ホーム  >  Tips/コラム:プロの視点  >  寺田千歳のプロの視点 第7回: 通訳者、西洋グルメへの誘いと通訳のはざまで―欧州の会食通訳(中編)―

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『欧州通訳の旅、心得ノート』 一緒に通訳の新しい旅に出ませんか? 寺田千歳

第7回

„To dine, or not to dine, that is the question“
通訳者、西洋グルメへの誘いと通訳のはざまで―欧州の会食通訳(中編)―

こんにちは、寺田です。今回は、前回に引き続き、通訳として参加する会食の食事マナー(着席から注文まで)についてお話しします。店の格によってサービスの質に違いもありますが、セルフサービスのお店でない限り、基本的な流れは共通していますので、参考にしてください。また、失敗しないポイントは、欧州人の動きをみて同じタイミングで同じようにすれば、大抵は問題ありません。

  

テーブルにつく
まず、テーブルへ案内されたら、椅子を引いてくれますので、一言お礼を言って座ります。荷物は背もたれにかけたり、体と椅子の間の安全な場所に置きます。ブリーフケースのような大きめの鞄の場合は、足元に置きます。日本でみられる足元の荷物用のかごはありません。全員がテーブルについたら、テーブルに立体的に置かれた白いナプキンを取り、畳んで膝の上に載せます。ナプキンの役目は、食事中に食べ物を口へ運ぶときに、バターやソースがついたパンくずやフォークについたソースが落ちても洋服が汚れないようにしたり、口元のよごれを拭う時に使います。グラスについた口紅はナプキンではなく指でそっと拭います。

 

さて、通訳道具のメモについてですが、欧州では「雰囲気」を大切にします。せっかくのディナーの雰囲気が壊れないよう、メモをする場合は、小さいメモ帳やデザイン性の高いペンを膝の上に置くなどして、あくまで食事の場であることを意識しましょう。私は会食中の通訳では、なるべく頭の中でポイントを箇条書きにリテンションし、メモを取らないように、そして、相手の目を見て通訳するよう心掛けています。訳を聞く相手にとっても、うつむいてメモを見ながら訳されるより、自分の目を見て訳される方がより自然な会話に近くなると思います。実際、内容が全く初めてのものだったり、抽象的な場合、メモで言葉だけ拾ってつじつまを合わせて訳出していくよりも、むしろ頭の中で全体のメッセージを概念(絵)として把握した方が、より的確にメッセージを再現できる場合もあります。メモを使えない場面を想定したリテンションと相手の目を見ながら訳す練習も日ごろからしておくと心強いでしょう。

 

手を洗う
日本のように「おしぼり」は出ないため、私は席を確保したら、速やかにお手洗いへ案内してもらい、食事前に石鹸で手を洗います。パンは手でちぎって食べますので、手を洗うタイミングは、実はメニューを触った後、全員の注文が終わってからの方がより衛生的ですが、注文が終わるころには、飲み物が運ばれ、会話が始まってしまうため、通訳としては席に着く前の方が行きやすいです。ちなみに、欧州のお手洗いはたいてい「地下」にあります。お手洗いを探すときは、地下へ延びる階段を探すと早く見つかるでしょう。

 

着席してから食事が運ばれるまでの流れは、お店の人の動きをみると分かりやすいです:
お店側の主な動き
・メニュー(ドリンク・食事・デザートの3部に分かれている)を手渡す
・ドリンクメニューの注文を取りに来る/地元のワインなどお勧めについて説明/食事メニューの説明(今日のお勧めなど)/食事に合うワインをアドバイス
・食事の注文を取る
・メイン後、デザートメニューを手渡す
・デザートの注文を取る
・テーブルで伝票を手渡す、テーブルで会計

  

最初に注文するのは、ドリンクです。お水は注文しないと来ないので、ミネラルウオーターを必ず注文します。アルプス以北ではミネラルウオーターは強い炭酸水になりますので、炭酸水が苦手な場合は、フランス名のミネラルウオーター(Vittel, Evian, Volvic 等)やイタリアの優しい炭酸水のS. Pellegrinoなども美味しくて定評があり欧州のお店でよく提供されます。ワイン・ビール・スパークリングワインなどお店の格によって提供するドリンクも変わります。欧州ではいろんな地ビールが作られており、その地方特産のワインもあります。お店や、欧州側と相談しながら、何を飲むか決めると良いでしょう。飲酒しない場合は、ミネラルウオーターの他、ノンアルコールメニューからジュース(定番はオレンジ・アップル)かティー(紅茶・ハーブティ)などを注文できます。赤白ワイン産地が近い場合は、そのワイン銘柄の特別な葡萄ジュースがお勧めです。ヘルシーで格別に美味しいだけでなく、その赤や白色はワインのようにも見えて、ディナーでも映えること間違いなしです。

