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プロ通訳者・翻訳者コラム

気になる外資系企業の動向、通訳・翻訳業界の最新情報、これからの派遣のお仕事など、各業界のトレンドや旬の話題をお伝えします。

成田あゆみ先生のコラム 『実務翻訳のあれこれ』 1970年東京生まれ。英日翻訳者、英語講師。5~9歳までブルガリア在住。一橋大大学院中退後、アイ・エス・エス通訳研修センター(現アイ・エス・エス・インスティテュート)翻訳コース本科、社内翻訳者を経て、現在はフリーランス翻訳者。英日実務翻訳、特に研修マニュアル、PR関係、契約書、論文、プレスリリース等を主な分野とする。また、アイ・エス・エス・インスティテュートおよび大学受験予備校で講師を務める。

第33回:ISS翻訳カフェ:社内翻訳者座談会より

台風一過の9月23日、ISSの会議室で「翻訳カフェ」という催しが行われました。
これは、ISSから派遣翻訳者として稼働中の方に集まっていただき、社内翻訳者ならではの悩みや課題を、座談会形式でざっくばらんに語り合っていただくものです。
翻訳派遣10年選手の方から、先月スクールの本科を卒業してこれから翻訳派遣に入ろうという方まで、11名の社内翻訳者が集まりました。
そこに異分子(?!)として、フリーランス翻訳10年選手の私も参加させていただきました。
休日にもかかわらずお越し下さった方々、ありがとうございました。ここでは、当日の内容をかいつまんでお伝えします。


■翻訳する上で、大切にしていることは?

自己紹介がてら、全員がこの質問に答えました。
これをお読みの翻訳者の方は、何と答えるでしょうか?
社内翻訳者の方、なんと全員が、「誤訳がないこと、正確さ」と答えたのが、とても印象的でした。なぜなら私の答えは「納期を守ること」だったからです(笑)。

もちろん、フリーランス翻訳者が正確さに劣るわけではありませんし、社内翻訳者の納期がゆるいわけでもありません。
私自身が「納期こそ大切」と答えた心理を分析してみると……正確さと納期厳守というのは相反する要求ですが、そのうち納期のプレッシャーの方が大きいということだと思います。
となると、社内翻訳者は正確さへのプレッシャーの方が大きいと感じていて、それで「正確さを大切にしている」という答えになったのだろうと思います。
推測ですが、社内翻訳者は社内の人に直接質問できる分、訳の完成度へのプレッシャーがより強くなるのかもしれません。


■場数をこなすこと

多くの人が異口同音に述べていたのは、“場数をこなすこと”の重要性です。
数をこなすことで、社内用語や業界知識が身につき、ひいては質の高い訳が出来るようになります。
・・・と語るときの表情ひとつとっても、場数が翻訳者としての自信につながることが見て取れました。
思うに、この「自信」こそが、場数をこなすことの最大の効果でしょう。
仮に同じ訳語をあてるにしても、自信があるとないとでは、文章の完成度がかなり変わってくるのです。

「数をこなすにはどうすればよいか」という問いには、はっきりとした答えを出せる人はいませんでした。
ただ、みなさんの話をつなぎ合わせると、
・最初のうちは分野について選り好みしない
・仕事のオファーは断らない
・「初めての分野ですが頑張ります」とガッツで応える
あたりが、キーワードだと感じました。

私自身、「来る仕事は断らない」主義を掲げてきたので、みんな同じようにしてここまで来たのだなと実感しました。


■出来ることと出来ないことをはっきりさせる

「これは難しいですが、ここまでなら出来ます」といった要望をはっきり伝えることが大事という指摘には、多くの人がうなずいていました。
誰にでも初めてのことはありますし、何より翻訳者はチームの一員です。できないことは一人で抱え込まないことが大事ということです。

断る場合は、前向きに断るというか、代案を示すことも大切という話も出ました。
「明日までは難しいですが、金曜までならできます」と言えば、相手も日程を調節してくれるかもしれません。
「ちょっと調べ物が多そうな内容なので、◎日までかかりそうです」と言えば、「では、ここの訳だけでいいから」と範囲を絞ってくれるかもしれません。
「毎週水曜はISSのスクールに行っているので残業はできないのですが、木曜なら残業OKです」と、仕事と関係する理由であればきちんと伝えると、相手にとって断られたショックが和らぎます。
むげに断るのではなく、前向きな代案を示すことが大事です。


■時間配分について

「期日までに終わらなさそうな場合はどうするか」という問いが出ました。

納期の話ならフリーランスに任せて下さい(笑)。まず、分野ごとに自分の1時間あたりの処理能力を知っておくことが大前提です。私はキッチンタイマーで1時間ごとのラップを測っています。朝と夕方でもスピードは違います。また1つの文書でも、慣れてくるとスピードはかなり上がります。
こうした算出した処理能力をもとに、相手と納期を相談して決めます。
実際に訳すときも1時間ごとに何文字/何ワード訳したかカウントし、自分のペースを確認しながら進めていきます。

とはいえ、いざ訳し始めると、思いのほか調べ物が多かったりして、ペースが上がらないことはしょっちゅうです。
こんなときはどうするのか。「とにかく、あらゆる手を尽くして訳す」と即答した方がいました。まさにその通り。フリーランスの場合、暗いうちから起きて訳す→部屋にほこりがたまる→夕食を作らなくなる、といった順に、生活が追い詰められていきます(苦笑)。

原文の難しさは究極的にはフタを開けてみないと分かりませんし、いつまでに訳が必要と言われれば、すべてを投げ打ってでも訳すことになります。このあたりの火事場の馬鹿力は、フリーランスも社内翻訳者も変わらないようです。

