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峰尾香里先生のコラム 『Winding roadの果てに - ある通訳者のひとりごと』 フリーランス会議通訳者。アイ・エス・エス・インスティテュート東京校英語通訳科講師。
University of Massachusetts Lowell MBA
旅行会社、厚労省の外郭団体での勤務を経て、英語通訳者として稼動開始。金融、IT、製薬の3分野で社内通翻訳者として勤務後、現在は経営戦略、国際会計基準、財務関連を中心に様々な分野で通訳者として活躍中。

第12回:ミートローフとチョコレートケーキ

早いもので今回が2013年最後のコラムとなりました。締めくくりに何か楽しい体験談を、と考えたところ10数年前の料理教室でのボランティア通訳経験を思い出しました。自治体が開催した全6回コースのオーストラリア料理教室で、講師は20代前半の公立中学校の男性ALT (assistant language teacher)、参加者は近所にお住いの20代後半から60代の男女計15名でした。

その日のメニューはミートローフとチョコレートケーキだったのですが、いつものとおり開始1時間30分前に教室で待っていると、外国人講師が真っ青な顔で教室に飛び込んできました。聞けば、電車の網棚に当日使う全ての食材を入れたスポーツバッグを置き忘れてしまった!とのこと。早速駅に確認したところ、該当するようなバッグの届けは出ていません。周辺に大型スーパーはなく、しかも週末は閉まっている商店も多い中、主催者と手分けをして買い集め、何とか開始時間までに参加者分の食材を準備することができました。

いつものように教室がスタートし、調理もスムーズに進み、いざ試食となった時、受講生の一人が、講師、通訳者、自治体のスタッフの前に料理がないことに気がつきました。ひき肉などの材料が足りず、ちょうど参加者15名の食材しか入手できなかったのです。講師が「実は・・・。」と事の顛末を話し出すと、だれともなくミートローフ、つけあわせの野菜、チョコレートケーキを少しずつ分けてくれて、いつものように私たちの前にも料理がそろいました。

それまでの2回のレッスンは、単なる調理の説明、料理の感想で終わっていたのですが、この出来事をきっかけに、講師と受講生の距離も一気に近くなりました。雑談の中で多くの参加者が、独身の若い男性講師がなぜ人に教えられるほど料理が上手なのか関心をもっていたことがわかりました。彼の答えは、「”extended family” (拡大家族) だから。」両親が離婚してそれぞれが再婚、再婚後も隣に住み、彼は長男として10歳頃から幼い兄弟や、再婚後の両親の子供である義理の弟や妹に料理を作ってあげていたため、自然に腕が磨かれていったとのことでした。

こともなげに話す様子に、だれもが驚きを隠せなかったのですが、それを機に日豪の文化や家族事情の違いなど話題が次々に広がっていきました。講師からは「日本は治安のよい国だと聞いていたけれど、網棚に置き忘れたバッグが一瞬にして盗まれたことには落胆した。けれども自分の非を責めることなく、一緒に食材集めに奔走してくれたスタッフや、料理を分けてくれた受講生のホスピタリテイには本当に感激した。」、一方受講生からも「日頃外国の方と接する機会がないので話しかけづらかったが、自ら失敗を打ち明けてくれたことでリラックスして話せるようになった。」との感想を聞くことができました。
それまでは、受講生から質問が出たときに英訳し、講師からの回答を正確に日本語で伝えることしか頭になかったのですが、通訳者=communicatorとしての意識があれば、1回目から打ち解けた雰囲気になっていたかもしれないと反省しました。

機械のように正確無比に言語Aから言語Bに変換していくことが往々にして求められる中、通訳以外の場面での気配りや、貢献、また急なアクシデントにも快く臨機応変に対応することも通訳者の重要な資質だと気づかせてもらえる体験でした。プロ通訳者となった今も、折につけ思いだす貴重な経験です。

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2013年1月から12回、お読みいただきありがとうございました。それでは皆様(少し気が早いですが)良いお年をお迎えください!

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