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『欧州通訳の旅、心得ノート』 一緒に通訳の新しい旅に出ませんか? 寺田千歳

第12回

「最終回:言語の音域~英語よりドイツ語の方が聞き取りやすいのはなぜ?」

みなさま、こんにちは。寺田です。
さて、この連載もいよいよ最終回を迎えることになりました。欧州ではすっかり冷え込み、粉雪で真っ白な「きよしこの夜」を待つ季節です。世界中で愛されるこの曲はオーストリアの小さな村オーベンドルフの小さな教会で1818年に初めて歌われたそうです。ドイツ語の歌詞の一番は「(私訳)静かな夜、聖なる夜、すべてが眠る中、目覚めているのは聖なる夫婦だけ、巻き毛のかわいい男の子。天国のような安らぎのある眠りを。」となっており、北ヨーロッパのクリスマスイブに、窓越しに見えるあたり一面雪におおわれ静まり返った風景の中に凛と光り輝くもみの木が浮かび上がる情景を想起させる感動的な讃美歌です。毎年クリスマスになるとドイツ語で歌う歌詞をこのように自分で和訳して改めて、日本で知られている「きよしこの夜」とは歌詞が異なっており、日本語の歌には、聖なる静かな夜の情景描写~ゲルマンの冬の厳しさとそれを聖なるものと敬うような部分~が省かれているように感じました。ゲルマンの気候やイエス様の巻き毛を強調するより、日本人の心により響く歌詞にローカライズされているようです。

  

さて、最終回は、欧州で経験した言語の音域にまつわるエピソードと、コロナ禍のオンライン会議における欧州とのマナーの違いについてお話ししたいと思います。

 

1.言語周波数と聞きやすさ・発音しやすさ
日本ではよく「英語耳」と言われますが、ドイツである日本人のロゴセラピスト(日本では一般的に言語聴覚士と呼ばれる)によるセミナーで非常に興味深いことを伺いました。英語・ドイツ語・日本語の音で使われる周波数帯が以下のようにそれぞれ異なり、
日本語  125~1500 Hz
ドイツ語 125~3000 Hz
US英語 1000~4000 Hz
UK英語  2000~12000 Hz

 

英語の周波帯が広く、英語とドイツ語は1000~3000 Hzで重なり、またドイツ語と日本語は125~1500で重なっているが、UK英語は日本語と重なっていないというもの。母語と重なる周波数帯が少ない外国語ほど聞き取りにくいこと。そして、人が聴ける周波数帯域は生前~生まれたときが一番広く、徐々に周囲の環境で必要とされる音域だけに絞られていき、6歳ごろまでにその帯域は一旦固定する。よって、6歳ごろまでに聞いた言語に対してだけネイティブの耳(つまりネイティブ発音できる)になれる、というもの。つまり、日本人が大人になって英語やドイツ語会話を始める場合、一旦固定した帯域を広げなければならず、そのプロセスは6歳までの子供の場合よりもはるかに大きな負担を強いられることになります。特に、母語である日本語と周波数帯の重なりが少ない英語を耳で聞いて口で再現すること(聞いて話すこと)は、重なりが広いドイツ語よりも大変だということになります。私自身、ドイツ語の方が簡単なことがたくさんあり、それは、英語に比べて発音がしやすい、つまり口をそれほどarticulateせずに言えるからです。例えば、「きよしこの夜」のドイツ語「シュティレナハト、ハイリゲナハト」、英語「Silent Night, Holy Night」では、ドイツ語は英語に比べてあまり口を動かさずに発音できます。
アメリカ人の友人にドイツ語を教えながら気づいたことは、英語を母語とする彼らはドイツ語の「ヒェ」が「ケ」になってしまい、ドイツ語のミュンヒェン(ミュンヘンのこと)の発音が難しいようです。また、ドイツ人には日本語の「リョウ」「キョウ」などの発音が難しく、「Tokyo=>Tokio」「Kyoto=>Kiyoto」「Ryo=> Rio」と2つに分けて発音しています。外国語の発音を難しいと感じるのは万国共通ですね。

 

聞き取れる周波数帯を広げるメリット~2つの会話が同時に聞き取れる?
私は20歳前半に現地の大学へ留学し、英語やドイツ語浸けになることで聞きとれる周波帯域を広げ、その後も通訳の仕事とプライベートで英独の音に日常的に触れていました。ドイツ在住10年を過ぎたころ、3か国語通訳案件のランチタイムに不思議な出来事がありました。ドイツ人グループとドイツ語で歓談中、隣のテーブルのアメリカ人コンサルタントたちの英語の歓談が同時に頭に入ってきたのです。まさに、音の高さ(周波数)が違ったようで干渉がなく、並行して両方の話を聞いていました。双方の話のスピードがゆっくりだったことが一因だと思いますが、明らかにドイツ語と英語のそれぞれの音の高さが違っていました。3か国語案件中だったので、一度に英語とドイツ語耳になっていたからかもしれません。皆さまはこのような経験はありますか?

