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プロ通訳者・翻訳者コラム
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成田あゆみ先生のコラム 『実務翻訳のあれこれ』 1970年東京生まれ。英日翻訳者、英語講師。5~9歳までブルガリア在住。一橋大大学院中退後、アイ・エス・エス通訳研修センター(現アイ・エス・エス・インスティテュート)翻訳コース本科、社内翻訳者を経て、現在はフリーランス翻訳者。英日実務翻訳、特に研修マニュアル、PR関係、契約書、論文、プレスリリース等を主な分野とする。また、アイ・エス・エス・インスティテュートおよび大学受験予備校で講師を務める。
第24回:ラテン英語入門・前編
先日、スクールで南米某国の人が書いたあいさつ文を課題にしたところ、訳文に添付された感想が、「難しい」「言葉の使われ方がわからない」「はちゃめちゃで怒りを覚える」と、さながら阿鼻叫喚のオンパレードに…
日頃わたし自身がラテン系の人が書く英語に対して感じている難しさは自分だけのものではなかったのだと、後押しされたような気になりました(?!)。
ラテン系の人が書く英語には、確かに独特のくせがあります。
そこで今回は「ラテン英語入門」と題し、その特徴と翻訳のコツについてまとめてみたいと思います。
☆ ☆ ☆
ここで「ラテン英語」と呼ぶのは、「ラテン系言語を母語とする人が書いた英語」というような意味です。
フランス人、スペイン人、イタリア人、そして中南米の人による英語がこれにあたります。
「ラテンな明るいノリの英語」という意味ではありません(そういう場合もありますが)。あくまでも「ラテン系言語の影響を強く受けた英語」のことです。
ラテン英語は、英日翻訳で出会うノンネイティブ英語としては最も多いと言えるでしょう。
例えば、かつては英語を話さないとされていたフランス人ですが、最近はフランス人の英語を翻訳する機会はかなり増えてきたように思います。分野も重厚長大型産業から、ファッションや高級ブランドまで多岐に渡ります。
中南米の英語は、経済開発などの分野でよく見かけます。
ラテン英語の特徴は、以下のようにまとめることができます。
◆ラテン英語の特徴◆
(1)修飾関係があいまい
(2)名詞構文が多い
(3)語彙が少ない(多義語が多い)
(4)言葉の意味がラテン系言語に引きずられる
(5)英語と比べて時制が少ない
ラテン英語は、読む分にはそれほど違和感はありませんが、訳すとなると普通の英語との違いを実感し、慣れないうちはかなり手こずります。
誤解を恐れずに言えば、ラテン英語は一見すると少し稚拙で舌足らずに見えます。
語彙が少なく、現在形を必要以上に多用し、名詞が多くごつごつした感じで、しかも修飾関係があいまいとなると、どうしてもそんな印象になります。
だからと言って、訳文も稚拙で良いわけはありません。原文の言い回しこそ「舌足らず」かもしれませんが、それはラテン系言語の特徴としてそういう言い回しをするからであって、内容まで舌足らずという意味ではもちろんありません。
そこで翻訳者は、ラテン英語のくせを加味しながら、どうすれば字面の表現に振り回されずに真意を伝えることができるのか、毎回試行錯誤することになります。
以下、ラテン英語の翻訳のコツについて、考えてみたいと思います。
☆ ☆ ☆
◆ラテン英語の特徴その1:修飾関係があいまい
いざ訳そうとすると、ラテン英語というのは句や節が何にかかっているのか、非常にわかりづらいのが特徴です。冒頭の「はちゃめちゃ」という感想も、この点に由来しています。
英語のルールにとらわれすぎず、「この文脈ならこのような意味にとるのが論理的だろう」と考えながら訳すとよいようです
(この「論理的」というのが実はくせものですが…)。
フランスの産業を紹介するパンフレットの文を、例に挙げてみます。
例1
A Model of Transparency
On 12 October, the French Nuclear Safety Authority gave a level 2 rating to an incident reported a week earlier, causing much debate in the French press.
主節の訳は「10月12日、フランス原子力安全局は、その1週間前に報告された異常事象をレベル2と評価した。」といった感じです。
では、causing much debate in the French pressはどこにかかっているのでしょうか?
