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プロ通訳者・翻訳者コラム
気になる外資系企業の動向、通訳・翻訳業界の最新情報、これからの派遣のお仕事など、各業界のトレンドや旬の話題をお伝えします。
成田あゆみ先生のコラム 『実務翻訳のあれこれ』 1970年東京生まれ。英日翻訳者、英語講師。5~9歳までブルガリア在住。一橋大大学院中退後、アイ・エス・エス通訳研修センター(現アイ・エス・エス・インスティテュート)翻訳コース本科、社内翻訳者を経て、現在はフリーランス翻訳者。英日実務翻訳、特に研修マニュアル、PR関係、契約書、論文、プレスリリース等を主な分野とする。また、アイ・エス・エス・インスティテュートおよび大学受験予備校で講師を務める。
第13回:むかし女子学生だった者より
あけましておめでとうございます。おかげさまで本連載も1周年を迎えました。
2年目となりました本年は長くなりすぎないように(笑)、実務翻訳にまつわるいろいろなことを書いていきたいと思います。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
☆ ☆ ☆
先日の授業後、ひとり遅めのランチをかきこんでいたら、目の前に近くの大学の学生とおぼしき女子大生2名がやってきました。
この2人、語彙が豊富で話の展開が速く、いかにも才気煥発で、さすがだな~と思いながら、聞くともなくその話に耳を傾けていました。
2人は大学3年生らしく、話題はだんだん就職活動の話に。どこのセミナーに行った、どこにエントリーしたといった話になった末、話は意外な方向へ・・・
「でもさあ、本当はあたし、そんなにバリバリ働く気はないんだよね~」
「わかるよ~。毎日家に帰ったらごはん食べて寝るだけみたいな生活はいやだよね~」
「ちょうどよく働くってことはできないのかね~」
「ちょうどよく働きたい」。しごく正論です。
でも今のご時世、最も難しいことの一つかもしれません。
我が身を振り返って考えても、仕事量の調節というのは永遠の課題です。
と思ったら、今度は話が某最高学府との合コンに移り・・・
「◎大だったらさあ、就職とかもチョー安泰じゃない? これだよこれ!!って思ったよ。
就活より婚活でしょ。もう超プッシュしちゃったよ」
「そうだよー!! 一生働かないで暮らせるじゃん」
そう来ますか。
そんなに頭の回転が速いお嬢さん方なら、一生働かないで暮らすのは退屈で仕方がないことでしょう……
と考えるうちに、話はさらに続きます。
「私も専業主婦になりたいよ。専業主婦いいよね」
「でもさ、それってやっぱり動機が後ろ向きだよね?」
「そりゃ後ろ向きだよ、だって社会の荒波にもまれるのは全部夫に任せるって魂胆だもん」
「やっぱ、夫を社会からの盾にするのはよくないよね。でも専業主婦いいよね~」
「いやな上司に怒られることもないしさ、えらそうな客に頭を下げる必要もないし」
こんな鋭い視点を持ったお嬢さんたちにとっては、社会の荒波のほうが楽だろうに……
公園デビュー、ママ友10人とランチ、習い事の送り迎え、などの方がはるかに大変だと思います。
「私はさあ、さっさと子供2人とか生んで、子育てしたいんだよね~」
「わかるわかる、そんで子供の手が離れたら、ちょろっと翻訳とかして小遣い稼ぎ、みたいな」
ちょっと待った!!
ここにもまた、翻訳業を片手間でできる仕事と勘違いしている人たちが・・・!!
私は立ち上がって「そこのお嬢さん方!! その発言は聞き捨てならぬ!!」
とはもちろん言いませんでしたが、思わず椅子からずり落ちそうになった発言でした。
☆ ☆ ☆
前にも書きましたが、翻訳業は知的でおしゃれなアルバイトではなく、職人技に属するものです。
職人技であるがゆえに、一人前になるためには、毎日訳して10年程度かかります。
最初の10年間は「使ってもらえるだけでありがたい、怒ってもらえるのはもっとありがたい」が基本スタンスです。
とにかく場数を増やすこと、叱られることをいとわず、修羅場をたくさんくぐることが不可欠です。
私も、20代後半の駆け出し時代は、いつもいっぱいいっぱいでした。
分量を読み違え、送信ボタンを押したとたんに熱が出て倒れる、といった修羅場も多々ありました。
現在は熱こそ出しませんが、「失敗したら次はない」という緊張感がなくなることは決してありません。
怒られたことも数知れません。
朦朧として「ライセンサー」(ライセンスを与える側)と「ライセンシー」(ライセンスを与えてもらう側)をところどころごっちゃにして訳してしまい、
「これは本当にプロの訳なのか!!」と電話口でどなられたこともあります。
今でもトライアルには競り負けることもありますし、クレームが来ることもありますし、原形をとどめないほど直されることもあります。
そのたびに落ち込んでいたら身が持たないので先に行きますが、ホント盾がほしい(笑)。
社会の荒波にもまれっぱなしです。
☆ ☆ ☆
そんなにつらい思いまでして、なぜ仕事を続けるのか?