  

2.トリリンガルには整理整頓が必須
持ち物が多いといろんな場面に柔軟に対応できて便利な反面、整理整頓が大変です。これは言語でも同じです。特に通訳は、言葉を「音」で聞き取るため、音から正しい言葉をいち早くイメージできた方が得ですが、トリリンガルの場合、必然的に干渉が入ります。ある音(言葉)を聞いてまず浮かぶイメージがバイリンガルやモノリンガルの場合より多かったり、内容が異なっていたりします。私自身、ある言葉を聞くと、いろいろなイメージが一瞬にして頭の中を駆け巡ります。例えば、「テラ」と聞いて何をイメージしますか?「寺」「tera(-byte)」?terraはラテン語で「地」という意味で、私の場合、ドイツ国営放送のTerraXという地球や自然の歴史のドキュメンタリー番組から「地面・地球」のイメージが湧きます。mist は英語で「霧」ですが、私の場合、その音からドイツ語の口語表現でよく使われるMist(家畜の糞尿、滅茶苦茶・大失敗) の「あまりポジティブではない」ことが想起されます。同じく、giftは英語で(贈り物や才能がある)ポジティブな意味ですが、ドイツ語Giftはその真逆の「毒」を意味するため、ドイツ語の「毒されている、汚染されている」イメージが想起され、”you are gifted.”という英語表現がポジティブな意味だと頭でわかっていてもどこか違和感を感じます。また、日本語の「マス目」と聞いて、英語のgrid, cellよりドイツ語のMaße(読み:マーセ:寸法、面積など)の方が近いなと思ったりします。また、他にも日英独で紛らわしい単語の例があります。ドイツ語のAmbulanzは英語のambulance(救急車)と綴りは似ていますが、救急車ではなく、英語のoutpatient(外来診療)を意味し、また、救急車はドイツ語で Krankenwagenです。日本語で「石膏」は白いギプスのイメージが強く、英語のgypsumやplasterよりドイツ語のGips(読みギプス:石膏)が先に思い浮かびます。この「プラスター」が一番面倒で、ドイツ語のプラスターは旧市街地でいまだに見られる石畳をxxxpflaster(読み:xxxプラスター)、Pflastersteine(読み:プラスターシュタイネ:石畳の石)が想起される一方、英語のplasterには石膏の意味の他に「絆創膏」の意味もあるため、話している言語とコンテクストを意識して取り違えないようにすることが大切になります。

  

また、3言語の各言葉を聞いて、自分のどの部分で反応しているのかを考えてみました。大まかに、自分の中では、理性の言語(頭で考える)=英語、感性の言語(心で感じる)=ドイツ語、知性の言語(理解のスピードが一番早い)=日本語となり、気持ち、様子などのクリエイティブな描写をするとき、ドイツ語の音を使って表現するのが一番的確と感じるところから、ドイツ語は自分の表現の手段としてなくてはならない言語となっています。

  

3.欧州とは~3次元、多次元の世界
あるときドイツ語圏スイスの大学で微分幾何学(differential geometry)の研究をする学者が「6次元」を研究していると聞き、多次元の世界とは?と興味が湧きました。さて、日本と欧州には、私の解釈では2次元(日本)と3次元的(欧州)の違いがあるように思います。ここで2次元とは一面的な、3次元とは立体的で奥行きがあるという意味です。多様性を体現している欧州は、多次元と比喩してもいいのかもしれません。

  

照明と立体的な空間:欧州では、自宅やレストランなどのプライベート空間の灯はcolor temperature(色温度)が暖かめで、dimmerを使い、天井や壁に当てた優しい光を好み、立体的で奥行きのある表情豊かな空間作りにこだわります。また、そのような空間作りに欠かせないキャンドルについて、興味深いエピソードがあります。2018年に44年ぶりに本物のレンブラントを発見したオランダの名門画商一族の子孫Jan Six氏はあるインタビューで、「レンブラントの肖像画は電灯のない時代に描かれましたので、本当の良さはロウソクの明かりで見ないとわかりません。ちらちらと揺れるロウソクの光に照らされた肖像画の人物は表情をいっそう生き生きとさせ、あなたを見つめ返してくれます。」と言っていました。ハリーポッターの魔法の世界には動く肖像画がありますが、案外、中世にはロウソクの灯で肖像画が本当に動いているように見えていたのかもしれません。同じものを見ても、「どうやって、何を通して見るのか」によって、見え方や見える側面が異なるということではないでしょうか。通翻訳においても、同じ内容を直訳すると、対象言語によってニュアンスが異なってしまうことがあります。よって、私たちの仕事で原文に忠実に訳すためには、原文と直訳のずれを小さくするために手を入れて訳すことが重要だと思います。

  

会議中のカメラはON/ OFF?
2次元、3次元というと、コロナ禍のオンライン会議におけるマナーの違いも明確です。私の参加するミーティングでは、日本や中国の参加者は全員カメラをOFFにするので、顔は2次元のプロフィール写真ですが、一方で、欧州の参加者は全員カメラをONにして、背景フィルターをかけません。在宅の場合、リビングにいる家族やペットが映り込むこともありますが、本人は気をそらされずに仕事の話に集中しますので気になりません。音声クオリティが良くない時に「カメラをOFFにしてはいかがでしょうか」と提案しても、「I hate to turn off my camera in my meeting!」と返ってきてカメラONにこだわりが強い印象です。欧州人とのオンライン会議のマナーとしてカメラONはとても大切なことです。

