Tips/コラム
USEFUL INFO
プロ通訳者・翻訳者コラム
気になる外資系企業の動向、通訳・翻訳業界の最新情報、これからの派遣のお仕事など、各業界のトレンドや旬の話題をお伝えします。
成田あゆみ先生のコラム 『実務翻訳のあれこれ』 1970年東京生まれ。英日翻訳者、英語講師。5~9歳までブルガリア在住。一橋大大学院中退後、アイ・エス・エス通訳研修センター(現アイ・エス・エス・インスティテュート)翻訳コース本科、社内翻訳者を経て、現在はフリーランス翻訳者。英日実務翻訳、特に研修マニュアル、PR関係、契約書、論文、プレスリリース等を主な分野とする。また、アイ・エス・エス・インスティテュートおよび大学受験予備校で講師を務める。
第23回:海野さんの辞書V5発売!!+セミナー「新たに求められる翻訳者のスキル」(後編)
本コラムでも何度か取り上げてきた「海野さんの辞典」こと『ビジネス技術実用英語大辞典V5』が8月に発売されていたのを知り、早速購入しました。
期待通り、インストールした初日から、なくてはならない存在です。
・現在、CD-ROM版のみの発売のようです。
・1枚のCD-ROMで英日・日英の両方に対応しています。
・串刺し検索ソフト「jamming」で開くことができます。
(なお、jammingは本年4月にアップグレードし「logophile」と名を改めたようです)。
・現在は紙版はないようです。
・2010年10月末現在、電子辞書への搭載はまだのようです。
jammingに組み込んで数日間さわってみた感想:
・訳語と用例のすばらしさは、これまでと一切変わらず。
・新語とその用例が増えています。
ランダムハウスもリーダースも20世紀発行のため、さすがに海野さんの辞書に水をあけられつつある感も。新語であるがゆえに「海野さん」にしかない説明が増えた気がします。
別の言い方をすれば、「語の基本的な意味はランダムハウス/リーダース、実務的な意味は海野さん」という棲み分けが一層鮮明になった感があります。
これまで辞書を引こうと思わなかったような新しい単語も、引いて訳語を確かめてみたくなります。
海野さんの辞書を持っていない翻訳者はもぐりと断言します。
待ちに待ったV5が発売されてたことを知った瞬間、私は親友が無事に出産した知らせを聞いた時のような嬉しい気持ちに満たされました(ちなみに著者と面識はありません)。
みなさん、ぜひ買いましょう!!
☆ ☆ ☆
今回は前回に引き続き、9月16日と23日に開催したセミナー「新たに求められる翻訳者のスキル」の内容をお届けします。
フリーランスには実力・実績・人脈の3Jが必要。
実力は、英語力、日本語力、調査能力に大別可能。
前回は、このうち「英語力」まで話しました。今回はその続きです。
☆ ☆ ☆
(2)日本語力について
翻訳者は英語力だけでなく、日本語力も必要です。
しかし、日本語力というのは、英語力以上に必要性を自覚しづらいようです。
「自分は日本語ネイティブだし、今こうしてこのセミナーを日本語で聞いて理解しているのに、なぜ日本語力が必要なの?」というわけです。
一般的な生活のために使う日本語と、商品としての日本語は、まったく違うものです。
例えば一日中家で過ごした場合、1日に1000種類以上も語彙を使う人は少ないと言われます。
家族相手なら話は「あれ」「これ」で通じますし、まして家族内の話題はかなり限られます。
これが商品としての日本語となると、表現しなければならない内容の幅と洗練度がまったく異なってきます。
実務翻訳者は作家とまでは言わなくても、ライターなみの日本語の表現力が必要です。
日本語の表現力を上げるのは、ある意味、英語力強化よりも難しいものがあります。
その方法を具体的に示すのは難しいので、今日はいくつかのキーワードを考えてみました。
第一に「読書」。紙の本や新聞を読むことです。
パソコンの画面で読んだ文章はさっと読んでさっと忘れる傾向があるようです(電子書籍の読後感については、未経験なのでわかりませんが…)
内容のある、練られた文章を、自分の中に落とし込みながら読むことが、日本語力強化には不可欠だと思います。
本は一日一冊とは言わないまでも、週に数冊ペースで読みたいところです。
第二に「身銭を切ること」。
今の時代、勝手に目に入ってくる、無料の活字があふれています。
そうしたものではなく、お金を払って手に入れた活字を読むこと。これが商品としての日本語の基礎になります。
ネットサーフィンやメールチェックは、活字を読むうちには入らないと自覚すべきです。
第三に、「顔文字禁止」。
私だけかもしれませんが、メールを書くときに顔文字に依存しすぎていると、文末を閉じられなくなる気がします。
確かにメールの文字はちょっと冷淡に見えます。でもそこに親切なタッチを、あくまでも言葉で加えるのが、翻訳者の仕事のはずです。
☆ ☆ ☆
(3)調査能力
翻訳者には調査能力が不可欠です。
調査といえばインターネットですが、ここではあえて、それ以外の調査力を挙げてみたいと思います。
例えば「わからない時に聞ける知り合いがいるか?」。
ある専門分野に詳しい知り合いを持っていることも、調査力のうちと言えます。
また、そうした専門家はえてして非常に忙しいものです。
そんな相手に、自分で調べれば分かるようなことを聞くのでなく、具体的で答えやすく、絞り込んだ質問をする能力も、調査力に含まれるでしょう。
☆ ☆ ☆
②実績
実力の次は「実績」。
翻訳者として独り立ちするには、実績が必要です。
またもや厳しい話になりますが、2010年現在、実績ゼロからのフリーランス、つまり翻訳経験がまったくない人がいきなりフリーランス翻訳者になることは、残念ながら不可能です。
英語ができる人が少なかった昔は、未経験でフリーランスになることも不可能ではなかったとも言われますが、今は英語ができる人の裾野はとても広がりました。
英語ができる人はとても多いのです。
また、翻訳の依頼者のなかにも、英語ができる人が非常に増えました。
英語が分かる人があえて外部の翻訳者に依頼するのですから、要求される完成度は上がる一方です。
こうした状況のなか、現場でどれほど高い訳質が要求されるかを知らずに「私は英語ができるから翻訳でも」程度の気持ちで臨む人には、残念ながら仕事はありません。
実務翻訳者になりたい人は、未経験でも仕事をくれるところにとにかく参入して、実績を作る必要があります。
では、翻訳者にとっての「実績」とは何でしょうか?
