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『欧州通訳の旅、心得ノート』 一緒に通訳の新しい旅に出ませんか? 寺田千歳

第11回

「第3の視点をもつメリットとは?ドイツ語から見える新しい世界」

みなさま、こんにちは。寺田です。
今回は、トリリンガルを目指すことによって、通訳の仕事の幅が広がっただけではなく私の視野がどのように広がったのか、また、トリリンガルのメリットについてお話ししたいと思います。

  

日頃、翻訳校正や翻訳中に対訳を調べている時に、提示される訳のニュアンスにどうも納得できない時は、日<>英の翻訳中であれば英<>独で、日<>独のときは独<>英で確認するなど、3つめの言語を介在させて確認ツールとして役立てています。
また、情報収集の際、日本語・英語の媒体以外に、ドイツ語を介して欧州の知識や視点をいち早く知ることにメリットがあると感じます。特に、今回のコロナや2011年の福島の原発事故の影響についてなど、未曾有の出来事が起きたとき、日・米・ドイツで発信される情報を同時に並行して入手することで、状況をより客観的に見ることができると感じました。コロナについても、米国から発信される情報も参考にしながら、英国とドイツの感染症専門家の様々な見解や各国の状況を細かく知ることができて大変参考になっています。

 

英語以外にもう一つ外国語を極めようと思ったきっかけは、米国東海岸の大学で国際政治学を学ぶ中、アメリカの研究は多くの分野で進んでいることは事実ですが、アメリカの視点に偏ってしまわないか?と疑問を感じたことです。そこで、新たな別の視点を学びたいと考え、その時に、欧州の小さな国々がアメリカに匹敵する大きな集合体を作り「国」の枠を超えた新しい形の民主主義を実現していこうという斬新な考え方に興味をもち、その発想の舞台裏、欧州独自の考え方を深く理解できるようになりたいと思いました。大学を卒業してからも、通翻訳者のライフワークとして英語とドイツ語で知識を取り入れ続けており、特に新しいテクノロジーや政策などの分野において、世界の動向や新しい概念や言葉に敏感であることが求められる通訳・翻訳業を営む上で大いに役立っています。

 

欧州で進んでいる取組みには、はやく日本でも実現してほしいと思うものがたくさんあります。いくつか身近な例を挙げてみます。

①人と環境に優しい都市モビリティ政策
②再生可能エネルギーとエコ住宅
③野生動物と狩猟~都市と自然の共存
④合理的な色のルールとカラフルな表現

 

これらのテーマには長年取り組んできた彼らの経験や視点が生かされており、この視点を学ぶことで、自分の中で新たな知識や意識が生まれていきます。

  

①人と環境に優しい都市モビリティ政策
仏独国境の都市ストラスブールを1994年に訪れた時に、ホテルのオーナーから「今はあちこちでトラム敷設工事をしていて歩きにくいでしょう。この旧市街地は車両の乗入れが全面禁止になり、歩行者天国になります。空気も綺麗になるし、路駐で狭かった道も広く安全で歩きやすくなるわ。またぜひお越しになってください。」と言われ、2010年にドイツから車で訪れた時は、その通りになっていました。ストラスブールへ入る前に郊外の大きなパーキングに車を停め、安価な駐車料金にはトラム代も入っており、そこからトラム一本でストラスブール旧市街地の中心へらくらく着けて大満足でした。

  

欧州では、CO2削減だけでなく、都市の綺麗な空気と市民の健康増進に配慮して、自転車の利用促進と専用道路の整備が進んできました。北欧やオランダ、ドイツなどの土地が平らな都市部では自転車が人気で、デンマークのコペンハーゲンへ出張したとき、朝の通勤ラッシュの時間帯には、自転車通勤者が専用道路に整然と並び、マナーよく且つ高速で走行していきます。シンプルなデザインのしっかりした自転車で、よく見ると荷台に小さな子どもを載せている男性も多く見られました。パパが子供を預けてから出勤、という感じなのでしょう。

  

フランクフルトでは、「グリーンベルト」と呼ばれる自転車で市内を安全に快適に移動できる長さ60キロの専用道路が整備されており、ECB(欧州中央銀行)職員の友人は、市内の自宅からフランクフルト東部のECB新オフィスまで毎朝4キロのサイクリング通勤は、朝のエクササイズも兼ねているそうです。会社にシャワー室を完備したり、E-Bike(電動自転車)を貸出して朝のサイクル通勤を奨励する民間企業も増えてきています。また、フランクフルトでは長さ30キロの自転車専用アウトバーンが、2023年に完成予定です。日本の都市部でも、安全な専用道路を、信号や車を気にせずに、風をきって気持ちよくサイクリングできる日が待ち遠しいです。

