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プロ通訳者・翻訳者コラム
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成田あゆみ先生のコラム 『実務翻訳のあれこれ』 1970年東京生まれ。英日翻訳者、英語講師。5~9歳までブルガリア在住。一橋大大学院中退後、アイ・エス・エス通訳研修センター(現アイ・エス・エス・インスティテュート)翻訳コース本科、社内翻訳者を経て、現在はフリーランス翻訳者。英日実務翻訳、特に研修マニュアル、PR関係、契約書、論文、プレスリリース等を主な分野とする。また、アイ・エス・エス・インスティテュートおよび大学受験予備校で講師を務める。
第17回:初心者に(も)お勧め・英日翻訳の技法本3冊
今回は、英日翻訳の技法に関する本を3冊ご紹介します。
翻訳を行う際の思考のプロセスを、細かく具体的に紹介している本を選んでみました。
①『英文翻訳術』(安西徹雄、ちくま学芸文庫、1995)
英文翻訳の技法を網羅した本を何か一冊と言われれば、やはり同書をおいて他にはないでしょう。
名詞、代名詞、形容詞、時制、受動態、仮定法、話法、強調構文・・・などの文法項目の柱ごとに、受験和訳とは異なる英日翻訳ならではの表現方法を説明した本です。
本書の最大の特長は、その体系性とバランスにあります。
体系性とは、名詞・動詞・形容詞といった主な文法項目の柱のほとんどを扱っていることです。
翻訳の技法を説明した本はたくさんありますが、このように文法項目を体系的に扱ったものはなかなかありません。
いろんな意味でバランスがとれている点も、大きな特長です。
例えば著者は、シェイクスピアを研究する大学の先生なのですが、だからといって例文が文学作品に偏っているわけでなく、実務翻訳にも十分応用できる内容です。
また、翻訳の技法を説明しようとすると、話が異常に細かくなりがちなのですが、そうなる一歩手前で説明を止めているため、さまざまに応用できる普遍性があります。
説明が偏執的でないのも、個人的には非常に好みです。
翻訳について説明した本のなかには、「あなたも翻訳家になれる☆」(この手の本は、たいていは著者との能力差を見せつけられて悲しくなる)、またはコメントが激辛だったり細かすぎたりして途中で挫折してしまう本が少なくありません。そんななか、本書はそのどちらにも偏らず、絶妙なバランスを保っています。
英日翻訳をすることになった人への「最初の一冊」として勧められる本です。
スクールで言うと、基礎科から本科に上がるくらいの時期に読むのが最も効果的です。
個人的には、特に仮定法の訳し方と名詞構文の処理に、とても感銘を受けたのを覚えています。
本書を読んだ基礎科や本科の受講生の感想で多いのが、
「こんなにうまく訳せません・・・」という嘆きです。
それは読み方を間違えています! と言いたいです。
著者の訳が読者の訳よりうまいのは当たり前です。
♯なぜなら、著者は例文の数倍もの長さの原文から例文を取り出してきているため、文脈をたっぷりと参考にできますが、読者にはそれができないからです。
文脈がなければ、文章にリズムをつけることができません。
例文だけしか読めない読者の訳が、著者の訳を超えられないのは、ある意味仕方のないことです。
本書の例文は、訳の完成度を競うためのものではありません。
著者がその節で説明している「処理の仕方」を自分のものにできたか、それを確認するためのものです。
そうでないとどんどん落ち込みます(笑)。それは著者の本意ではないでしょう。♭
なお、本書は『翻訳英文法』(1982)を文庫化したものです。
出版されてからすでに四半世紀が経過していますが、訳文も古さを感じさせませんし、指摘しているポイントに至ってはますます普遍性を感じさせます。
②『日本人なら必ず誤訳する英文』(越前敏弥、ディスカバー叢書、2009)
昨年、翻訳技法業界(?!)に彗星のごとく登場した、新たな定番書。
①の長所が網羅性なら、こちらの長所は盲点を中心に集めている点にあります。
基本から難構文へとステップアップしていく方式で、特に最後のほうはかなり難しいです。
この本は、はっきり言ってタイトルのつけ方を間違っています(笑)。
英語オタクを挑発するようなタイトルですが、中身に挑発的なところはまったくなく、むしろ謙虚な正統派です。
著者が某翻訳スクールで教える中で蓄積した、多くの生徒が誤読してしまう例文がまとめられています。
