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プロ通訳者・翻訳者コラム

気になる外資系企業の動向、通訳・翻訳業界の最新情報、これからの派遣のお仕事など、各業界のトレンドや旬の話題をお伝えします。

成田あゆみ先生のコラム 『実務翻訳のあれこれ』 1970年東京生まれ。英日翻訳者、英語講師。5~9歳までブルガリア在住。一橋大大学院中退後、アイ・エス・エス通訳研修センター(現アイ・エス・エス・インスティテュート)翻訳コース本科、社内翻訳者を経て、現在はフリーランス翻訳者。英日実務翻訳、特に研修マニュアル、PR関係、契約書、論文、プレスリリース等を主な分野とする。また、アイ・エス・エス・インスティテュートおよび大学受験予備校で講師を務める。

第32回:8/25開催「仕事につながるキャリアパスセミナー~受講生からプロへの道~」より

8月25日(木)夜、アイ・エス・エス・インスティテュート東京校で、「仕事につながるキャリアパスセミナー~受講生からプロへの道~[英語翻訳編]」に対談者として出席いたしました。お越し下さった方、ありがとうございました。
当日は、普段仕事を下さる立場のコーディネーターの方と翻訳について話をするということで、非常に緊張いたしました。今回は、その対談の一部をお送りします。

☆ ☆ ☆

----どのような経緯で、プロになりましたか。

大学院で落ちこぼれて転身しようと思い、1年間は実務翻訳の勉強を頑張ってみよう、それで芽が出なかったら他を探そうと決め、1997年にISSに入学しました。
2期目の途中に、派遣募集のお知らせを見て応募、日系パソコンメーカーの新規事業部に派遣翻訳者として勤務するようになりました。社内報から契約書まで初めて見る種類の文書ばかりで、過去の訳を参考にしたり、関連書籍を大量に買って読んだりしながら、見よう見まねで必死で訳しました。
1年で契約を終了し、その後3年間で何社かに派遣に入ったところで、知り合いの知り合いから「翻訳書のシリーズを一挙に刊行するため大量に翻訳者を探しているがやらないか」と言われ、もちろん引き受けました。このときに派遣を終了。その後、少しずつフリーランスとして依頼が来るようになり、現在に至ります。
フリーになりたての頃、ちょうどインターネットの普及期だったことが幸いしました。出始めのgoogleを使い、それまで長年の下積みがなければ知らないことが検索で対処できるようになったのです。
派遣時代に学んだ一番大きなことは、社会人としてのマナーです。新卒で就職した経験のない私にとって、派遣先の方々に色々と教えてもらえたことは、今でも本当にありがたく思っています。
スクールでは、翻訳の技術的な方法もさることながら、調べ物において妥協をしないこと、翻訳は広範な知識が必要なので勉強を怠らないこと、といったアドバイスが役に立っています。

----調べ物と言えば、翻訳者さんには調べ物の一環として、参考資料をお出しすることがありますが、それにとどまらずに徹底して調べて下さいますよね。某外資の日本新業態のマニュアルを訳して頂いたときに、その第一号店に直接行かれたと聞いた時は「そこまでしていただいて」と感動しました。お客様にもそういった徹底ぶりは必ず伝わります。

ありがとうございます(照)。でもそれくらいは何でもないです。
ひとつのキーワードの訳がぴたっと決まれば、訳文全体の出来映えがまったく変わってくるので、そのための手間はまったく惜しくないです。

----お客さんもそういう一言の違いをよく見ていらっしゃいます。「よくぞここまで」と感動していただけると、「また次も同じ翻訳者さんにお願いしたい」となります。通訳と違って翻訳は顔の見えない仕事ですが、だからこそ、一語の差がお客様には伝わるのです。

本当にその通りだと思います。一方で、お客様にとっては大事なキーワードだったのに、こちらがそうと気づかず見落としてしまい、たった一言のためにがっかりされるリスクも常にあるわけで。いずれにしてもたった一つの訳語が全体の訳質を左右することは、常に実感しています。

----納期を守る翻訳者さんとコーディネーターの間には、信頼関係が生まれます。例えば10日間の納期をお客様から引き出せたときに、締切に遅れる翻訳者さんだと日程にサバを読まざるを得ませんが、信頼できる翻訳者さんになら10日のうち9日間を与えることができるのです。

身に余るお言葉でどきどきしちゃいます(笑)。
でも締切に遅れる翻訳者っているんですか?!締切はどんなことがあっても守るものだと思います。時と場合によってこれはものすごく大変なことですが…

