持ちでしたか?」 ~How did you feel? What did you think? しか出てこないもどかしさ。

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第9回:英日通訳「言葉に引っかからずに意味を取る」とは

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