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プロ通訳者・翻訳者コラム
気になる外資系企業の動向、通訳・翻訳業界の最新情報、これからの派遣のお仕事など、各業界のトレンドや旬の話題をお伝えします。
成田あゆみ先生のコラム 『実務翻訳のあれこれ』 1970年東京生まれ。英日翻訳者、英語講師。5~9歳までブルガリア在住。一橋大大学院中退後、アイ・エス・エス通訳研修センター(現アイ・エス・エス・インスティテュート)翻訳コース本科、社内翻訳者を経て、現在はフリーランス翻訳者。英日実務翻訳、特に研修マニュアル、PR関係、契約書、論文、プレスリリース等を主な分野とする。また、アイ・エス・エス・インスティテュートおよび大学受験予備校で講師を務める。
第22回:セミナー「新たに求められる翻訳者のスキル」(前編)
2010年9月19日(日)アイ・エス・エス・インスティテュート東京校、および23日(木祝)同横浜校で、「新たに求められる翻訳者のスキル」と題して1時間ほど、皆様の前でお話しさせていただきました。
お越し下さった方々、本当にありがとうございました。
当日は「コラム読んでます」と声をかけて下さる方も何人かいらっしゃって、励まされるような、穴があったら入りたいような……精進します。
スクールの受講者としてお会いした方々の顔も見え、引き続き頑張っている様子は大変嬉しいものでした。
また、10年前に講師の声をかけて下さった恩人米田さま、本コラム担当の青木さま、いつも仕事を下さる翻訳グループの方々が後ろの壁をぐるりと取り囲む状況で、ここまでの仕事生活を支えて下さった「人の縁」をしみじみと感じながらの講演に、個人的にはなりました。
今回と次回は、当日の講演の内容の概要をご紹介します。
☆ ☆ ☆
成田と申します。本日は大勢お集まり下さり、ありがとうございます。
本日のお題は「翻訳者に求められる新たなスキル」ということですが、SNS活用術や最新デジタル機器活用術などの話は残念ながらいたしません。
「新たなスキル」と言いつつ、今も昔も翻訳者に求められるものはさして変わらないんだという結論になる予定です。
まず、私自身がいかにしてフリーランス翻訳者になるに至ったのかを簡単にお話ししてから、本題に入りたいと思います。
私のフリーランス翻訳者生活は10年目に入りました。
仕事は英日が主で、日英も少しずつ行っています。
私は狭い専門を極めるというより、ある程度一般的な内容なら何でも調べて訳すというタイプの翻訳者です。インターネットの登場により、このような専門の作り方が可能になりました。
調べ物作業は、ものによりますが、翻訳作業の5~6割を占めることもあります。
仕事量は、2003年頃からの5年間はものすごく忙しく、修羅場もたくさんくぐり、おかげで力をつけることもできました。30代に数多くの修羅場をくぐれたことはラッキーだったと思っています。
仕事時間は、子供を学童に行かせていないので、基本的には午後3時までです。
しかし、朝いちと翻訳開始から5~8時間経過ごろが最も訳質が高まることから、翻訳時間を8時間確保するために、締切のある日は朝4~5時から訳しています。
これから翻訳業界に参入しようとする人がすでに仕事をしている人に追いつくためには、一日にこれと同じ時間を勉強にあてる必要があると思います。
フリーランスになる前は、派遣で3年間、翻訳の仕事をしました。
その前はアイ・エス・エスのスクールに通い、さらにその前は大学院に籍を置いていました。
スクールの2期目、スクールの掲示板に貼ってあった派遣募集のお知らせを見て応募し、就業開始。
勤務地が新横浜だったので、麹町での授業開始時間に遅れるようになり、フェードアウトしました。
しかし半年後、派遣先の部門が事業撤退することになり、契約終了。
その後も商社石炭部や自動車メーカー、教材会社などさまざまな派遣先に入りましたが、どこも仕事量が先細りのご時世で、半年ごとに勤務先を変えることになりました。
3年目に入ったころ、知り合いの知り合いから「翻訳書を一度に大量に刊行するので翻訳者をたくさん探している、やってみないか」と言われ、断る理由もなく飛びつきました。
このとき大胆にも、「本を訳すので」という理由で派遣契約を更新しませんでした。
数ヶ月かけて訳し終わった頃から、ぼちぼちとフリーランスの依頼が入るように。
「ぼちぼち」の依頼がだんだんコンスタントに入るようになって、現在に至ります。
我ながら怖い者知らずだったと思うのは、私は初めて派遣に入った時から、いえ大学院を休学してスクールに通い始めた時点から
「自分は翻訳者に転身したから、何か仕事があったらよろしく」と周囲に言って回っていたことです。
特にスクール時代の訳は今思うと赤面もののレベルなのですが、でもそう言っていたおかげで、本を一冊訳す仕事を得ることができました。
今、当時を振り返って言えることは、翻訳学習者と翻訳者として仕事をする段階の間に、両者を隔てる太い境界線はないということです。
ここまで生徒、ここまで来たから免許皆伝でプロデビュー!! というものではありません。
グラデーションのような感じで、いつの間にか移行しているのです。
