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プロ通訳者・翻訳者コラム
気になる外資系企業の動向、通訳・翻訳業界の最新情報、これからの派遣のお仕事など、各業界のトレンドや旬の話題をお伝えします。
成田あゆみ先生のコラム 『実務翻訳のあれこれ』 1970年東京生まれ。英日翻訳者、英語講師。5~9歳までブルガリア在住。一橋大大学院中退後、アイ・エス・エス通訳研修センター(現アイ・エス・エス・インスティテュート)翻訳コース本科、社内翻訳者を経て、現在はフリーランス翻訳者。英日実務翻訳、特に研修マニュアル、PR関係、契約書、論文、プレスリリース等を主な分野とする。また、アイ・エス・エス・インスティテュートおよび大学受験予備校で講師を務める。
第31回:翻訳は男子一生の仕事となりし乎?
もちろん、翻訳力そのものに男女の差は存在しません。また、訳質に男女の差が表れることもありません。
それどころか、「裾野は女性比が高く、頂点は相対的に男性比が高い」という職人界の現象は、翻訳者にもおおむね当てはまると思います
(たとえば料理界においては、料理研究家(失礼)は女性に多く、三ッ星シェフは男性が圧倒的多数ですが、それと似たような現象が翻訳界でもみられるかと思います)。
明治以来の名翻訳家と呼ばれる人の圧倒的大多数は男性ですし、いまもっとも活躍している翻訳家といえば、やはり男性の名前のほうが多くあがるでしょう。
それでも、翻訳者は男子一生の仕事となりうるか?と問われたら、言葉に詰まる部分がなくもありません。
これには、翻訳という仕事をとりまく社会的要素が関係しています。
というわけで今回は、「翻訳業は男性の仕事たりうるか」…男性に求められる社会的通念とフリーランス翻訳業の兼ね合いについて、考えてみたいと思います。
※なお、翻訳「家」と言った場合、この業界では主に文芸翻訳者を指し、翻訳「者」と言った場合は実務翻訳者を指します。
☆ ☆ ☆
翻訳者という仕事が男子一生の仕事だと言いづらいのは、何と言っても収入が不安定だからです。
フリーランスは、来月の収入も分からない身。妻子ローン持ちにはなかなか厳しいものがあります。
実際、とてもよくできる受講生でしたが、「教育費も住宅ローンもあるし…」と肩を落として去っていった方もいます。切なかったです。
#現在、翻訳家はかなりの割合で兼業(多くの場合は大学で教えている)ではないかと思います。翻訳者の場合はどうかわかりませんが…
加えて、手軽に旗揚げできそうでいて、ものになるまでに数年はかかる点もネックのようです。
スクールに来られる方のなかには「投資を回収するのに時間がかかりすぎる」と、これまた肩を落として去っていく方がいます。
黙って背中を見送るしかありません。残念ながら翻訳業は濡れ手に粟の稼業ではないからです。
#個人的には、そもそも”投資回収”という考え方は、フリーランス全般になじまないような気もします。
フリーランスというのは、勉強のために身銭を切ることも多い職業です。たった1語の訳を決めるために、翻訳料よりも多くの金額を資料代につぎ込むこともあります。
翻訳業は基本的には家で仕事する稼業ですので、家で仕事ができる体制も整える必要があるでしょう。
3畳で十分なので、仕事部屋はぜひとも必要です。
サラリーマンの場合、家に自分専用の居場所がない場合もあるかと思いますので、この点でも初期投資が必要です。
最近は「ノマドワーキング」と称して、パソコンと通信環境があれば喫茶店でもどこでも仕事ができるというスタイルが喧伝されています。
翻訳も、パソコンひとつでどこでもできます。
ただ、守秘義務やセキュリティ要件がありますので、公共の場所で訳すことをアピールしないほうがいいでしょう。
☆ ☆ ☆
また、家にいる以上は、奥さんは家事をしてほしいと思っています(!)
料理、掃除、洗濯はもちろん、普通なら奥さんがするような仕事(子供の送迎、保護者会への出席など)も、期待されていると思うべきです。
「いやいや、うちの奥さんは喜んで家事をしていますよ」とおっしゃる方へ。
奥さんが団塊の世代以上ならともかく、均等法世代の以降の女性なら、夫にも家のことをしてほしいと絶対に思っているはずです。私が奥さんに代わって保証します(?!)。
さらに踏み込んだ話をしますと・・・
夫がフリーランスの場合、妻が専業主婦というのはごく少数派だと思います。
リスク分散という観点から、基本的には奥さんも働いています(それも正社員や専門職のケースがかなり多いように思います)。
奥さんが正社員で、朝決まった時間に家を出て行くとなると、奥さんはフリーランスの夫にそれなりに家事をしてもらいたいはずです。これも私が保証します。
☆ ☆ ☆
厳しい話をさらに続けますと、フリーランスには年功序列はありません。
年を取れば取るほど大事にされるわけでも、給料が自動的にあがるわけでもありません。
会社名や肩書き、学歴や経歴をバックに仕事をするわけでもありません。
仕事上尊敬されることに慣れている方には、初めのうちはつらいかもしれません。
仕事相手が年下ということももちろんあります。うんと年下の翻訳会社の人からダメ出しをもらうこともあります。
実のところ、年下に指図されることに耐えられずに、去っていく人も少なくありません。
※なお、独身一人暮らし男性の場合は、孤独に打ち克つ力(翻訳は忙しくなればなるほど引きこもりになる稼業です。1日中誰とも話さない日もあります)も必要ですが、これは独身一人暮らし女性の翻訳志望者にもあてはまりますので、割愛します。
☆ ☆ ☆
暗い話ばかりしてきましたが、逆に言うと、ここまでに述べた条件を満たしている場合は、男性がフリーランス翻訳者になることを阻むものは何もありません。まとめると次のようになるでしょうか:
・ものになるまでの数年間、食いつなげること。
・家で仕事ができる体制が整っていること。
・すすんで家事・育児を引き受けること。
・共稼ぎであること。
・年齢を重ねても謙虚であること。
そして、逆説的ですが、
・翻訳者として食うためには、翻訳以外の収入の道も視野に入れること。
これらの条件をクリアすれば、翻訳は男子一生の仕事、となるに違いありません。
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