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津村建一郎先生

津村建一郎先生のコラム 『Every cloud has a silver lining』 東京理科大学工学部修士課程修了(経営工学修士)後、およそ30年にわたり外資系製薬メーカーにて新薬の臨床開発業務(統計解析を含む)に携わる。2009年にフリーランスとして独立し、医薬翻訳業務や、Medical writing(治験関連、承認申請関連、医学論文、WEB記事等)、翻訳スクール講師、医薬品開発に関するコンサルタント等の実務経験を多数有する。

第10回:アポトーシスとは

今回は、なんだか怖そうな「アポトーシス」について考えてみましょう。

1.細胞の死に方
私たちの身体を作っている細胞は、細胞分裂などを介して誕生し、それぞれの組織での活動を行う特殊機能を備えた細胞に分化し、そして、歳終えて死んでいきます。
ある組織の細胞が死ぬ場合には二とおりの死に方があります。

1)ネクローシス(necrosis)
ネクローシス(necrosis)とは、日本語で「壊死(えし)」ともよばれますが、細胞がいわゆる「事故死」することです。
例えば、外傷などの怪我で細胞膜が破れたり、インフルエンザなどの感染ウイルスに感染されたり、脳梗塞や心筋梗塞などの様に血管が詰まって、生存に必要な酸素の供給がストップすることで、細胞が突然死んでしまう現象を言います。
ネクローシスの場合は通常、外部からの力で細胞が破壊されますので、細胞の内容物が周囲に飛び散り、その一帯は大変なことになります。この状態を炎症と言い、周囲の細胞が炎症性サイトカインなどを放出して、異常事態が発生したことを身体に伝えます。

2)アポトーシス(apoptosis)
アポトーシス(apoptosis)とは、細胞が自ら死んでいくという、いわゆる細胞の「自殺」のことです。
身体の全ての細胞は、ある条件をみたすと自殺するようにプログラムされた遺伝子を持っています。従って、アポトーシスのことを「プログラム細胞死」と呼ぶこともあります。
一方、アポトーシスの場合は細胞の中から崩壊していきます。具体的には、細胞内の核にあるDNAが自然にバラバラになってしまうのです(DNAの断片化ともいいます)。DNAがバラバラになると、細胞の構造成分がアポトーシス小体(apoptotic body)と呼ばれる、細胞膜で覆われた小さな泡状の破片になり、やがて、アポトーシス小体はマクロファージなどに取り込まれて静かに消えていきます。
この様に、アポトーシスでは細胞の内容物が周囲にばらまかれることがなく、炎症が起こりません。

3)ネクロトーシス(necroptosis)
これは、事故死であるネクローシスとプログラム死であるアポトーシスの中間に位置する細胞死で、最近、その存在が確認されました。
サイトメガロウイルスなどのある種のウイルスなどが細胞感染すると、アポトーシス阻害物質を放出して感染細胞が自殺しにくくします。また、一生涯死なないと言われている神経細胞のように、もともと細胞内におけるアポトーシス活性が低い細胞の場合には、いわゆるプログラム細胞死の仕組みがうまく機能しないことがあります。
このようなアポトーシスによる細胞死の仕組みが阻害された細胞においては、本来はこうした無秩序で受動的な死のあり方であるはずのネクローシスが細胞内の内的なプロセスに従った自発的な形でもたらされる場合があり、それをネクロトーシスと呼びます。

2.成長に欠かせないアポトーシス
「細胞死」とか「プログラム死」とか言われますと、なんだか起こって欲しくない気がしますが、実は、受精卵がお母さんの胎内で胎児となる過程にアポトーシスは必要不可欠なのです。
この様に、オタマジャクシの尾の消失や胎児の手の水かきの消失、昆虫の変態、などの様に、生物は発生(成長)するときに、新しい細胞を作り出すと同時に、不必要な細胞をアポトーシスの作用で消していきます。

http://amataroujr.blog.fc2.com/blog-entry-95.htmlより)

人体の細胞において作用しているアポトーシスの例としては、
  1 胎児における手足の指の形成
  2 胎児における尾の部分の消失
  3 目の水晶体における透過性の確保
  4 脳内における効率的な中枢神経システムの形成
  5 ウイルスに感染した細胞の除去
  6 ガン細胞化などの重大な遺伝子異常をきたした細胞の除去
  7 より機能性に優れた生殖細胞の選別
  8 外敵のみを撃退する適切な免疫システムの構築
といった全部で8とおりの例を挙げることができると考えられています。

この様に、病原性の強いウイルスに感染した細胞がアポトーシスすることで、周囲の健康な細胞に伝染するのを防ぐなど、生物の命を守るためにも細胞レベルでのアポトーシスは必要不可欠なのです。
ちなみに、がん細胞はこのアポトーシスの機能が止まっていますので、がん細胞は「死ねなくなった正常細胞」とも言うことができます。

