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津村建一郎先生

津村建一郎先生のコラム 『Every cloud has a silver lining』 東京理科大学工学部修士課程修了(経営工学修士)後、およそ30年にわたり外資系製薬メーカーにて新薬の臨床開発業務(統計解析を含む)に携わる。2009年にフリーランスとして独立し、医薬翻訳業務や、Medical writing(治験関連、承認申請関連、医学論文、WEB記事等)、翻訳スクール講師、医薬品開発に関するコンサルタント等の実務経験を多数有する。

第8回:テロメア問題

今回は個体や細胞の寿命とテロメア問題について考えてみましょう。

ヒトの体の細胞は、だいたい50回程度分裂すると細胞分裂が出来なくなります。この様に細胞分裂が出来なくなった細胞を「老化細胞」と呼びますが、細胞分裂が出来ないからと言って直ぐに細胞が死んでしまう訳ではありません。実験室での研究によりますと、老化細胞であっても環境が良ければ数週間~数ヶ月は生きているそうです。
一方、がん細胞は、50回をはるかに超えて、際限なく細胞分裂が出来るため、いつまで経っても老化細胞にはなりません。

自然に分裂を止めてしまう正常細胞と、何時までも分裂を続けられるがん細胞では一体何が違うのでしょうか?

そのひとつの可能性として「テロメア」があります。このテロメアは細胞の寿命を決めていると言われており、引いて人間の寿命にも深く係わっていると言われています。
今回はこのテロメアに関する話題を紹介します。

Ⅰ.テロメアとは

1)DNAの末端にくっついている
ヒトのDNA(遺伝子)は直線状の1本の糸の様な分子です。そして、DNAの遺伝情報は4種類の塩基;アデニン(A)、シトシン(C)、チミン(T)、グアニン(G)で記録されています。

DNAを構成する4つの塩基
図1.DNAを構成する4つの塩基
https://kusuri-jouhou.com/pharmacology/bunretu.htmlより)

そして、この塩基はリン酸と糖(デオキシリボース)で出来た土台にくっついています。

DNAの最小構造(ヌクレオチド)
図2.DNAの最小構造(ヌクレオチド)
https://kusuri-jouhou.com/pharmacology/bunretu.htmlより)

この塩基+リン酸+デオキシリボースから成る最小構造をヌクレオチドと言い、これが多数繋がってDNAとなります。

DNAの構造の例(ポリヌクレオチド)
図3.DNAの構造の例(ポリヌクレオチド)
https://kusuri-jouhou.com/pharmacology/bunretu.htmlより)

長いDNAですとこのような構造が連なって、実測で1メートル程度の長さになります。この様に長いDNAを図式化するときには、共通構造のリン酸と糖で出来た土台を省略して、塩基の並びだけで表示します(図4)。

DNA構造の表示例
図4.DNA構造の表示例

この時のルールとして、DNAの始まりである「3末端」を左にして、終わりである「5末端」である右端に向けて塩基の頭文字を並べていきます。
実際のDNAはこのDNAが逆向きに2本くっついて、有名な「二重らせん(double helices)」を構成しています。そしてこの2本のDNAには、全く同じ遺伝情報が書かれています。
この様な二重らせん構造を取ることによって、DNAは極めて安定した構造となります。

DNAの二重らせん
図5.DNAの二重らせん
https://www.nite.go.jp/nbrc/genome/description/analysis1.htmlより)

そして、テロメアですが、テロメアはDNAの5末端にくっついていて、ヒトではTTAGGGという塩基の並びが1000回以上繰り返されています。
このテロメアには遺伝情報がありませんので、図4の様なDNA構造の表示には出てきません。そこで、図4にテロメアを書き入れると下図の様になります。

DNA構造+テロメア(1本鎖)
図6.DNA構造+テロメア(1本鎖)

実際のDNAはこの様に5末端からテロメアの尻尾が生えた2本のDNAが逆向きにくっついた形になっています。それをあえて図にしますと・・・

DNA構造+テロメア(2本鎖)
図7.DNA構造+テロメア(2本鎖)