 

また、これは欧州的なTransparency(透明性)と関係していると思います。欧州では家屋の窓ガラスは基本すべて透明です。プロテスタントの国オランダではこの傾向が一番顕著で、周辺国から来たヨーロピアンも驚くほど大きくて透明な窓はピカピカに磨かれており、カーテンはありません。屋内の様子や食事の中身まで丸見えです。何も隠すことはありません、さあ見てくださいと言わん限りです。ややこしいのは、欧州の常識では、だからといって立ち止まってのぞき込んだり、中の人と目を合わせたりしてはいけないのです。見て見ぬふりです。よって、オンライン会議中に相手のプライベート空間に何か面白いものが見えたとしても、話題にはせず、こちらは見て見ぬふりをするのが得策です。

 

欧州の人の生き方を見ても、仕事だけではなく、本格的な趣味やボランティアなど多面的に活動することがポジティブに考えられるため、いろんな側面を持って生きている人が多く、多次元な生き方をしているようにも見えます。私にとっては、例えば、日独英のそれぞれに異なる3言語の世界とその価値観を知ることが多次元的なものの見方への窓口だと思います。

 

さて、多様性を大切にし、個人の考えの自由を尊重する欧州では、それゆえコロナ禍のワクチン接種率が伸び悩み、クリスマス恒例イベントの開催が危うくなってきているようです。2年ぶりの待ちに待ったクリスマスマーケットが無事開催されることを祈りつつ今回の連載を締めくくりたいと思います。

 

エピローグ~今後を展望して~
今後AIが進化し、翻訳や翻訳校正作業も効率化されていく中、人間が行うPE(Post Edit)やReviewで求められるのはソースの理解力、ターゲット言語の高い運用能力です。通訳の場合は、会議中に何か資料を渡される場面では、時間が許せば即AI翻訳にかけたものをその場で活用することもできますが、機械翻訳は抜けや誤訳(主語や目的語が誤って解釈されるなど)のまだ多く、その場で文脈に合うよう修正しながら文章にしていく必要があります。つまり、AIの台頭で通訳者・翻訳者にはますます高度な言語運用能力が求められてくるのではないでしょうか。そのためにも知識習得に加えて、質の高い言葉に日々触れる積み重ねが大切だと思います。また、通訳は、内容を正確に訳すだけではなく音声を通じて、音量や口調や、その場に応じた表現を選ぶなど、瞬時に工夫することでより分かりやすいデリバリーが可能で、これはまだ人にしかできない能力ではないかと思います。

 

これから通訳を目指されている皆さんには、今後AIをどう活用していくか、機械にはまねが難しい人間ならではの部分でいかに付加価値を高めていくかを考えていくことがより大切になるのではないでしょうか。私の語学の究極のモチベーションは、さまざまな立場でそれぞれの分野で活躍される人たちのために、彼らの言葉を別の言語で代弁するという大切な仕事を通して、さまざまな視点や進化していく新しい世界を見ること、そのためにいろいろと知識や理解力を身に付けなくてはいけないことが活力となってくれます。また、現場での会議通訳を通じて、いろんな分野の専門家たちと直接お会いできることも活力源です。

 

一年間、私の欧州で通訳しながら考えたこと経験したことを気ままに綴った連載をご拝読いただきありがとうございました。ドイツを中心とした欧州における通訳について、その欧州人の価値観について、そして3か国語で生きる通訳者の視点について、皆さまの関心や理解が少しでも深まれば幸いです。最後になりましたが、ドイツでは、「Man trifft sich zweimal im Leben. (人は人生で2度出会う) 」といわれます。
みなさまとまたどこかでお目にかかる日まで、ごきげんよう!Auf Wiedersehen!
(一般訳:さようなら。直訳は「また再会する日まで!」の意)

 

References:
きよしこの夜記念教会https://www.austria-ex.com/blog/item/9913.html
ドイツ語の歌詞「Stille Nacht, Heilige Nacht (きよしこの夜)」https://www.stillenacht.com/de/das-lied/liedtext/
Sound Frequencies of Languages: https://medium.com/language-insights/sound-frequencies-of-language-714b97811408

 

ドレスデンのStriezelmarkt ドレスデンのStriezelmarkt

 

寺田千歳 1972年大阪生まれ。日英独通訳者・翻訳者。ドイツチュービンゲン大学留学(国際政治経済学)、米国Goucher College大(政治学・ドイツ語)卒業後、社内通訳の傍ら通訳スクールで学び、 その後、フランスEDHEC経営大学院にてMBA取得。通訳歴20年内13年ドイツを拠点に欧州11カ国でフリーランス通訳として大手自動車・製薬メーカーのR&D、IRやM&A、 日系総研の政策動向に関する専門家インタビュー等を対応。現在は日本にてフリーランス通訳者。

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