  

さて、通訳の出番は、メニューの説明や注文時のやり取り時になります。
ご存じかもしれませんが、欧州では、ファーストフードや手軽なアジアンでもない限り、お店のメニューに写真はなく、しかも、メニューに出てくる用語はたいてい難しいことが多く、写真の代わりにお店の人が言葉で料理を説明します。このやり取りもお店が提供する重要なサービスのひとつのため、通訳もある程度理解して訳出できるのが理想です。まず、難しい用語は、肉の場合、牛の種類(例:シャロレー牛、リムーザン牛、ヘアフォード牛)や部位名、鳥の名前(例:ホロホロ鳥)、魚の名前(例:スズキ・マダイ・メカジキ・サバ・カレイ・ヒラメ・ニシン・イワシ・タラ)。ドイツなどフランス国外でもエレガンスをアピールするために、これらの表記や調理方法がフランス語だったり、xxx風(ニース風・チューリッヒ風・粉屋のおかみ風(ムニエルの意)など)と独特の表現が出てきます。分からないことはお店の人にきいて説明してもらえますが、事前にある程度基本的な西洋料理用語の知識があると料理がイメージしやすく、訳しやすいでしょう。

  

私はベルリンのミッテ地区にあるHotel Regent BerlinにあるFischers Fritz(現在の名前はCharlotte&Fritz)という窓からの景色と魚料理が抜群のお店で出会った「塩釜焼」という調理法が気に入りましたが、目で見るまでははっきりと意味が分かりませんでした。ドイツでは、魚は切り身ではなく、一匹丸ごと出てきますので、量的に他のものは注文できませんし、同席者(友人)に食べるのを手伝ってもらうことが多かったです。これはスズキを調理した料理で、お店の人はぴかぴかのシルバーワゴンに焼き終わった塩と小麦粉のベージュ色の殻をつけたままの巨大な魚一匹を丸ごとテーブルの横まで運んできて、一匹丸ごと焼きましたよ、と証明してから客の目の前で食べやすいようにさばき、プレートに手際よく盛りつけ、巨大なスパイスミルでペッパーを、そしてオリーブオイルを一振りし、目の前へ運んでくれます。ある種のショーです。他にも魚の調理法では「ポーチする」にもよく出会いました。

  

注文の内容を考える
お店側のメニューの説明が終わったら、通訳は日本側が料理を選ぶサポートをします。お店のお勧めから選んだり、また、欧州側と同じものを注文することもよくあります。基本的にお互いの料理をシェアすることはありませんが、ビジネス会食の場面では、欧州側のもてなしの一環としていろんな前菜を注文し、複数の前菜プレートから少しずつそれぞれへ取り分けてくれることがよくあります。同じ前菜をみんなで味わうことで連帯感も生まれ、前菜から話題が弾みます。

 

お勧めのたべもの
食文化の知識が、人との距離を縮める役割もあると、欧州での通訳シーンでは、感じることもよくありました。クライアントが迷っていたら、あえてその土地ならではの料理や旬の食材をお勧めしてはいかがでしょう。

 

例えば、私がよく知るドイツの食材でビタミンなど栄養価が高く、ヘルシーで美味しいものを一部紹介します。摘み菜の「フェルドサラダ」、「フランクフルトのグリューネゾーセ」と呼ばれる新鮮な七草ハーブとサワークリームの和えもの、ルバーブ(酸味のある野菜でケーキに使われる)、黄色いチーズソースでいただく巨大な白アスパラ。ラディッキオ、チコリー、マンゴルト(フダンソウ)、プフェッファーリング(ナメコのようなオレンジ色のキノコ)、野生であっさりとしている鹿・イノシシ・野鳥のキジの肉。他にも、珍しいものといえば、ワインベルクシュネッケ(りんごマイマイというカタツムリ)、フランクフルトで発明された真っ赤な牛肉のソーセージ。ビタミン豊富なプラム(のケーキ)。北ドイツでは、お米を食べる日本人の口によく合う、「グリュンコール(刻んだケール)&ピンケル(雑穀入りの優しい味のソーセージ)」の煮込み。ビタミンたっぷりで鮮やかなオレンジ色の果実「ザンドーン」のジャム。バニラソースでたべるドイツ流アツアツ蒸しパン「ダンプフヌーデル」。オーストリアのグラーツで出会った食材は、「黒い宝石」と呼ばれる貴重なパンプキンシードオイル。まろやかでこくがありサラダ、スープ、肉料理など、現地ではいろんな料理に使われていました。他にもオーストリアでお気に入りは、温かいデザートで「カイザーシュマーレン(パンケーキのスクランブルしたもの)」「マリレンクノーデル」と呼ばれる上品な杏子のお団子。多種多様なソーセージ・巨大カツレツ・ポテトのイメージが強いドイツやオーストリアですが、現地のお店に入ると、それぞれビタミン豊富でヘルシーな食材もいろいろとあることが分かります。共に美味しく珍しい食を体験することで、出張も会議も成功する確率がグンと上がる気がします。