通常、両端にあるテロメアの尻尾は2本鎖DNAの内側に折りたたまれて格納されています。

2)細胞分裂の度に短くなる
このテロメアの問題点は、細胞分裂の度に少しずつ短くなることです。

上述しました様に、DNAの実構造は2本のDNA分子が逆向きに結合していて、この2本のDNAは同じ遺伝情報持っています。
細胞分裂の際には、この2本のDNAが引き離されて、1本鎖DNAになります。これを鋳型として、新しい細胞用に新しいDNA鎖(娘鎖:daughter chain)を合成します。この様に、一方のDNAが元の細胞から、もう一方のDNAが新たに合成された鎖となって次世代の細胞に伝わります。これを半保存的複製(semi-conservative replication)と呼んでいます。

この半保存的複製の際に事件が起こります。
新たな娘鎖を合成する酵素をDNAポリメラーゼと言いますが、この酵素がDNAを合成する際には、必ず親鎖の3末端(テロメアのない方の端)から作業を行う必要があります。そして、DNAの複製は親鎖を引き裂きながら娘鎖の合成を行っていきます。

親鎖のDNAがどちらか端から引き裂かれ始めると、一方の親鎖は3末端にDNAポリメラーゼが結合しますので、そのまま順方向でスムースに娘鎖の合成が進んでいきます。この3末端から順方向に合成が進む親鎖をリーディング鎖と言い、テロメアの合成が最後になります。
一方、残されたもう1本の親鎖は5末端(正確にはテロメアの末端)しかなく、DNAポリメラーゼが結合する3末端がありません。これをラギング鎖と呼びます。
そこで、ラギング鎖のある一定の範囲が引き裂かれたところで、親鎖を鋳型にして短い娘鎖を便宜的に作ります。この短い娘鎖の3末端にDNAポリメラーゼが結合することで正式な娘鎖の合成が始まりますが、合成していく向きがDNA複製の方向と逆になっています(図8参照)。

DNAの複製、リーディング鎖とラギング鎖
図8.DNAの複製、リーディング鎖とラギング鎖

このラギング鎖で逆向きの合成が行われる範囲(図8の赤矢印)を「岡崎断片(名古屋大学の岡崎教授グループが発見)」と言い、ラギング鎖ではDNA合成が岡崎単位で不連続に行われていきます。このことから、容易に想像できる様に、ラギング鎖でのDNA合成はリーディング鎖より時間がかかるのです。
ところが、リーディング鎖のDNAポリメラーゼは、娘鎖(のテロメア)の合成が終わると「複製終了」のサインを出してしまいます。「複製終了」のサインを受け取った細胞は、ラギング鎖のDNAポリメラーゼにも作業を止めるよう指令を出します。
このとき、ラギング鎖でのDNA合成はまだ続いています。正確に言いますと、時間的にはDNA本体の複製は終わっているのですが、テロメア部分の合成の真っ最中に作業終了の指令を受けてしまい、テロメアの合成を完了することなく終わってしまいます。
この結果、ラギング鎖のテロメアは、元のテロメアより短くなってしまうという現象が起こります。

言い換えますと、DNAの5末端にくっついているテロメアは、このラギング鎖での合成の遅れがDNA本体に及ばないようにしている緩衝地帯となっているのです。

Ⅱ.テロメア問題

1)テロメアは細胞寿命の導火線
以上見てきました様に、テロメアは細胞分裂の度に短くなります。
そして細胞分裂が繰り返されて、テロメアがある限界以上に短くなると、その細胞では分裂が起こらなくなり、老化細胞となります。
これは細胞自身の保身対策のひとつと考えられていて、テロメアが極端に短くなると、DNA本体の複製が間に合わなくなり、DNA本体にキズが付いてしまいます。
DNAにキズが付きますと、①それを察知した細胞はアポトーシス(自らを破壊する行為)を起こして自殺する、もしくは、②がん細胞化して、際限なく増殖を始め、回りの組織に浸潤していく、のどちらかになります。(ちなみに、健康な人でも1日に数千個のがん細胞が発生していますが、通常は免疫システムに発見されて、ことごとく破壊されます。)いずれにせよ、DNAにキズが付いて破壊されないように、自ら分裂を止めて老化細胞になる・・・と言うことです。
しかし、老化細胞になったからと言っても何時までも生存できる訳ではないので、熟年期の人間は加齢と共に老化細胞が増えていき、いずれは寿命が尽きることになます。

