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プロ通訳者・翻訳者コラム
気になる外資系企業の動向、通訳・翻訳業界の最新情報、これからの派遣のお仕事など、各業界のトレンドや旬の話題をお伝えします。
石黒弓美子先生のコラム
会議通訳・NHK放送通訳者
USC(南カリフォルニア大学)米語音声学特別講座終了。UCLA(カリフォルニア大学ロサンジェルス校)言語学科卒業。ISS同時通訳コース卒業。國學院大學修士号取得(宗教学)。NHK-Gmedia国際研修室講師・コーディネーター。東京外国語大学等で非常勤講師。発音矯正にも力を入れつつ通訳者の養成に携わる。共著:『放送通訳の世界』(アルク)、『改訂新版通訳教本 英語通訳への道』(大修館書店)、『英語リスニング・クリニック』『最強の英語リスニング・ドリル』『英語スピーキング・クリニック』(以上 研究社)など。
第12回:「女性が輝く社会 A Society where women shine??」――課題は多いけれど
「夫は、子どもに母乳をやる以外のことは何でもできます」と、30代半ばで、3歳半と1歳の子どもを持ち、外資系の金融会社で働くママのことばを聞いて、集まっていた他の、特に若い女性たちが、羨望のまなざしで「わー、すごい!」と声を上げました。この夫婦の家でのカジュアルなパーティでのことでした。夫なる人も外資系の金融会社で働いています。彼女は、朝6時半出勤なので、夫が二人の子どもを起こして着替えさせ、朝ごはんを食べさせて、自転車で保育園に送っていき、帰りはママが子どもたちをピックアップして帰ると言います。
その夫という人も、見ていると特に気負いもなく、二人の子どもの相手をしたり、キッチンで忙しく立ち働いている彼女の傍らで、使い終わった鍋などを洗ったりしながら、ゲストとおしゃべりもしています。そのうち、おなかをすかせて泣きじゃくり始めた下の子に、ママが用意した食事を、パパが食べさせ始めました。集まった大人は、気軽にシャンペンなどのみながら、夫婦と子どもたちの様子をちらちらと観察しています。
おなかがいっぱいになった1歳児は、ようやく満足した様子ですが、ややしばらくすると、「うーん!」と力んでいます。うんちの匂いがしてきました。「お風呂に入ろう!」と、パパが、やおら立ち上がって、その子を抱き上げ、洗面所へ。それから、間もなく、赤ちゃんは、さっぱりとご満悦の顔で戻ってきました。すべてがごく当然のことという風です。
聞くと、パパのママもおばあちゃんもworking motherだったとか。ママの代わりにおばあちゃんの世話になったことも多いらしく、おばあちゃんには「これからの男性はね、何でも女性にやってもらおうっていうわけにはいかないわよ。何でも自分でできるようになっておきなさい」と、ワイシャツのアイロンのかけ方まで教えられたそうです。
ところ変わって、先日、日本と中東の女性たちを集めて行われたある会議でのことです。Companies should set up on-site daycare centers for children of their workers with security cameras so that working mothers can watch their children while they are on the job.(企業は社内託児所を設け、そこに監視カメラを設置し、母親が会社で働いている間にも、子どもの様子が見えるようにすべきである)との提言が出てきました。かなり具体的な提言で、特に後半部分には、そこまで必要かしらと疑問も覚えました。しかし、集まった女性たちは真剣です。積極的に議論し、1)女性自身が自信を持って社会参加すべきであり、2)企業は、女性が働きやすい環境作りに力を尽くし、3)政府は、女性のみならず男性を含めたすべての人が働きやすい社会をつくるための施策を実施すべきである、といったような提言がまとめられました。
同時に参加者は、男性中心の資源開発や建設業界の大手で、女性の登用を進めている企業を訪問しました。それらの企業では、弁護士の資格を持つ女性が法務部を率い、女性が役員会にも名を連ね、海外の建設現場では初めての女性プロジェクトリーダーが活躍しているという事例も紹介されました。
最近は、こうした女性会議が花盛りです。安倍総理が「女性が輝く社会」づくりを提唱したのが、一つの起爆剤にもなっているようで、政府肝いりの会議、「女性が輝く社会に向けた国際シンポジュウム」(World Assembly for Women: WAW 2015!)も、昨年のWAW 2014!に引き続いての開催が報告されています。