あえて言えば、それは「仕事は楽しい」からです。
仕事で訳すのは、最高に楽しいことです。
「楽しい」というのは、少し語弊があるかもしれません。
もう少し具体的に言うと「すがすがしく心満たされる気分」でしょうか。
時間を読み違えて今度の修羅場は超えられないかもと思っても、訳ミスでクレームがついても、締切前に子供が熱を出しても、仕事を減らそうとは思いますが、仕事そのものをやめようと思ったことはありません。
それは、自分の足で立つのはすがすがしいから。
それに、人の役に立つことは、たとえ小さいことでも、最高に心満たされるからです。
どんな仕事でもそうだと思いますが、翻訳業も「役に立つ感」が原動力です。
実務翻訳の場合、そもそも依頼者は、原文を読みたい(読ませたい)から翻訳を依頼している以上、必ず読者がいます。
読者のために訳すという感覚は、とても心満たされるものがあります。
また、翻訳は原文の一言一句に寄り添う非常に緻密な作業のため、書き手の気持ちが実によく分かる瞬間があります。
一度も会ったことのない、どこの誰とも分からない相手であるにも関わらず、なぜか目の前にいるかのようによく分かるのです。
「私は今、ほんの一瞬ですが、あなたの最大の理解者だと思います!
あなたがもし日本語を話せたら、今きっとこう言ってますよね」
という気持ちを胸に(こう書いてみるとおせっかいですが)言葉を考えていくのは、実に幸せな気分です。
もちろん仕事ですから、楽しいことばかりではないのは当たり前です。
でもそれを補って余りあるほどの「役に立つ感」が時々あるから、仕事を続けるのだと思います。
☆ ☆ ☆
いま、老婆心ながら心配しているのは、マイナスの報道が多すぎるせいか、若い世代が(若くない世代も)就職を「仕方ないこと」と捉えているらしいことです。
でも本来、仕事は楽しいことだと思います。
誰かの役に立つのは自分の心が満たされることだし、社会の荒波にもまれるのは、実はスリリングで楽しいことなのです。
一方、お嬢さん方の言う通り、翻訳業に対しては「楽にちょこっと稼げるおいしい仕事」という見方が常に存在します。
事実無根としか言いようがないのですが・・・
バブル時代、私は大学生でした。その頃の基本用語(?)のひとつに「おいしいバイト」というのがありました。
「おいしい」とは、全力投球は決してすることなく、申し訳程度に働いて、こんなにもらっていいの? という高収入を得ることです。
「おいしいバイト」にありつけると、何か自分が要領良く立ち回ったような、妙に浮き足立った気分になったものです。
でも、その時の経験から思うに、
「おいしい」を追求するのは数回のバイト程度ならいいかもしれませんが、仕事人生全体となるとやがて空しくなる気がします。
何ごとも全力投球の方が楽しいのではないでしょうか?
また「おいしい」という価値観は、若さと結びついている気がします。
おいしさばかり追求すると、「年を取る=自分の周りからおいしい話がなくなっていくこと」となり、年を取るのが不愉快になるのではないでしょうか?
翻訳業に伴う「自分の足で立っている感覚」は「おいしさ」とは対極にあります。
実力通りの評価しか受けられません。
だからこそ、これから年を取って経験を増すにつれ、自分がどんな訳ができるようになるのか、とても楽しみです。
才気煥発なお嬢さん方には、
「おいしいポジションを追い求めるより、自分の本気の力を出して働いたほうが、ずっと楽しいですよ」と伝えたいです。
これをお読みの皆様方にも、また私にも(笑)、いい仕事の縁がある2010年になることを念じつつ。お互い、役に立つ感のある仕事ができますように!!
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