そしてここからが重要なのですが、いつの間にか移行しているということは、翻訳者になろうと思った時点から「自分は翻訳者なんだ、翻訳を売るプロなんだ」という自覚を持つ必要があるということです。
あるところまではお客様モード、途中で意識をプロに切り替える、ということはありえないと思います。
最初から、つまり翻訳者を目指し始めた時点から、お客様に奉仕するスタンスの人が、プロになるのです。
☆ ☆ ☆
私は英日翻訳者と自らを名乗っていますが、アイ・エス・エス・インスティテュートに加え、大学受験予備校で高校生にも教えています。
翻訳は引きこもる仕事なので、忙しくなると人とまったく話さなくなります。また、たまに来る電話がクレームだったりすると、一人で仕事をしている分、ものすごく落ち込みます。
そこで、外に出て人と接するために、教える仕事を組み合わせているのです。
とはいえ、教える仕事は翻訳業の鬱憤のはけ口というわけではありません。教える仕事だけを続けていると枯渇しますが、翻訳と組み合わせるとこの枯渇を防げるというメリットがあります。
このように、他の仕事と翻訳業を組み合わせている人は、フリーランスでは少なくありません。
「翻訳者と名乗っていながら実はけっこう他の仕事をしている状況」というのは、フリーランスになってから何年も、とても落ち着かないものでした。
特に、翻訳の締め切りがないと「訳してない状態で翻訳者と名乗っていいのだろうか…」と悩みました。
結局、人は「自分をどう名乗ったものか悩み迷っている私」などに興味はなく、「この人はちゃんと仕事をしてくれるかどうか」だけに興味があるのだと分かったときに、私は「自分は翻訳者です」とシンプルに名乗れるようになりました。
こんな自分のうじうじとした話を披露したのは、ここに翻訳者としてのスキルの一つがあると思うからです。
あるいは、終身雇用なき時代における、すべての職業人に必要なスキルの一つかもしれません。
それは、フリーランスとは、相手のためにわかりやすい肩書きを名乗るものだということ。
そして、肩書きと自分の内容が一致していない状態に、誰より自分自身が折り合いをつけなければならない、ということです。
☆ ☆ ☆
前置きが非常に長くなりました。
ここから先は、翻訳者に必要なスキルについてお話ししていきます。
以前、人から「フリーランスには実力・実績・人脈の3Jが必要」と聞き、うまいなと思いました。今日はこのまとめ方に従って話していきたいと思います。
とはいえ、今からお話しするスキルは、フリーランスに限らずすべての実務翻訳者にあてはまることだろうと思います。
①実力
実力は、英語力、日本語力、調査能力に大別できます。
(1)英語力
英語翻訳者に求められる第1のスキル、それは言わずと知れた「英語力」です。
以前に本コラムで書きましたが、英検4級から1級までの差を1としたら、英検1級とフリーランスとして常時仕事が来るレベルはその10倍くらい開いています。翻訳でお金をもらうにはそのくらいの英語力が必要です。
言い換えると、「どんなものでも辞書さえあれば読める」というレベルです。
「初めて知る内容だが、英語としては完全に分かるので、辞書などを調べて内容の難しい部分を埋めていく」という読み方ができることです。
英語に自信がある多くの人が「書かれている内容についての知識があるので、内容を元手に英語の難しい部分を埋めながら読む」という読み方をしていると思います。
しかし翻訳は、自分の知らない分野の内容のものもたくさん来るので、その手は使えません。
「英語ができる」というとき、さまざまな側面があります。英語で話すのが得意、交渉なら任せてなど……
そんななかでも、翻訳者に必要なのは、英語の話し言葉ではなく書き言葉を理解する能力と、英語と日本語との間の行き来ができるということです。
英語を英語のまま考えて使ってきた人のなかには、特にこの「英語と日本語との間の行き来」ができない人が少なくありません。
どちらがが偉いとか優劣があるわけではなく、両者は英語能力として、かなり異なるものだということです。
ちなみに私は小学校帰国ですが、翻訳技術が身につくにつれ、いわゆるネイティブ風の英語は次第に話せなくなりました。
もっと言うと、翻訳者に必要なのは「文法」です。
原文のすべての単語の役割を、明確に説明できることです。
文法的な解釈が徹底的に、100%できれば、実務翻訳に必要な英語力は基本的にクリアできます。
そして……厳しい話になりますが……文法を習得するにはそれなりの年数がかかり、また年を取るほどこの年数は延びる傾向にあります。
翻訳者を検討する段階で文法力がないという人は、悪いことはいいません、文法が関係しないような英語力を生かす仕事を考えたほうがいいと思います。
一方、文法なら任せてと言う人、特に受験英語をしっかりやってきた人にとって、翻訳はかなり身につけやすい技術です。
受験の和訳技術は、明治以来、英語の文章を効率的にそれなりのレベルで訳すために作られた「訳読文法」です。
さまざまな英語的技術のなかでも、受験和訳は、英日翻訳とかなり直接的につながっています。
(以下次回)
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