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『欧州通訳の旅、心得ノート』 一緒に通訳の新しい旅に出ませんか? 寺田千歳

第10回

「The Making Of マルチリンガルな子供たち~音とメロディーとシャドーイング」

こんにちは、寺田です。さて、今回は、欧州のマルチリンガル環境で育つ子供たちの例を参考に、彼らの育つ環境やマルチリンガルになっていくプロセスを垣間見た通訳者の視点からお話ししたいと思います。意外にもこのプロセスが通訳訓練の方法と関係があることも含めてお話しします。

  

まず、皆さんは外国語のどこに魅力を感じますか?私はいくつかある中で、特に惹かれたのが音とメロディーです。特にフランス語やドイツ語の響きに魅了されました。まるで新しい音楽のように、何よりも日本語にない音とメロディーに惹かれ、その音を聞き分け、自分の声で再現できるようになりたいと思いました。ドイツでは、声や言葉のメロディーには、ときに人の感情の深いところに訴えかけて虜にする魔力があると言われています。例えばある時ドイツで、歴史関連のエキシビションにヒットラー演説の映像は出しても、「彼の肉声」が入った音声を付けてはいけないという議論がありました。理由は、その声には人を虜にする力があり、いまだに音声を聞いた人に影響を及ぼすリスクがあるからだとか。そのせいか、私が長くいたドイツでよく耳にすることがあった歴史的スピーチ映像といえば、冷戦中の西ベルリンでの米国大統領による演説でした。1963年のケネディ大統領の“ Ich bin ein Berliner.(私は一人のベルリン市民である)”と1987年のレーガン大統領の” Mr. Gorbachev, tear down this wall! “です。ドイツの歴史ドキュメンタリーやベルリンの壁に関する回顧展などで幾度もなくこの2つの白黒映像と音声を聞いたので、今やこれら演説の写真をちらっと目にするだけで、2人の声と言葉が頭の中で再現されます。また、音とメロディーが人の意識を超えた深いところに働きかける力は、人間の幼少期の言語(複数可)習得に大きな役割を果たしているようです。

 

幼少期の特別な言語習得能力
私は、ドイツで数々の幼いマルチリンガルたちの生まれ持った聞く・話す能力のポテンシャルを目の当たりにしました。そして、それが、幼児~未就学児期の、まだ字があまり読めない、識字に依存しない期間に特に活発な能力のようであることも子育てを通じて気づきました。例えば、これは4歳の子どもと一緒にSound of Musicのドレミの歌を一緒に覚えるとします。私は英語の歌詞を見ながら一字一句、意味を理解して覚えるアプローチで、頭で考えるためなかなか時間がかかります。一方、娘は歌詞の意味は分からないままその音とメロディーだけをスラーっと頭に入れて、歌詞を何気なく暗記してしまいます。遊び感覚で言葉を音としてすぐに覚えてしまうのです。実際、単語レベルでは少し間違っていることもありますが、歌ですから流れに乗っていれば、あまり気にならないのです。意味も分からない歌をよく覚えて歌えるなと驚きましたね。反対に、意味から覚えるのは大人の方が得意です。ドイツ語で「連邦保健省(ドイツ保健省)」を意味する”Bundesgesundheitsministerium”という複合語があります。大人であれば、Bundes:連邦の、gesundheits:保健の、ministerium:省、と構成要素のそれぞれの意味から簡単に覚えられますが、子どもにとっては、ひたすら長く、「~の」を意味する小さな“s”を付けなければならないなど複雑なため、音だけではかえって覚えにくいようです。ちなみに、ギネスブックの世界で一番長い単語はドイツ語だそうです。長くてもこの要領で意味を容易に理解できるので大人には難しくありません。

 

では、マルチリンガルの子どもたちの聞く・話す能力はどのように開花し伸びていくのでしょうか。家庭内外の環境、言語ルール、本人の習慣などが大きく関係しているようです。もちろん、それぞれの才能や性格なども併せて、個人差は大きいでしょう。

 

家庭内外の環境と一人一言語のルール*
(*この人とはこの言語と予め決め、相手によって言語を切替えること)
私が住んでいたフランクフルト近郊の人口5万人の町は、国際都市圏内にあることから近所や娘の通う公立保育園児の家族の出身国は10か国を超え、これらの国際家庭では日常的に2言語以上が話されていました。娘の登園初日に出会った園児は、スペインのバルセロナ出身のカタロニア人の黒目黒髪の美しい女の子でした。両親はスペイン語・ドイツ語を流暢に話すカタロニア人でした。家庭の子どもとの会話は、母親=カタルーニャ語、父親=カステジャーノ(標準スペイン語)にすることで、子どもにスペイン語・カタルーニャ語の両方を身に付けさせていました。周りにスペイン語を話す家庭も多く、娘さんは家庭外でもスペイン語をかなり話していたようですが、保育園ではスペイン語圏出身の保育士さんや他の子とも「ドイツ語オンリー」のルールだったため、ドイツ語も流暢になっており、この子は5歳ですでにトリリンガルでした。

  

他には、父親=英語、母親=ドイツ語で会話する英語が流暢な赤毛でそばかすのあるJamieという優しい男の子がいました。その英独バイリンガル家庭では、英国人の父親が在宅の仕事をしているため、日常的に子供に接する機会が多いことが子どもの英語の上達につながっていたようです。父親は毎朝、息子と別れる前に2名の女性保育士さんの前で必ず“Alright Jamie, will you be nice to the ladies? Would you promise? ”と一日いい子でいることを英語でしっかり約束をさせるやり取りがあり、この習慣を通じて子供は語学だけではなく、英国紳士の在り方を幼少期から自然に身に付けていく様子を垣間見たようでした。