2)テロメアが関係しない細胞もある
テロメアを持っているのは、糸のような直線性のDNAだけです。
細胞の中には自らのDNAを持ったミトコンドリア(その昔は、独立した寄生細胞だったと言われています)というオルガネラ(細胞部品)があります。ミトコンドリアは細胞内でエネルギーを作り出す発電所の役割をしている重要な部品です。このミトコンドリアのDNAは環状DNAと言う輪っかになったDNAですので、末端がなく、テロメアも存在していません。しかし、その様なミトコンドリアも分裂を繰り返すとやがて分裂出来なくなり、老化ミトコンドリアとなりますので、老化は必ずしもテロメアだけに依存しているのではなさそうです。
さらに、テロメアがあっても、細胞分裂を起こさない、もしくは、極めて稀にしか分裂しない細胞では問題とはなりません。その様な細胞として、脳神経などの中枢神経細胞や心臓の心筋細胞があります。これらの細胞は、幼児期にある程度分裂して数を増やすと、それ以降は一生涯分裂しません。
とはいうものの、例えば脳神経細胞は40歳を過ぎると1日10万個ペースで死んでいくと言われています。テロメアが関係していなくても多くの脳細胞が壊れていっているのです。

3)テロメアを修復するテロメアーゼ
一方で、テロメアがあるのに盛んに分裂する細胞もあります。
代表的なのが、精子や卵子などの生殖細胞です。生殖細胞は、子孫の体を作る基となる細胞ですので、その細胞が親と同じ長さのテロメアしか残っていないとすると、子供の方が親より先に寿命が尽きてしまいます。
そこで、生殖細胞は分裂する度にテロメアを基の長さに修復しています。これを担当している酵素がテロメアーゼです。この酵素のお陰で、生まれてくる子供の細胞のテロメアは十分な長さを持っていることができます。
テロメアーゼはどの細胞にもあるのですが、特に人間ではその量・活性とも極めてわずかです。

ところが、多くのがん細胞ではこのテロメアーゼを多量に発現させていて、分裂の度にテロメアーゼでテロメアを修復しています。それ故に、がん細胞は際限なく増殖することが出来るのです。
また、がん細胞のテロメアは正常細胞に比べてかなり短いことが解っています。テロメアはDNAを安定化させる作用があるようで、短いテロメアしかないがん細胞のDNAは別のDNAと簡単に癒着を起こし、様々なミューテーションを誘発することが解ってきました。逆に、がん細胞のテロメアを人工的に長くすると、がん細胞の沈静化が起こり、無闇に分裂が起こらなくなることも解ってきました。これはがん治療に関する大きなヒントと考えられています。
いずれにせよがん細胞は、自分に都合の良いテロメアの長さに調節しているのかもしれません。

4)テロメアは十分条件
以上、テロメアに関する最新のトピックスをご紹介しましたが、個体や細胞の寿命にテロメアがかなり関与していると考えられますが(十分条件)、個体や細胞の寿命にテロメア必ずしも必須という訳ではないようです。
下図は、ヒトとマウスとハエとセンチュウの寿命を同じ横軸スケールにしたときの生存曲線です。寿命を同じスケールにすると、どの動物もその曲線がほぼ同じカーブを描いていることが解ります。

ヒトとマウスとショウジョウバエとセンチュウの生存曲線
図9.ヒトとマウスとショウジョウバエとセンチュウの生存曲線

マウスの細胞には人間よりもずっと多量のテロメアーゼがあることが解っています。一方で、ハエとセンチュウにはテロメアが存在していません。
それにもかかわらず、ヒトとマウスとショウジョウバエとセンチュウの生存曲線はほぼ同じカーブを描いています。このことから、テロメアの存在は個体の寿命に対して十分条件ではあるものの、必要条件ではないと考えられます。
生物の寿命は、テロメアとは違う遺伝子でプログラミングされているのかもしれません。
いずれにせよ、一見無駄に見えるテロメアでさえ、研究が進むと生命にとって重要な働きをしていることが解ってきました。生命の神秘はこれからも解明されていくことでしょう。

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