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峰尾香里先生のコラム 『Winding roadの果てに - ある通訳者のひとりごと』 フリーランス会議通訳者。アイ・エス・エス・インスティテュート東京校英語通訳科講師。
University of Massachusetts Lowell MBA
旅行会社、厚労省の外郭団体での勤務を経て、英語通訳者として稼動開始。金融、IT、製薬の3分野で社内通翻訳者として勤務後、現在は経営戦略、国際会計基準、財務関連を中心に様々な分野で通訳者として活躍中。

第16回:Chance favors the prepared minds.

通訳者の楽しみの一つは、いろいろな分野の最先端の話題をいち早く耳にできることです。それぞれの分野で一流の専門家の通訳をすることは、勉強にもなり大いに刺激もうけます。しかし同時に孤独でつらい時間でもあります。参加者の中で往々にして通訳者だけが部外者でありその道の専門家ではないからです。
もちろん社内通訳者として特定の分野の知識を蓄えることもできます。しかしフリーランスともなれば専門外の分野に挑戦する機会もでてくるでしょう。語彙を知っているだけでは太刀打ちできない場合もあります。基礎知識があるかないか、概念を理解しているかどうかは時には大きな違いを生みます

Joseph E. Stiglitzのマクロ経済学・ミクロ経済学が通訳学校で教材としてかつて使われていたことがあります。来る日も来る日も経済用語と格闘し、discounted present value(割引現在価値)の公式を訳しながら「役に立つ日はくるのだろうか?」と正直疑問に思っていました。金融機関出身ではない自分には、将来この手の分野の仕事のオファーがくるとは想像できなかったからです。
はたしてそれから数年後、ある企業で財務関連の講義を通訳する機会が訪れました。割引現在価値の公式(将来のキャッシュフロー ÷(1+割引率)年数=現在価値)と概念(将来受け取るキャッシュフローが現在いくらの価値があるか)を知っていたことで、まだ新人だった当時は大いに助けられました。内容を理解して訳出しているかどうかは専門家にはすぐにわかります。通訳のcredibility (信頼性) に大きな影響を与えることもあり「たかが言葉一つの置き換え。」と侮ることはできません。

例えばMarketer向けの研修で以下の内容を通訳するとします。
「新製品の価格設定の戦略には市場投入時の価格を高く設定するskimming(スキミング)と低く設定するpenetration(ペネトレーション)があります。penetration pricingが適しているのはhigh price elasticity of demand (需要の価格弾力性が大きい) の場合です。需要の価格弾力性とは需要の変化率を価格の変化率で割った値です。すなわち価格を10%上げると需要が20%低下する場合は、需要の変化率20% ÷ 価格の変化率10% = 2となります。この値が1より大きい場合は弾力性が大きいと言います。」
これをスピーカーが猛烈な早さで話したならば、分母と分子が入れ替わってしまう、絶対値であるべきところを%にしてしまう、skimmingpenetrationを混同してしまう、といったミスが出てくるかもしれません。しかし用語のlogicが基礎知識としてしっかり頭に入っていれば、たとえ初見であっても正確に訳出できる確率はぐっと高くなります。

実際通訳として本格的に仕事をスタートすると、それぞれの分野の基礎知識を習得する時間を確保することは難しくなってしまいます。新しい分野のオファーがあっても、勉強時間がとれないため尻込みしてしまうかもしれません。いきおい仕事の選択肢も狭まってしまいます。そうならないためにも、今現在通訳学校で勉強しているみなさんには、授業の予習復習と並行して、今のうちに幅広い分野基本的な知識を習得されておくことをお勧めします。

最後に、
チャンスを逃したくなければ日頃の努力を怠ることなかれ。
“Chance favors the prepared minds.”
- Louis Pasteur ルイ・パスツール(細菌学者)

それではまた次回お会いしましょう!

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