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気になる外資系企業の動向、通訳・翻訳業界の最新情報、これからの派遣のお仕事など、各業界のトレンドや旬の話題をお伝えします。

徳久圭先生のコラム 『中国語通訳の現場から』 武蔵野美術大学造形学部彫刻学科卒業。出版社等に勤務後、社内通訳者等を経て、フリーランスの通訳者・翻訳者に。現在、アイ・エス・エス・インスティテュート講師、文化外国語専門学校講師。

第7回:魚幫水而水幫魚──通翻訳者とエージェント

『通訳翻訳ジャーナル』という雑誌をご存じでしょうか。記事の多くは英語の通訳者や翻訳者に関する話題なので、ふだんは書店などでぱらぱらと眺める程度(ごめんなさい)なのですが、一昨年の秋号は中国語や韓国語の特集が組まれ、メインの特集は「フリーランスをもっと楽しむ」と銘打ってあったので購入してみました。

この号には、フリーランスの通訳者や翻訳者に対するアンケート調査の結果が載せられており、「フリーランスの魅力・メリット」として以下のような項目が挙げられていました。

1.時間の自由がきく
2.本業+副業も可能
3.人間関係のストレスがない
4.好きな場所で働ける
5.年齢を問わず働ける

なるほど、1の「時間の自由がきく」は、例えば「九時から五時まで」などと勤務時間が決まっている宮仕えに比べればその通りかもしれません。ただし通訳者の場合は決められた日時に必ず現場へ赴かなければなりませんから、必ずしも自由とはいえないでしょう。また翻訳者は在宅でも仕事ができますが、そのぶん自律的な時間管理が求められます。

2の「本業+副業も可能」もその通りで、フリーランスであれば就業規則などに縛られることなく自由に仕事を選び、組み合わせることができます。ただし仕事時間の調整がしやすい在宅の翻訳者ならともかく、業務の日時が指定される通訳者は、収入を安定させようと固定した日時の定期的かつ長期の仕事を入れるほど、多様なオファーには対応しにくくなるというジレンマに陥ります。これについては次回の連載で述べたいと思います。

3の「人間関係のストレスがない」は大きな魅力ですが、私個人の経験では、フリーランスであるからこそ人間関係により気を使うことも多いようです。通訳者であれ翻訳者であれ、多くのクライアント(お客様)やエージェント(派遣会社など)とやりとりして向き合うことになるわけですし、対応いかんでは仕事を失うこともあるのですから。でもまあ一日限りの派遣であれば、仮にその現場に苦手な方がいたとしても「今日一日だけだから」と我慢することはたやすいでしょう。この点では確かに気楽かもしれませんね。

4の「好きな場所で働ける」は、翻訳者に限ってだと思います。通訳者は、前述した通り、指定された日時に指定された場所へ赴かなければなりません。そして5の「年齢を問わず働ける」は、通訳者や翻訳者に定年はありませんからその通り。ただし、そのぶん自己管理が重要になりますし、いつまで気力・体力・知力が持つのかは、これはもう自分次第。万一の際の保障が手薄なのも痛いところです。

一方で、「フリーランスの不安・デメリット」としては、以下のような項目が挙げられていました。

1.仕事の増減がある
2.収入が不安定
3.社会保障・福利厚生がない

はい、これらはすべてその通り! 身も蓋もない結論ですが、例えば現在「脱サラ」をしてフリーランスの通訳者や翻訳者に転じようと考えていらっしゃる方は、この点をよく吟味されるべきです。フリーランスになったばかりの頃は特に不安定ですので、多少の蓄えを用意して、最初のうちはそれを取り崩しつつ徐々に仕事を軌道に乗せていく……といった、慎重かつ現実的なスタンスが必要かもしれません。

ところで、フリーランスの通訳者や翻訳者は通常、仕事をクライアントから直接に承けることは少なく、エージェントと呼ばれる派遣会社を通じて承けることがほとんどです。まずはネットなどで通訳者や翻訳者を募集しているエージェントを探して登録し(登録の際には書類審査や面接、トライアルと呼ばれる通訳翻訳の実技試験を課せられることもあります)、エージェントがクライアントから依頼された業務を登録している通訳者や翻訳者に割り振る、という形が取られています。

エージェントの役割は仕事の割り振りだけではありません。スケジュールの調整や、業務に必要な資料の手配、会議などで必要な通訳ブースや通信機器の手配、海外への出張などでは交通や保険の手配、また現場でクライアントに手渡す名刺の作成なども行ってくれます。あまり知られていないことですが、フリーランスの通訳者が現場でクライアントに手渡すのはエージェントの会社名が入った名刺であり、個人の名刺を手渡すことはありません。そのため、フリーランスの通訳者は登録しているエージェントの数だけ異なる名刺を持っていることが普通です。

業界には、エージェントに登録せずクライアントから直接仕事を承けた方が話は早いと思われる方もいらっしゃるようです。でもそうなれば早晩、業界はダンピングが横行して「安かろう悪かろう」が幅をきかせ、まわりまわって通訳者や翻訳者が自ら首を絞めるような結果になるのではないでしょうか。また万一不測の事態に陥ったとき(直前にキャンセルになった、現場で事故が起こったなど)の補償も得にくくなりますし、超過勤務など労働条件の変化に適切な対応がしにくいなどのリスクもつきまといます。

自らの正当な利益を確保するための業界横断的な団体がない(言語によりますが、中国語には今のところありません)フリーランス通訳者・翻訳者にとって、エージェントは一緒に業務をこなしていくパートナーであるとともに、業界に一定の秩序を保つバランサーとしての役割をも担う存在なのだと思います。

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