 

通訳者は何を食べる?いつ食べる?
西洋のマナーとして、「口にものを入れたまましゃべってはいけない」ため、食事中の通訳は正直難しいですが、いくつか選択肢があります。
1.食べやすいものを注文する:
小ぶりで早く飲み込めるもの、あまり噛まなくてもいいもの(例:スープ、グラタン、リゾット)。メニューになければオーダーメイドします。日本と違い、レストランのメニューになくても、相談すればシェフが自在に作ってくれます。寒暖差の大きい欧州では何かと体が冷えるため、夕食に冷たいサラダではなく温野菜が食べたくなる時がありました。皆がメニューを選んでいる間にお店の人に掛け合い、その日厨房にある野菜でシェフのおまかせで温野菜のメインデッシュを即興で作ってもらうのです。同じようにお願いしても国やお店によって食材や調理法が違い、面白かったです。スイスではたくさん野菜が食べたいと言ったら、さすがスイス、文字通り10種類の茹で野菜プレートを作ってくれ、スペインのバルセロナでは1時間以上料理がこないと待っていたら、見たこともない大きくて平たいさや入りの豆をオリーブオイルと特製トマトソースで芯まで加熱したシンプルだけどとびきり美味しい一品を作ってくれて感激した記憶があります。お客の想定外の要望をものともせず、即興で考え、うれしいサプライズで返す、この巧なサービスは食の匠ならではの余裕から生まれる究極のサービスではないでしょうか。

 

2.皆と同じ物を注文し、食べるタイミングをみはからう:メインディッシュが運ばれてくると全員一斉に静かに食事に専念するタイミングがあります。このようなタイミングに手早く食べることもできます。

 

3.会食中は食べずに、お持ち帰りにしてもらう:
特にワーキングディナーの場合、通訳は食べるチャンスがないこともあります。食べることができないと目の前の料理に気が取られて落ち着きませんし、一人だけ食べるのが遅いとコース料理が次へ進められなかったりと周囲への影響もあります。ただ、欧州の場合、4-5時間の会食になることもあり、いつ終わるか分かりません。仮に一緒に食事をする余裕がなくても、延々と続いた会食の最後の最後に、まじめなスピーチを訳す場合もよくありますので、体力と集中力キープの面から、パン&スープと十分な飲み物は出してもらったほうがいいでしょう。そうすることで一緒に「Dine」している雰囲気も作れます。例えば、フライトで夕方現地入り、翌日に元首相の講演が予定されている案件がありました。前夜の2時間の会食が欧州の関係者と元首相の唯一のブリーフィングとなりました。私は食事を注文後、これに気づいたため、ホスト側に「食事はドリンクのみにし、注文したものはテイクアウトにしていただけますか。会食中は通訳に専念し、しっかりメモを取ります。」と伝え了解を得て、食事をしなかった場合があります。特に、VIPの会食通訳の時は、通訳は食事ができない場合も想定して事前に軽く食べておくなど、臨機応変にその場でベストな役回りをすることが大切だと思います。このような想定外のこともありますので、通訳が食べるタイミングは、注文前までにクライアントと相談しておくのがベストだと思います。

 

私の経験では、自分だけ急ぎ足で食べる、カスタムメイドのメニューにしてもらい食べる量が少ないことはありましたが、クライアント側の配慮のおかげで9割の会食で一緒に食事をとることができています。また、日本人側に英語が堪能な方がいらっしゃったら、その方が直接話されている間や、あえて返事が長くなりそうな質問を投げかけ、相手が丁寧に答えている間に食べることもできます。欧州ではコンビニはありませんし、宿泊を伴う出張中だと、食事のタイミングが限られているため、工夫をしながら栄養価の高いものを食べるタイミングを確保することは、通訳の体調管理の一つとして大切なポイントだと考えています。

 

今回はここまでです。

 

寺田千歳 1972年大阪生まれ。日英独通訳者・翻訳者。ドイツチュービンゲン大学留学(国際政治経済学)、米国Goucher College大(政治学・ドイツ語)卒業後、社内通訳の傍ら通訳スクールで学び、 その後、フランスEDHEC経営大学院にてMBA取得。通訳歴20年内13年ドイツを拠点に欧州11カ国でフリーランス通訳として大手自動車・製薬メーカーのR&D、IRやM&A、 日系総研の政策動向に関する専門家インタビュー等を対応。現在は日本にてフリーランス通訳者。

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