英文法の教科書通りに考えると、causing ...は分詞構文です。
分詞構文の主語は主節の主語と一致するのがルールです。
となると、この部分の主語は「フランス原子力安全局」が第一候補です(訳例1a)。
あるいは、少し崩れた形として、分詞構文が主節全体にかかっていると考えることもできます(訳例1b)
訳例1a
10月12日、フランス原子力安全局は、その1週間前に報告を受けた異常事象をレベル2と評価し、フランスのマスコミで大きな議論を引き起こした。
訳例1b
10月12日、フランス原子力安全局は、その1週間前に報告された異常事象をレベル2と評価した。このことはフランスのマスコミで大きな議論を巻き起こした。
上記の訳は一見きれいですが、一歩引いて考えると、大きな問題があります。
そもそも、この文章にはA Model of Transparencyというタイトルがついているのです。
なぜ「透明性の手本」と題した文章で、正反対とも言える「フランスで原子力関連の異常事象が発生し、マスコミが騒ぎ立てた」などと述べなければならないのでしょうか?
それに、この文章はフランスの産業を紹介するためのものです。
その出だしで自国を批判するというのは、やはり不自然です。
つまり、causing much debate in the French pressが主節にかかっているという、分詞構文の教科書通りの考えがここでは当てはまらないのです。
ここでは、causing ...がan incident reported a week earlierだけにかかると解釈すれば、つじつまが合います。
○訳例1c
10月12日、フランス原子力安全局は、その1週間前に報告され国内で大きく報じられた事象について、レベル2の評価を下した。
これなら、レベル2という評価を下したことが「透明性の手本」と言えます。
(なお、ここでは「異常事象」(incident)が国際原子力機関(IAEA)の定める原子力事故や異常事象の基準であり、「事故」と定義されているのはレベル4以上であるといった背景知識も、解釈の根拠になっています。
こうした背景知識というか教養を要求してくる点がラテン英語の一番の難しさだと、個人的には思います。)
☆ ☆ ☆
もう一つ、修飾関係がわかりにくい文の例を見てみます。
サッカーの国際親善試合のあいさつ文です。
例2
Thrilled and satisfied, I celebrate the prestigious organization of the matches that will be played between Japan and Argentina.
冒頭のThrilled and satisfiedが、試合前の高揚感を伝えていることはわかります。
でも、分詞構文として教科書通りに処理しようとすると、うまく日本語になりません。
「興奮し満足しつつ、私は日本とアルゼンチンの間で行われる試合の名誉ある開催を祝福します」では硬すぎて、高揚感をそいでしまいます。
ここでは、以下の2通りの解釈方法が考えられます。
その1:Thrilled and satisfiedは、述語(celebrate)だけを修飾している。
○訳例2a
日本対アルゼンチン戦の開催を、興奮と歓喜とともに祝福申し上げます。
その2:Thrilled and satisfiedは、(organization of the)matchesを修飾している。
つまり、試合によって観客が「高揚し満足している」ことを表している。
(その場合thrilling and satisfyingになるのではという議論もあると思いますが、このくらい修飾関係がゆるいのがラテン系英語の特徴とも言えます)
○訳例2b
興奮と歓喜のなか日本対アルゼンチン戦が開催されることを、喜ばしく思います。
この例文には、ラテン英語のもう一つの特徴である「名詞構文」も使われています。
次にこの点を見てみましょう。
☆ ☆ ☆
◆ラテン英語の特徴その2:名詞構文が多い
名詞構文が多いのも、ラテン英語の特徴です。これはラテン系言語の特徴を反映しているらしいです。
手元にある『翻訳仏文法』の言葉を借りると
「フランス語の名詞には…たった一語でも優に一個の文に匹敵するほどの情報を含んでいるものがある」。続けて100ページ(!!)もかけて、名詞構文さらには無生物主語構文など、名詞が文に匹敵するほどの情報を含んでいる例を多岐にわたってあげています。
ただ、無生物主語構文まで含めてしまうと、ラテン英語独特の難しさから話がそれてしまうので、ここでは名詞構文に限って話を進めたいと思います。
☆ ☆ ☆
名詞構文はラテン英語に限らず、普通の英語でもよくみられます。
『英文法解説』では名詞構文を
「動詞または形容詞が名詞化されて文に組み込まれた構文」と定義しています。
ここではあえてさらに細かく、
「『動詞・形容詞の派生語である名詞』+of+『名詞』に、文が圧縮されていると見なせる構造」と定義しておきます。
名詞構文を確認するため、一般英語の例文を紹介します。
例3
The importance of water to a society’s prosperity has not changed much in time.