  

また、ある独仏家庭の場合、家族3人の共通語はもたず、父<>母(英)、父<>娘(独)、母<>娘(仏)でそれぞれ会話するルールで、この環境で育つ娘さんは独仏が母語で、英語がほぼB言語のトリリンガル。夫婦の会話は英語ですが、娘に対してそれぞれ独仏で話し、親の会話に娘さんが入る時はそれぞれに向かって同じ内容を独仏で繰り返します。母語はフランス語がメインで始まり、小学校からドイツ語で教育を受けてきた彼女が、英語が大の得意だというので理由を聞きましたら、英語が流暢なドイツ人父親の好みで、英語のテレビ番組を家で自由に見られるようになっていたため、テレビはほとんど英語で見ていたそうです。高校生になると家で英語の小説をたくさん読んでいました。仏語に関しては、正式に学校で学んだわけではないが、発音はネイティブで、何でも理解し話せるが、細かい文法にはあまり気を配っていない、とのことでした。マルチリンガルで母語が複数ある場合、その中でも得意な順番があるなど、必ずしも全言語が完全に同じレベルというわけではなさそうです。この子の例は、日常的に独仏英3言語を頭の中で切替えている点で、3か国語通訳者と共通しています。

  

幼児に学ぶ「言語の切替え」と「シャドーイング」
次は、私の多言語環境における子育て経験からお話しします。ドイツの地方都市で生まれた娘は2歳半まで、日本語が話される環境(コミュニティ)がない場所で育ったため、ドイツ語だけがどんどん上達していきました。同じ都市で子育てをされた英国人の母親も同様に、家の外で英語が話される環境がなかったため、子どもは英独のバイリンガルにはならなかったそうです。うちの場合は、2歳半のとき一時帰国中に日本の託児所で毎日3~4時間日本語だけの環境で過ごしてもらうことになり、それでも9日目までは内外でドイツ語を話していましたが、10日目からいきなり100%日本語に切替わりました。5週間後、日本からドイツへ戻ると3日間はドイツ人の保母さんに日本語で話しかけていましたが、それ以降はドイツ語に切替わりました。日本滞在中に、私との会話も自然に日本語に切替わり、ドイツへ戻ってからも私を含めて「日本人とは日本語オンリー」ルールを徹底し、日本語を第2の母語として定着させました。日本語会話力の開花と日本人とは日本語を話すルールの定着は2歳半という年齢が奏功し、荒療治でスピーディに達成できましたが、もともとドイツ語の発語が早く、語彙や表現の習得が際立って優れていたため、1~3歳に育児に関わっていただいた方にヒアリングしたところ、いくつかユニークな行動がみられました。

  

例えば、娘は私やドイツ人の保母さんが発する言葉や表現を逐一ひそひそと声を出して一人で繰り返す「シャドーイング」をしていました。「シャドーイング」が目立たなくなるころには、大人の話した内容を模倣して自分のストーリーを作って誰かに話を聞かせるという模倣による応用を使った「ひとり話」をしたり、まだ読めない絵本を自分で眺めながら、話を思い出したりイメージしたりして、ひとり話をすることもありました。また、3歳以降は昼間ドイツの保育園であったことを帰宅後に日本語で逐一話してくれました。日本語の対訳がわからないときは私がサポートしたため、このように、ドイツ語で学んだ語彙を日本語に換える試みを毎日繰り返すことで日本語の語彙・表現力も自然とついていきました。聞いた言葉を自分でもう一度再現する「リフレーズ」や、相手が話したことを要約する「パラフレーズ」を別の言語に置き換えて行う作業は頭を使いますので、この練習は、記憶力・語彙力・表現力の育成に大きく役立っていたようです。

  

興味深いことに、この「シャドーイング・応用・リフレーズ」、どれも大人からやり方を教わったものではなく、社会的コミュニケーションの欲求から本人が無意識に行っており、それは、多言語環境においてより効率的に効果的に自分の必要な言語を身に付けるための有効な手段として、子どもが自発的に行っていたのではないかと考えます。よって、シャドーイングは通訳トレーニングで必ずありますが、まさかの子育てでその有効性を再認識することになりました。しかし、娘の他にシャドーイングをしている幼児の話はあまり聞いたことがないことから、私たちも通訳訓練や語学の会話力習得の必要性に迫られない限り意識してシャドーイングをすることがないように、幼児も特にその必要性に迫られない限りシャドーイングをすることはないのかもしれません。私もウォーキング中に日英独のラジオを聴きながらシャドーイングをします。歩くという行為で脳が活性化され、座っている時より集中力が続きやすいと感じます。

 

今回はここまでです。

 

寺田千歳 1972年大阪生まれ。日英独通訳者・翻訳者。ドイツチュービンゲン大学留学(国際政治経済学)、米国Goucher College大(政治学・ドイツ語)卒業後、社内通訳の傍ら通訳スクールで学び、 その後、フランスEDHEC経営大学院にてMBA取得。通訳歴20年内13年ドイツを拠点に欧州11カ国でフリーランス通訳として大手自動車・製薬メーカーのR&D、IRやM&A、 日系総研の政策動向に関する専門家インタビュー等を対応。現在は日本にてフリーランス通訳者。

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