あえて社内翻訳者に特有の課題をあげるとすれば、社内翻訳者の場合は、翻訳に集中する環境を作りにくかったり、他の業務もあったりするのが辛いかもしれません。
一度集中が途切れると復旧するのに5分も10分もかかるので、私などは昼間は居留守を使って訳し続けますが、社内翻訳者だとそうもいかないと思いますので…。


■訳文に愛をこめること

話の流れで、「訳文に愛をこめることが重要だと思う」という趣旨の発言をしたところ、言わんとすることが瞬時に伝わったのは嬉しいことでした。
このことは、10年選手ともなればたいてい実感しているようです。
“愛”と言うと重すぎるなら、「思いやりをもって訳す」「相手の立場に立つ」と言い換えることもできます。こんな話が出ました:

・話し手と受け手の教養の差が大きい場合、相手に合わせて表現を調節する。
・一見無味乾燥な文章も、実務翻訳である以上は、その文章を通して何らかの形で仕事を進めたいと思って翻訳を頼んできているはず(契約を結びたい、会議を成功させたいなど)。その目的にかなうように訳す。
・相手が何を求めているかを察して、それを出す。急いでいるから要点だけ分かればいいのか、アンチョコにするための逐語訳を必要としているのか、それによって求められる訳は変わってくる。
・これは私のケースですが、口頭発表の原稿の日英翻訳で、極力rとlの入っていない単語で訳し通したことがあります。(clearをobviousに言い換えるなど)。

さらには・・・
・相手が本当に忙しそうな時には、訳文の重要箇所にラインマーカーを引いて「ここだけは読んで下さい」と一言添える
・相手が忙しくて提出した訳を読んでいなさそうな場合は、改定版を作って差し替えることもある
といった発言もありました。これはすごいです!
社内翻訳者だからこそできる種類の気配り。フリーランスから見るとうらやましいです。


■フリーランスができなければ、社内翻訳者はできない
今回は、社内翻訳者10年選手の方が何人かいらっしゃいました。
さすがに社内翻訳者を10年間続けていると、みなさん“自分の足で立っている”と言いますか、個人事業主のスタンスであるのが印象的でした。

翻訳技術を十分に持った上で、オンとオフを切り替えたい、安定した収入を確保したい、専門性の高い仕事がしたい*、依頼主の顔が直接見えるところで仕事がしたいといった動機で社内翻訳者をしている。10年選手の方々からは、そんな立ち位置が浮かび上がってきました。
(*昨今は社内翻訳者の方が、機密保持の観点などから、フリーランスよりも専門性の高い翻訳をしているケースも少なくありません。)

社内翻訳者の契約が切れるので、しばらくはフリーランスをしながら次の社内翻訳のポジションを探す、といった方も見られました。
このように、フリーランスと社内翻訳者の間を行き来するのも、“自分の足で立っている”方の考え方です。

こうして考えると、社内翻訳者として10年間、信頼と実績を得ている人というのは、勤務形態こそ毎日会社に通っていますが、自分の足で立ち何かに寄りかかっていないという点では、心はフリーランスなのです。
ひょっとしたら、「フリーランスの心をもった社内翻訳者」がこの業界で最も長く仕事を続けていくのかもしれないと思いました。


このほか、ここには紹介しきれない話題がたくさん出て、とても有意義なひとときとなりました。
翻訳者はなかなか同業者と会う機会がないため、みなさん立場は違えど考えていることはけっこう同じなのだと知ったのは、嬉しい発見でした。
ご興味を持たれた社内翻訳者の方、次回の「翻訳カフェ」にぜひお越し下さい!

第35回(最終回):翻訳は何に例えられるか?

第34回:Stay hungry, stay foolishの訳は「ハングリーであれ、愚かであれ」なのか?

第33回:ISS翻訳カフェ:社内翻訳者座談会より

第32回:8/25開催「仕事につながるキャリアパスセミナー~受講生からプロへの道~」より

第31回:翻訳は男子一生の仕事となりし乎?

第30回:フリーランス翻訳者、PTA役員になる

第29回:翻訳者就活Q&A

第28回:「頑張れ」を英語で訳すと?

第27回:アラサーのあなたへ

第26回:ラテン英語入門・後編

第25回:ラテン英語入門・中編

第24回:ラテン英語入門・前編

第23回:海野さんの辞書V5発売!!+セミナー「新たに求められる翻訳者のスキル」(後編)

第22回:セミナー「新たに求められる翻訳者のスキル」(前編)

第21回:愛をこめて引き算をする

第20回:点について、いくつかの点から

第19回:翻訳Hacks!~初めて仕事で翻訳することになった人へ~

第18回:修羅場について(子が熱を出した編)

第17回:初心者に(も)お勧め・英日翻訳の技法本3冊

第16回:英日併記されたデータから、原文のみを一括消去する方法

第15回:翻訳者的・筋トレの方法(新聞の読み方、辞書の読み方)

第14回:原文の何を訳すのか?

第13回:むかし女子学生だった者より

第12回:『ワンランク上の通訳テクニック』連動企画(笑):Q&A特集

第11回:読書、してますか? (無料診断テストつき)

第10回:伝える意志のある言葉~インド英語入門・後編

第9回:インド人もびっくり?! インド英語入門・中編

第8回:Listen until your ears bleed! ~インド英語入門・前編

第7回:翻訳者の時間感覚

第6回:翻訳と文法

第5回:翻訳と受験和訳、二足のわらじ

第4回:辞書について(2)~アナログの効用

第3回:辞書について

第2回:順境のとき、逆境のとき

第1回:はじめまして

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