これは言葉にするのが意外と難しいですが、あえて言えば次のようになるでしょうか。
「実績とは、職務経歴書に自信をもって書けるような、かつ同等の仕事を問題なくこなせるほどの実力を伴うような経験のことである」。
ただ単に、過去にある分野の翻訳経験があるとしても、「同等の仕事を引き受けられるほどの実力があります」と自信を持って言えなければ、それは実績とは言えません。
・・・以上は厳しい話でしたが、同じくらい強調したいことは「ものは言いよう」ということです。
仮にレター1枚訳しただけだとしても、次にレターをきれいに訳せるのであれば、それは立派な翻訳実績です。
また、翻訳業務が全体の1割しか占めないとしても、その1割できちんと訳したなら、それも立派な翻訳実績です。
職歴を語るときに謙遜は禁物です。
「いえ、あれくらいでは訳したとはとてもとても……」と謙遜しても誰も突っ込んでくれません。
本当に訳したのなら、堂々とそう言うべきです。
☆ ☆ ☆
③人脈
フリーランスの3J、実力・実績と来て最後に来るのは「人脈」です。
人脈というと、異業種交流会に出て名刺を配って回っているようなイメージがありますが、そうではありません。
個人的には、人脈というより「人の縁」と言い換えたい気がします。
私はこの10年間、フリーランスとして報酬を得てきたわけですが、振り返って思うに、最大の報酬は金銭ではなく、人の縁という形で得てきたと思います。
こういうとお金をもらってないみたいですが、そんなことはありません(苦笑)。
ともあれ、フリーランスで10年間、なんとか仕事を続けることができたのは、かなり早い時期に「フリーランスの最大の報酬はお金ではない形でやってくる」と気がついたからかもしれません。
それは人の縁、あるいは仕事をくれる人との信頼関係だったりします。
仕事上の信頼関係は、一朝一夕で築くことはできません。
駆け出しの私にチャンスをくれた人がいます。アイ・エス・エスの講師に迎えて頂けたのもそうした縁のひとつでした。
スクールの受講生の方と一緒に訳したり、予備校の生徒が大学を卒業して研究者やエンジニアになり、論文の翻訳を手伝ったりするのも、幸せな仕事です。
出会った頃はお互い駆け出しだった私と編集者とで、もう無理かもと思うような数々の修羅場を超え、お互い中堅どころになった今、互いに任せ任される仕事の幅も広がったり……
お互いに無理を聞き合い、一緒に成長し、縁がさらに続くのは、フリーランスの最大の財産です。
こうした縁を築くには、月並みですが「仕事相手と、人としてまっとうに接する」ことに尽きると思います。
1~2回仕事が来てもなかなか次につながらない人は、相手の立場を見て態度を変えていないでしょうか?
☆ ☆ ☆
最後に一言。翻訳者の仕事は過酷です。
濡れ手に粟のような仕事ではありませんし、締切が迫るプレッシャーは生やさしいものではありません。
地味で細かくて孤独で、専門性の必要な仕事です。どんな仕事でもそうだと思いますが、軽い気持ちではとても勤まりません。
それでも翻訳者を続けるのはなぜかと聞かれたら、「訳すという行為が好きだから」という部分はかなり大きいと思います。
「タダでも訳すか?」と自問してみたとき、たとえ無償でも私は訳すと思います。
ただし締切がないと無理ですが(笑)。
英語を日本語に置き換える、その行為自体が楽しいからです。
さらに、お金はないけれどその訳を切実に必要としている人がいるのなら、もう喜んで訳すと思います。
厳しいことを多々述べてしまいましたが、訳すという行為が本当に好きな人にとっては、今も昔も翻訳はやりがいのある仕事だと思うし、翻訳業界に参入する余地は十分にあると思います。
第34回:Stay hungry, stay foolishの訳は「ハングリーであれ、愚かであれ」なのか?
第32回:8/25開催「仕事につながるキャリアパスセミナー~受講生からプロへの道~」より
第23回:海野さんの辞書V5発売!!+セミナー「新たに求められる翻訳者のスキル」(後編)
第22回:セミナー「新たに求められる翻訳者のスキル」(前編)
第19回:翻訳Hacks!~初めて仕事で翻訳することになった人へ~
第16回:英日併記されたデータから、原文のみを一括消去する方法
第15回:翻訳者的・筋トレの方法(新聞の読み方、辞書の読み方)
第12回:『ワンランク上の通訳テクニック』連動企画(笑):Q&A特集
仕事を探す
最新のお仕事情報