  

②再生可能エネルギーとエコ住宅
ドイツで最初に住んだ郊外の家の屋根窓からは、遠くに白い2台の風力発電機のあるのどかな田園風景が広がっていました。北ドイツ出身の夫と休暇でよく行った北海沿岸部は強風で知られており、小さな船で海へ出て陸を振り返ると、offshore wind farmと呼ばれる巨大な洋上風力発電機がずらりと並び、北海の荒々しい潮風を浴びて豪快に回転する巨大ブレード群の迫力に圧倒されます。この洋上発電はアメリカより欧州の方がずっと進んでいます。ちなみに、北海の風は想像を絶する凄まじいもので、小さな島ワンガーオーゲ(8キロ平米の横に細長い島)では、強風の日には砂浜の散歩もままなりません。風に向かって歩くと吹雪のごとく、顔に白い砂が吹き付けられ目を開けることもできません。背を向けて歩くと、風が砂を巻き上げながら背中をぐいぐい押してきます。東から西へ強風が吹いた翌日に砂浜に行くと、大掛かりな機械を使って西から東へ砂を吹き戻していました。そうしないと、島がどんどん西に移動してしまい、島の形状が変わってしまうからだそうです。ドイツの砂浜では強風対策として、パラソルの代わりに「ビーチの籠(独:Strandkorb)」と呼ばれるしっかりした重さのある木製の2人掛けの箱型ベンチを有料で借りることができます。雨よけ・日よけ・風よけ・視線隠しができ、リクライニングが可能で小物の収納を兼ねた引き出し型のフットレスト付きの優れもので、北海の強風が生み出した究極のベンチです。

  

また、欧州で省エネ政策というとエコ住宅が思い浮かびます。ドイツで住まい探しを何度も経験しましたが、近年、住まい探しの重要な条件は家賃の次に「エネルギー等級の良いもの」になっています。それまでも、冷蔵庫・洗濯機・食洗器など大型家電は、エネルギー等級の表示により等級の良いものを購入して電力コストを抑えることができるようになっていましたが、賃貸住宅にも「エネルギー証明書」による年間エネルギー消費量と等級の提示が義務付けられました。この制度で光熱費や物件の断熱性能が一目で分かり便利です。ドイツは全土がいわゆる「寒冷地」のため、断熱性能が低いと暖房費・温水費が家計費を圧迫します。彼らがお風呂に入らずシャワーで済ますのは温水代の節約にもなります。また、電力供給会社を選ぶ際、電気のエネルギー由来を確認して好みのプランを選ぶこともできます。例えば、再生可能エネルギー由来の比率が高い電力プランを選べば、環境保護に貢献できます。このように日々の暮らしの中で省エネを簡単に実行できる選択肢がいろいろとあると、人々も暮らしの中で地球環境についてより意識するようになると感じます。

 

③野生動物と狩猟~都市と自然の共存
緑豊かなドイツの都市部やその周辺地域で野生動物に出くわすたびに、自然と共存していることを強く意識するようになります。また、さまざまなユニークな標識にも出会いました。出張で山中を車で移動中、「あの△のカエルの絵は何ですか?」とクライアントがさす方をよく見ると、カエルが描かれた「注意!ヒキガエル移動中 徐行!」と呼ばれる縦三角の標識がありました。より大きなシカやイノシシだけでなく、カエルの車道侵入もあることが分かります。また、アウトバーンを車で移動中、”Grünbrücke“(緑の橋)と呼ばれるものが頭上に架かっています。これは車道を横切って反対側へ移動したい野生動物のために作られた陸橋で、動物が橋を使うことで車道への飛び出しによる事故を防ぐ取組みです。また、フランクフルトから1時間ほど北上した森林地帯を車で移動中、「注意!今日は狩猟の日!」という標識が多数目に入ってきたことがあります。そこで、森の入り口らしき場所にいたパトカーに、「注意!と書いてありますが、森から銃弾が飛んでくるのでしょうか?走行中にどう注意したらいいのですか?」と不安な顔で聞くと、「ここから先に入っていかないように、という意味で、道路を走る分には安全です。」との答えが返ってきてほっとしました。