私が「納期は絶対だ」と思うようになったのは、駆け出しの頃の経験が大きいと思います。数ヶ月だけ、ある講師の方から個人的に頼まれてOJTをしたことがありました。この方は夫婦そろって通翻訳者で、子供はおらず、認知症のお母さんを自宅で介護しながら仕事をしていました。介護生活は、いま思い出してもとても大変そうでした。

その方が折に触れて「母がいよいよということになったら、今抱えている仕事の締切は守れるかなと、いつも考えながら仕事をしている」と言っていたのが、今でも忘れられません。つまり、納期というのは親の死に目にも匹敵する種類のものなのだと・・・締切厳守に関しては、この発言が原点にあります。

(司会者からの質問)

----翻訳者は孤独な仕事だと言われますが、克服法はありますか。

翻訳者は忙しくなればなるほど孤独が深まるもので、私もこの問題を完全に克服したわけではありません。
あえて言えば、自分が訳している文章に対する想像力が働くようになるにつれ、孤独感が和らいだ気がします。この訳文にはこの後どんな作業が待っているのか、どんな人がこのあと関わっていくのか。チェッカーの人、先方で訳を待っている人などの存在を想像できるようになって、孤独感からある程度解放された気がします。
話が戻るようですが、納品後の流れに対する想像力が働くようになると、自分が遅れたら後に続く人が困ることも想像がつくので、納期厳守の意識が一層強まったという部分もあります。

----「自分の翻訳ではこれが売りだ」というものはありますか。売り込みの方法は。

売りは納期を守ることです。と言い切ることで、いま自分にプレッシャーを与えてしまった気がしますけど(笑)。
それはさておき、翻訳というのは自分の個性を発揮する場ではないので、ちょっと見ただけで「これは成田の訳だ」とわかるような翻訳は、少なくとも実務翻訳では良い訳とは言えないと思います。訳の上に自分の個性ができるだけ表れないように、自己消去に努めています。

先の震災で本棚が倒れ、奥のほうからスクールの受講生だった頃の自分の訳が出てきたのですが、読んでみると当時の私の訳はとにかく肩肘張ってました。「私はものすごく頑張っているのでお願いですから仕事を下さい!!」という訴えが行間から溢れ出ていて、とても仕事の訳とは言えない代物でした。

いつ自己消去ができるようになったのか、自分でもよくわかりません。ただ幸運なことに、初めてフリーランスの仕事の声がかかる前に、おそらく自己消去が完了していたのだと思います。そうでなければ、あっという間に依頼が途絶えるはずですので。

売り込みは特にしていません。納品した翻訳自体が最大の売り込み材料になっていると思います。
あとは、仕事で関わる人たち、コーディネーターの方もそうですし営業の方とも、感謝の心で接することに尽きます。

話が少しずれますが、フリーランス翻訳者志望の方と話していて、時々「ちょっと違うかな?」と思うのは、在宅翻訳者には「登録すれば匿名的に、自動的に仕事が割り当てられる」というイメージがあることです。
実際はその正反対でして、翻訳会社の人はひとりひとりの翻訳者の得意分野やくせを、かなり細かいところまで把握した上で、仕事を依頼します。翻訳者と翻訳会社の関係は匿名的なものでは全然なく、自分という人をきちんと前面に出して、相手のこともきちんと気を使いながら、関係を築いていくものです。
そう考えると、たとえ直接会ったことがなくても、メールの向こうにいる人を想像しながら接し、自分の人となりもきちんと出していくことが、間接的な意味では売り込みにあたるのかもしれません。

(質疑応答)

----勉強の期間を1年間と決めていたことについて、もう少し詳しく教えて下さい。

当時の私にとっては、最低でも自分が勉強するお金は自分で稼ぎたいという思いがあり、また一度稼がなくなると二度と稼げなくという脅迫観念のようなものがあって、それで1年という期間を決めました。誰にでも当てはまる数字ではないと思います。
とはいえ、今振り返って思うのは、語学というのは細く長く勉強を続けないと衰えますが、どこかで太く短く、勉強にすべてを注ぎ込む期間がないと、殻を破ることはできないということです。私の場合、1年間という期間を決めたことで、結果的に「太く短く」を実現することができたのだと思います。スクールももちろん、派遣時代も本当に勉強になりました。
スクールの受講生の方も、せっかく高いお金をかけているのだから、スクールに通う期間は英語学習における「細く長く」ではなく「太く短く」の時期にしていくほうが、ためになると思います。

----納期のプレッシャーを克服する方法はありますか。私はスクールで1年勉強したあと、縁あってまとまった仕事を依頼されたのですが、締切まで毎日違う場所に口内炎が出来るほどのプレッシャーとの戦いでした(苦笑)。こうしたプレッシャーに、毎日のように締切のある翻訳者はどのように対処していますか。

ある程度場数を踏むと、自分のペースがかなり正確に把握できるようになります。「この仕事には6時間かかるから、今日の何時から何時までと、明日の何時から何時まで訳せば大丈夫」と見当がつくのです。そうなれば、だいぶ精神的に楽になると言いますか、日常生活と翻訳生活が両立するようになります。
自分のペースが分からなかった時代は、締切までのすべての時間を訳に捧げないといけない気がしていたので、私生活がないに等しいこともありました。ペースがつかめればそこまで時間を捧げなくても大丈夫になります。とはいえ、ペース配分が狂えば、今でも猛烈なプレッシャーとの戦いですが・・・

----翻訳者に必要な能力をひとつ挙げるとしたら?