本書は、日本語の処理方法についての本ではなく、あくまでも英文解釈の本です。
ですが、著者がいま脂ののっている翻訳家であるため、訳例が①に劣らずとってもきれいです。
著者は日本語の表現方法には全く言及していないのですが、期せずして表現も学べてしまいます。
この本を読んだ生徒さんからも「こんなにうまく訳せない」という嘆きが多く聞かれます。
しかし、著者の訳が読者の訳よりうまいのは当たり前です(以下、♯~♭と同文)
個人的には、並列関係の特定、省略内容の復元、そして指示語の内容特定に関する思考のプロセスの説明に感銘を受けました。
こうしたことを明快に文字で説明してくれたものは、最近の本では見たことがありません。
①と②を足すと、英日翻訳の基本的な技法がほぼ完全に網羅されると言っていいかもしれません。
また、①と②で同じ項目を扱っているものもあり、同じことを別の言い方で語っているのを読み比べるのも楽しいです。
本書は、アイ・エス・エス・インスティテュートで言うと、翻訳コース基礎科以上で読むのが適しています。
「文法を強化しなさい」と言われたけど英文法を全然知らないわけでないし、何をすればよいか分からない・・・という人にぴったりの本です。
また、本書に登場する勉強方法のインタビューをまとめたライターの方は、私も取材を受けたことがありますが、この方がまたすごい。
ライターの鑑と言いますか、ものを書く人の鑑と言いますか…
授業の取材では教室内の誰よりも一心不乱にノートを取り続け、圧倒的な集中力でこちらの話に聞き入ります。
そして、出来上がった文章は(これがまた速い)、そんな猛然とした様子をまったく感じさせない、絶妙なバランス感覚があるのです。
インタビュアーの名前を見て、深く納得しました。
③『翻訳夜話』(村上春樹・柴田元幸、文春新書、2000)
本書は、翻訳の技法というよりも、翻訳者の視点というか、原文に対する姿勢について語った本です。
対談者は、言わずと知れた、現代日本を代表する翻訳家2名。
そこに、大学生、翻訳学校の生徒、若手翻訳者が質問者として加わって話が進みます。
個人的には本書は、翻訳の道に入ろうとする人にとって踏み絵(?!)のような本だと思っています。
この本を読んで「この人たちはなんでこんなに細かいことを話して喜んでいるんだろう?」と思う人にとっては、悪いことは言いません、翻訳はあまりに地味で不毛な仕事なので、関わらない方がいいです。
一方、この本を読んで目からウロコがぼろぼろ落ちるようなら、その人にとって翻訳は楽しくやりがいのある仕事だろうと思います。
私自身は、p17(本文始まって3ページ)で、翻訳に必要なのは愛、「偏見のある愛情」と言い切られた時点で陥落しました(泣)。
翻訳に最も必要な要素は愛である。心の底からそう思います。
帯を引用してみます。
偏見と愛情
かけがえのない存在として
作家にコミットすること
雨の中の露天風呂システム
ビートとうねり
「僕」と「私」
日本語筋力トレーニング
翻訳の賞味期限
百面相と自分のスタイル
越えられない一線
複雑化する愛
トランスレーターズ・ハイ
キュウリみたいにクール
カキフライ理論
村上春樹らしい比喩あり、恋愛小説と見まごうようなものもあり、はたまた実戦的な雰囲気の見出しもあることがお分かり頂けると思います。
本書は基本的に文芸翻訳に関する本であり、実務翻訳は対象外ですが、両者の違いを通し、実務翻訳へのヒントをたくさん得ることができます。
翻訳をしようとするすべての人に。行き詰まった時に初心に返る本としてもお勧めです。
上の引用には出てきませんが、本書の大きな特色として、両著者による短編小説の競訳があります。
これがまためっぽううまい!!
両者の訳とも驚くほど逐語訳的なのに、冒頭数行で村上ワールド・柴田ワールドが立ち上がってくるのです。言葉の持つパワーにただひれ伏すばかり。
それでいて読者に疎外感がないのは、お二人が文学を通じて読者を勇気づける、本当の意味での言葉のプロだからだと思います。
☆ ☆ ☆
今回選んだ本は、たまたま新書や文庫ばかりになってしまいましたが、どれも内容はみっちりと重いです。
上に挙げたのは、正統派の内容で、かつ偏執的でなく、初心者でも得るものがあり、文章から愛情が感じられるものばかりです。愛ある言葉を私も書きたいです…
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