 

ドイツでは猟友会がボランティアで狩猟を行っており、年々減少する会員数とともに狩りが減り、増えた野生動物が食べ物を探して都市部へ出てくるなど、問題になっています。私が住んでいたベルリンでは自治体が所有する森林は29000ヘクタールで自治体が所有する面積では世界最大です。あちこちの森に生息するイノシシ”Wildschwein (直訳:野生のブタ)” が、街の道路を集団で横切る様子が目撃されるようになってからは、ユーモラスを込めて”Stadtschwein (直訳:都市ブタ)”と呼ばれるようになり市中新聞の紙面でたびたびその姿を目にすることがありました。私自身、近所の森の散歩中に、目の前をイノシシ一家が猛スピードで横切るところを目撃しています。自然の生態系を維持し、野生動物と共存するには、生息地の保護だけではなく、野生動物の個体数のモニタリングやコントロールも重要な課題だと教えられました。

 

④合理的な色のルールとカラフルな表現
ドイツには社会で共通に認識されている一定の視覚的なルールがみられますが、ここでは色を使った例を挙げてみます。ごみの分別回収で使われる形状・寸法が標準化されたごみ箱の色は、グレー:生ごみ・その他ごみ、イエロー:プラスチックごみ、ブルー:紙ごみです。ゴミ袋も同じカラーになっている場合が多く、プラスチックごみ用のイエローの紐がついたイエローがかったごみ袋に他の物を入れて他のごみとして捨てることはルール違反となり、見つかると罰金です。レッドの「A」はApotheke(薬局)で、パトカーはブルー。郵便局はイエロー。また、現在、ドイツのメディアでは議会選挙後、政党間の連立交渉の話で盛り上がっていますが、政党もカラーコード化(保守:ブラック、社民:レッド、緑の党:グリーン、自由民主:イエロー)されており、「信号機連立(赤黄緑)」やジャマイカ国旗の色の組合せを使ったドイツ語の表現「ジャマイカ連立(黒黄緑)」が使われています。政治記者も「さあ、明日の交渉後、信号機のどの色が一番強く輝くのか楽しみです。」など、信号機をイメージした気の利いた表現をふんだんに使って盛り上げようとします。また、ビジュアルな表現の方が政党名よりもすんなりと頭に入ります。ただ、ドイツ政治の常識であるジャマイカ連立がジャマイカと全く関係ないことや、政党のカラーコードが頭に入っていないと、まったく話についていけないことになります。

 

合理的な色のルールとカラフルな表現

 

最後に、ドイツ語の隠れたメリットは、ドイツ語圏にスイスがあることです。数あるドイツ語の有力紙の中でも一目置かれているのが、スイスのチューリヒの有力紙Neue Zürcher Zeitungです。欧州の真ん中に位置するスイスはEUに加盟しておらず、のどかなアルプスの山々のイメージかもしれませんが、実は金融だけでなく、テクノロジーや医療など進んでいる分野が多い国です。また、国が小さいことを生かした直接民主主義的なやり方やプラグマティックな政策が印象的です。ドイツ語でスイスから発信される情報にアクセスできることは、また欧州を別の角度からみることができます。

 

英語だけでなく、ドイツ語を学んで得たことのメリットは尽きません。皆さんも英語以外の言語も併せて学んでみてはいかがでしょうか。特に米中ロシアなど大国の話題に注目することが多い今日、世界情勢を考える上で、欧州というもう一つの大きな勢力の視点を知ることは意義のあることではないかと感じます。私はこれからも日本、アメリカの視点と併せて、第3の目として、欧州の動向をしっかり追っていきたいと思います。

今回はここまでです。

 

寺田千歳 1972年大阪生まれ。日英独通訳者・翻訳者。ドイツチュービンゲン大学留学(国際政治経済学)、米国Goucher College大(政治学・ドイツ語)卒業後、社内通訳の傍ら通訳スクールで学び、 その後、フランスEDHEC経営大学院にてMBA取得。通訳歴20年内13年ドイツを拠点に欧州11カ国でフリーランス通訳として大手自動車・製薬メーカーのR&D、IRやM&A、 日系総研の政策動向に関する専門家インタビュー等を対応。現在は日本にてフリーランス通訳者。

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