翻訳者に必要な能力はいろいろありますが、あえてひとつ挙げるとしたら「英文の構文把握力」、英文のすべての語の役割を、ごまかさずに正確に理解する能力だと思います。

人は普段何かを読むとき、特に趣味で読むときは、興味がない部分や、ちょっと込み入った部分は読み飛ばしています。一度意識してみるとわかりますが、趣味の読書の場合には、面白そうだなと思う部分だけ、つまみ食いするように読むものです。
また年を取ると周辺知識が増えるので、「この流れなら次はこう言うに違いない」と見当がつくようになります。英語を読むにしても、周辺知識を使って文法力の不足を埋めながら、推測で読んでいる人が少なくないようです。

翻訳はこれとは逆です。まず一言一句、すべて読まなければなりません。加えて、周辺知識のないような文章も日々依頼されます。
対応分野を広げるためにあえて周辺知識のない分野に挑むということもありますが、それ以上に、翻訳の仕事では、日本に導入されていない製品や、最新の業界動向など、初めて見るような話題の文章も依頼されます。ある意味、最も訳しがいのある分野とも言えます。
こうした場合、読み飛ばしや推測読みはまったく通用しません。英語の文法力を軸にして、一語も飛ばさずに、すべての言葉を精密に読むことが要求されます。これが翻訳者の読み方です。文法力がぐらぐらしていると翻訳はできません。そして、この条件をクリアするのがかなり難しいというのが実感です。

ここで話が終わると暗くなってしまうので、最後に一言。実はこの点でこそ、シニア層、早期リタイアを40代後半や50代の転身志望者に、アドバンテージがあるのではないかと考えています。と言いますのも、今の日本の学校英語の現場では、ゆとり教育の影響か、構文をしっかり教えないケースが多いからです。
今の40代後半以上の方は学校で精読をたたき込まれていますので、その点でチャンスがあります。若手翻訳者の層が薄くなっているのは心配な事態ではありますが、シニア層にとっては業界参入のチャンスだと言えます。

第35回(最終回):翻訳は何に例えられるか?

第34回:Stay hungry, stay foolishの訳は「ハングリーであれ、愚かであれ」なのか?

第33回:ISS翻訳カフェ:社内翻訳者座談会より

第32回:8/25開催「仕事につながるキャリアパスセミナー~受講生からプロへの道~」より

第31回:翻訳は男子一生の仕事となりし乎?

第30回:フリーランス翻訳者、PTA役員になる

第29回:翻訳者就活Q&A

第28回:「頑張れ」を英語で訳すと?

第27回:アラサーのあなたへ

第26回:ラテン英語入門・後編

第25回:ラテン英語入門・中編

第24回:ラテン英語入門・前編

第23回:海野さんの辞書V5発売!!+セミナー「新たに求められる翻訳者のスキル」(後編)

第22回:セミナー「新たに求められる翻訳者のスキル」(前編)

第21回:愛をこめて引き算をする

第20回:点について、いくつかの点から

第19回:翻訳Hacks!~初めて仕事で翻訳することになった人へ~

第18回:修羅場について(子が熱を出した編)

第17回:初心者に(も)お勧め・英日翻訳の技法本3冊

第16回:英日併記されたデータから、原文のみを一括消去する方法

第15回:翻訳者的・筋トレの方法(新聞の読み方、辞書の読み方)

第14回:原文の何を訳すのか?

第13回:むかし女子学生だった者より

第12回:『ワンランク上の通訳テクニック』連動企画(笑):Q&A特集

第11回:読書、してますか? (無料診断テストつき)

第10回:伝える意志のある言葉~インド英語入門・後編

第9回:インド人もびっくり?! インド英語入門・中編

第8回:Listen until your ears bleed! ~インド英語入門・前編

第7回:翻訳者の時間感覚

第6回:翻訳と文法

第5回:翻訳と受験和訳、二足のわらじ

第4回:辞書について(2)~アナログの効用

第3回:辞書について

第2回:順境のとき、逆境のとき

第1回:はじめまして

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