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『欧州通訳の旅、心得ノート』 一緒に通訳の新しい旅に出ませんか? 寺田千歳

第3回

欧州での会議編 土壇場でもゆとりを見せるのが欧州人...?

みなさま、こんにちは。寺田です。
今回は日本のクライアントに同行して欧州の企業を訪問し、通訳をする観点から気づいた点をお話いたします。

  

欧州人とのコミュニケーションの、まずは心構えから。欧州といっても東西南北、慣習、価値観、言語も異なりますが、日本と大きく違う点は共通しているように感じました。
基本、欧州では日本に比べて「spontaneous」「impromptu」「tolerant」「ゆとりを見せるのが大人」な文化が根付いている印象を受けます。 いかに用意周到・準備万端でも、さまざまな理由で相手側と足並みが揃わないことなどヨーロッパ人同士では日常茶飯事です。 想定外のことが起きても、決して動揺した様子を見せず、粋なジョークを言いながら、落ち着いた様子で対処します。 反対に、準備を欠かさず相手にも完璧さを求めがちな日本側にはその行動が理解できないこともしばしばあります。

 

例えば、欧州側が設定した会議で機器の不具合によるロスタイムが発生したり、重要な情報提供を事前に依頼していたにも関わらず出してくれない、 また、プロジェクト責任者が「家族の誕生日」の為、定時で帰宅してしまい協議が中断してしまった時がありました。 その時、日本側は「事前に会議システムのテストは行われていたのでしょうか。」「メールで前もって連絡していたのに、 なぜ資料がちゃんと準備できていないのか。」「協議が終わっていないのに、責任者が早く帰っていいのでしょうか。こっちがお客なのに。」と首を傾げて思わず正直なコメントを放たれることもあります。 その気持ち、日本人としてよく分かります。ではここで通訳としてどう(訳)しますか。

  

その前に日欧間で通訳する際に認識しておきたい点が3つあります。 欧州では「急いで走るなど、焦ったり動揺する様子を見せたり、公の場で上司が部下を叱るなど、人前で感情を露わにしないこと。」が常識です。 よって、欧州側は、問題があれば後ほど個別に担当者を指導しますし、欧州のビジネスパーソンは仕事とプライベートの両方を充実させる余裕を大切にします。 また、会社の規模や知名度、業界によりその程度に差こそあれ、顧客に合わせるのではなく、顧客にこちらのやり方に合わせてもらう、 極端に言えば、「売ってあげている」、というスタンスが主流ですし、顧客が何かを依頼する場合、一度メールで依頼したくらいではその重要性が伝わらないこともよくあります。 2、3回繰り返し丁重にリマインドをして初めて動いてくれることが普通です。或いは、メールの依頼内容を理解して動いてくれているのに、その進捗の連絡が全くないため、 日本側が不安になることもよくあります。このようなマインドセットや行動は日本のそれと対照的ではありませんか。つまり、そのような欧州側を相手にする場合、通訳者も、 この違いをよく認識して慎重に訳出することが大切です。

  

こうした状況において、通訳が日本側の批判的なコメントをただ機械的に直訳すると、雰囲気を悪化させることになりかねません。 複数の国と国境を接し、時には脅威となる異国異文化と隣り合わせに暮らしてきた欧州人は子どもの頃から「自分の文化的価値観に誇りを持ち、 自分の意見を擁護する」教育を受けてきているため、そもそも他人の批判を素直に受け入れません。一旦両者の雰囲気が悪化すると、押し問答になったり、 なかなか結論に合意できず、話が堂々巡りになるなど、通訳者への負担も増えることになります。通訳者は、むしろ、不具合が解決するまで、欧州側の状況を細かく確認しながら、 日本側に対処の状況を説明したり、「今の通訳して良いですか?」と冷静なコメントだったのか確認することもできます。
そして、いざ批判的なコメントを訳さざるを得ない場合は、言われたことは明快に表現しつつ、言い方を工夫する必要があります。 例えば、依頼した情報が揃っていない場合は、「今日は資料を見たかったのに。なぜできなかったのか。」と欧州側を責めると逆に言い訳の説明に時間が取られることになりかねません。 むしろ、「資料をすぐに見せてもらえると期待していたので困りましたね。何かあったのですか。」「では、いつ揃うのでしょう。」など、こちらの気持ちも伝えつつ、 相手にも配慮した表現にして、解決につながる問答へ進展していくよう訳していくこともできます。