一方、数日前のNHKでは、マタハラ(harassment against working mothers)が「ニュース深読み」で取り上げられていました。「マタハラ」は「マタニティー・ハラスメント」の略のようですが、英語ではそのまま” maternity harassment”いうと奇妙だと思います。”power harassment”は、上司など「力のある者がその力を悪用して嫌がらせをすること」として通じますが、“maternity”(妊娠や母性)が嫌がらせをするわけではありませんから、「マタハラ」は、“harassment against pregnant women”とでもなるでしょうか。ただ、「マタハラ」は、妊娠中の女性だけでなく、子育て中の女性に対する嫌がらせも含むということですから、上記のような英語表現などが良いでしょう。
もっとも”manga”や”cospure”や”onsen”のように、英語の語彙として定着した日本語は少なくありませんから、” matahara”もそのうち英語に定着するかもしれません。もちろんこの言葉に関してはそんなことにはなってほしくありませんけれども。いずれにしろ、少子化が進む日本では、女性の活用が喫緊の課題であることを示していると言えるでしょう。すなわち、女性の問題は、女性だけの問題なのではなく、社会全体の問題なのです。
しかし、そうした会議の通訳をしていて気になるのは、男性の少なさです。多くの他の会議では、会場が男性のダークスーツで真っ黒になることが多いのに、女性会議では、逆に男性の参加者がごくわずかなのです。せっかくの女性の声は、男性に聞いてもらわなければ意味がないんじゃない??などとブースの中で思ってしまいます。
またそうした会議では、理系女子を増やそうという議論はよくありますが、男の子と男性の家庭教育についての視点が欠けていることも気になります。すでに成人した男性は、手厚い母親の世話を受けて来たという人が少なくなさそうです。「男女平等」が頭ではわかっていても、体が動かない人が少なくないのではないでしょうか。もちろん、国の施策も企業の対応も、女性会議も大切です。もっと理系女子を育てることも大切ですが、もう一つ忘れてはならないのが、女性と母親による夫と子供の教育ではないかと思います。先の女性会議の休み時間に、参加した女性たちと話をすると、掃除や洗濯を手伝ってくれた夫に、「たたみ方が違う」などと、つい言ってしまうとか、「自分でやった方が速い」という声が少なくありませんでした。しかし、女性が上手に夫や息子に家事をやってもらう手腕と忍耐力を持たなければ、女性の負担はなかなか減らないのではないでしょうか。
冒頭で紹介した若いパパのおばあちゃんは、忍耐強く、先見の明があったに違いありません。長い目でみて、私たち女性には、自分のためにも夫のためにも、そして子どもたちの未来のためにも「手を出さない」という忍耐と知恵を働かせることが喫緊の課題とも言えそうです。It takes time, but we have to do it!
ちなみに、この若きパパのおばあちゃんは、私の母でした。
第18回:大切にしたいことばの力・言語コミュニケーション– Power of words
第16回:聞く人の身になって-「日本人はあらゆるものに神を見る」 We see gods in everything..... with a small letter “g” –
第15回:「読める漢字」 vs 「書ける漢字」 How many Kanji characters can you read? And how many can you write?
第14回:つきない勉強 The more you learn, the more you realized you have more to learn.
第13回:七転び八起き ~Difficult child 難しい子!? 多様性の一つ?~
第12回:「女性が輝く社会 A Society where women shine??」――課題は多いけれど
第11回:「どんなお気持ちでしたか?」 ~How did you feel? What did you think? しか出てこないもどかしさ。
第10回:もう一つの通訳 -本物の「包摂性」とは何か? How much do we really know about inclusiveness?
第8回:DLS Dynamic Listening and Speaking 日英通訳力強化のために
第7回:Quick Response Exerciseとlexical approachの勧め ~自動的で速やかな英語のアウトプットのために、単語ではなく句や文でアウトプット~
第5回:Listening comprehension 本当のところ、どこまで聞取れていますか
第3回:「I started to walk in electronics in 2006???」 母音再確認の勧め
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