ここでは、importanceがimportantという形容詞の派生語、prosperityがprosperという動詞の派生語です。
よって、The importance of waterとa society’s prosperityが名詞構文です。
つまり、この部分には
the importance of water→water is important
the prosperity of society→society prospers
という、2つの文が圧縮されていると考えることができます。
名詞構文の訳出は、翻訳者の腕の見せ所的な部分があり、圧縮されていた文を戻して訳すことも、また感嘆文(いかに…か)、譲歩(たとえ…でも)、条件(もし…なら)などのニュアンスを少し加えて訳すこともできます。
実際の翻訳では、逐語訳からできるだけふくらませた訳の間で、目的に最も適した言い回しを選ぶことになります。
以下に、名詞構文をわざとふくらませた訳例を示します(名詞構文は必ずこうすべきだという意味ではなくて、こうすることも読者と用途によっては可能だということです)。
訳例3
社会が繁栄するには水がいかに重要か----時代が変われどこの点はさほど変わっていない。
the importance of waterは感嘆文、a society’s prosperityは文として訳してみました。
☆ ☆ ☆
名詞構文の訳出にあたってはもう一つ、コツがあります。
後の話のための伏線としてあえて紹介しますと、それは
「名詞構文を文に書き換えると、名詞構文を修飾する形容詞は副詞になる」
というものです。
例4
Sociologists explain the psychological importance of trees in reducing stress.
上ではimportance of treesが名詞構文で、trees are important と読み替えることができます。
そして、psychologicalという形容詞が名詞構文を修飾しています。
上のルールに従うと、psychologicalはpsychologicallyと副詞に変換したうえで、名詞構文全体をtrees are psychologically importantと読み替え可能だとわかります。
訳例4
樹木がストレス軽減に心理学的にいかに重要な役割を果たしているか、社会学者は説明している。
☆ ☆ ☆
さて、ラテン英語では通常の英語以上に、名詞構文が多用されます。
例2、I celebrate the prestigious organization of the matches. をもう一度見てみます。
ここでは、organizationがorganizeという動詞に由来しているため、organization of the matchesにはorganize the matchesという文が圧縮されていると考えることができます。
なお、organizeの意味も難しいです。
ここでは西日辞典でorganizeに相当するorganizarを引くと、例文に「催す」という訳語があるので、ここは「試合を開催する」という意味だとわかります。
「ルール4:単語の意味がラテン系言語の意味に引きずられる」の例と言えます。
さらに、prestigiousの存在がくせものです。
ここで、先ほど伏線として紹介した「名詞構文を文に書き換えると、名詞構文を修飾する形容詞は副詞になる」というルールを使うと、prestigiousは副詞としてこの文に組み込めることがわかります。
さらに、ルール1「修飾関係があいまいである」に従うと、このprestigiousはorganization of the matchesというよりもmatchesだけを修飾する(「名誉ある試合の開催」→訳例2c)、あるいはcelebrateを修飾する(「試合の開催を大いに祝します」→訳例2d)という解釈も見えてきます。
○訳例2c
日本対アルゼンチン戦という素晴らしい試合の開催を、興奮と歓喜とともに祝福申し上げます。
○訳例2d
歓喜と興奮のなか日本対アルゼンチン戦が開催されますことを、心より喜んでおります。
ラテン英語の「はちゃめちゃぶり」、いかがだったでしょうか?
確かにはちゃめちゃですが、説明し出すとかなり細かい品詞の話になるというのが、書いてみての実感です。次回は残るルールを取り上げます。
参考図書
『翻訳仏文法』鷲見洋一、ちくま学芸文庫、2003。
『英文法解説』江川泰一郎、金子書房。
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