  

また、責任者の定時退社の場合には、「なぜ帰るんですか。帰らないで欲しい。」と怒り口調で言ったところで相手側は 「定時に会議を終われるよう会議中に努力をしなかったあなた側に非があるのに、何を言っているのか。」などと考えて、帰ってしまいます。 「ご家族の誕生日ですか、大切な日ですね。ただ、今日結論を出す予定でしたので我々は困っています。」、 「その代わり、明日早々にこの話に決着をつけましょう。それで、明日は最長18時まで会議をさせて頂けますか。」のような丁寧な表現で具体的な問答になるように通訳者が日本側と相談しながら訳すことができれば、 お互いの文化に対する理解不足や不満を露わにすることなく、円満に会議の目的が達成できるのではないでしょうか。

 

会議の目的は、良好な人間関係・信頼関係の構築です。 良好な人間関係の基盤があってこそ、遠く離れた場所にいるお互いを信頼して長期的な取引が成り立ちます。 通訳の役目はコミュニケーションを通じてこの良好な人間関係の実現に貢献することで、大変重要な役割を担っているわけです。 また、通訳者が、ランチタイムや休憩時間のスモールトーク時に、それぞれの国の価値観や慣習の違いについて少しフォローすることができれば、 相互理解がより深まるだけでなく、通訳としても新しい学びを得られることになります。 歴史は繰り返す、というと大げさかもしれませんが、長年通訳を続けていると、その学びが活きてくるデジャヴにいつか必ず遭遇するからです。

 

日欧の共同プロジェクトや取引を長期的に成功させるには、このような価値観の差を乗り越えて相互理解を図っていかなければならず、大変ですが、 ここが通訳者として、言語スキル以上の付加価値を提供できるチャンスです。 どんな状況でも、日本の価値観に寄り添いつつ、欧州のマナーも考慮しながら、両者の間のバランスをうまく取り、 臨機応変に通訳者として何ができるのかを常に考える心の余裕を持って会議に臨めればいいですね。今回はここまでです。 次回もビジネスマナーの続きで、欧州人との接し方の特徴についてお話しいたします。

 

異文化交流の舞台裏エピソード
クアハウスは、ドイツ語でKurhausといい、ドイツでは昔から滞在型の湯治療養施設を指していたようで、 そこには湯治滞在者を愉しませる演劇・コンサート会場・カジノ・レストランなどの文化娯楽施設も併設されていたらしい。 現在ドイツにおけるKurhausは一般的に後者の施設を意味します。まだドイツに来たばかりでそんなことも知らない私は、ある若手ビジネスパーソンの交流会でまじめなドイツ人から、 「週末、一緒にクアハウスへ。招待しますよ。」とお誘いを受けました。私は冗談だと思い、正直に、「クアハウスって確か入浴するところですよね。。。?」と苦笑しながら返しましたところ、 瞬き一つせず落ち着いた様子で「いいえ、コンサートホールです。ちょうどショパンのコンサートがあるので一緒に行ってくれる人を探していたのです。いかがでしょう。」と言われました。 他のドイツ人にこのエピソードを話すと、「クアハウスを知らなかった外国人のあなたに恥をかかせてしまうといけないから、その方はそこで笑わなかったのではないか。 ドイツでは、知らない=恥と考える人もいますから。」と教わりました。私の反応にきっと驚いたはずなのに、それを一瞬たりとも見せず、 落ち着いて話を元に戻したその方の落ち着き、そして、お茶をするように気軽にクラシックコンサートへ行けるところに、ヨーロッパを感じました。

 

寺田千歳 1972年大阪生まれ。日英独通訳者・翻訳者。ドイツチュービンゲン大学留学(国際政治経済学)、米国Goucher College大(政治学・ドイツ語)卒業後、社内通訳の傍ら通訳スクールで学び、 その後、フランスEDHEC経営大学院にてMBA取得。通訳歴20年内13年ドイツを拠点に欧州11カ国でフリーランス通訳として大手自動車・製薬メーカーのR&D、IRやM&A、 日系総研の政策動向に関する専門家インタビュー等を対応。現在は日本にてフリーランス通訳者。

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