3.アポトーシスが起こるメカニズム
これまで見てきました様にアポトーシスは「プログラムされた細胞死」のことですが、ではどの様なプログラムでアポトーシスは動き出すのでしょうか?
アポトーシスに強く関連しているが、ガスパーゼという酵素とミトコンドリアです。

http://www.i-l-fitness-jp.com/comment/a-apoptosis.htmlより)
【図1】アポトーシスにおいてDNAが断片化されアポトーシス小体ができる過程

アポトーシスが起こるには、外部経路と内部経路という大きく2つの経路があります。いずれの経路においても、カスパーゼと呼ばれるタンパク質分解酵素が活性化される連鎖反応により、最終的にカスパーゼ3と呼ばれる酵素とが、アポトーシスの誘導に大きく関わっています。

1)内部経路
細胞の中にある小胞体(endoplasmic reticulum)はCa2+(カルシウムイオン)を貯蔵しているオルガネラで、小胞体内のCa2+濃度は0.1~1mモルに保たれています。

http://www.hi-ho.ne.jp/tomiyo-de/new/origin_of_life.htmより)
【図2】細胞内のオルガネラ

一方、細胞内やミトコンドリア内の Ca2+濃度は100 nモル程度です(小胞体内の1万分の1以下)。アポトーシスが起こる引き金は、小胞体からのCa2+の放出です。Ca2+が放出されると、それをミトコンドリアが取り込むことで、アポトーシスが始動します。
アポトーシス誘導因子が放出されると、Bax(アポトーシスを全面的に誘導する)というタンパク質が働き出します。ミトコンドリア内にBaxが蓄積すると、ミトコンドリア膜透過性遷移孔というミトコンドリア上にあるチャネル(いわゆる穴)が開いて、シトクロームCに代表される各種アポトーシス誘導因子が細胞内に放出されます。
放出されたシトクロムcはアポトーシスプロテアーゼ活性化因子-1(Apaf-1)と結合し、シトクロムcとApaf-1の複合体がカスパーゼ9を活性化します。このカスパーゼ9がカスパーゼカスケードを連鎖状に活性化さ、最後にカスパーゼ3が活性化されます。

2)外部経路
外部経路は細胞膜上に存在するFasという受容体に、隣り合う細胞やアポトーシスを行う細胞そのものから分泌されたFasタンパク質(リガンド)が結合することでスタートします。
Fas受容体にFasリガンドが結合すると、細胞内に細胞死のシグナルが送られ、カスパーゼ8が活性化され、各種アポトーシス誘導因子が細胞内に放出されます。そして活性化されたカスパーゼ8がカスパーゼカスケードを連鎖状に活性化させ、最後にカスパーゼ3が活性化されます。

https://atomica.jaea.go.jp/data/detail/dat_detail_09-02-02-21.htmlより)
【図3】アポトーシスの経路

カスパーゼ3が活性化されると最終的にDNAが断片化され、アポトーシスとなります。活性化したカスパーゼ3は、CADと呼ばれるDNA分解酵素を活性化し、この活性化CADはDNAをヌクレオソーム単位で切断していきます。DNAが断片化されると、細胞内の成分がアポトーシス小体と呼ばれる泡状の小体に詰め込まれ、最終的にマクロファージに貪食されます。これにより、アポトーシスにおいては炎症が惹起されることはありません。(図1)

4.ネクローシスで炎症が起こるメカニズム
以上の様に、アポトーシスは周囲の細胞や環境に影響を与えることなく、静かに進行し、終了します。
一方、突然の外圧で不慮の死を遂げるネクローシス(壊死)は、細胞の中身を周囲にぶちまけて死んでいきます。細胞というミクロ単位ですので、それほど影響はないように思われますが、例えば、リソソーム(lysosome)(図2参照)は細胞内の老廃物などを分解消去する消化器官ですので、その中には消化酵素や分解酵素が沢山詰まっています。その様な物騒なものが周囲に拡散されるのですから、周囲の環境に影響しない訳がありません。 この様にして炎症(inflammation)が起こります。

1)炎症が起こるメカニズム
炎症は、外来異物や死んでしまった自分の細胞を排除して生体の恒常性を維持しようとするときに起こる反応です。
最近、細胞間(細胞の外側)物質として、通常は細胞間に存在しない成分やヒトにはない細菌やウイルスの構成成分を認識するセンサーが、あらかじめ体の中に存在することが解ってきました。そのセンサーが感知する刺激のことをDanger Signalと呼んでいます。
通常は細胞の中に留まっているある種の成分が、ネクローシスで細胞外に出ると、それをこのセンサーがDanger Signalとして感知し、炎症反応を引き起こすことが分かってきました。このような炎症については、細菌やウイルスの成分が引き起こす感染性の「炎症」とは区別して、非感染性の「自然炎症」と呼ぶことがあります。
この様なDanger Signalが免疫細胞などのアンテナを刺激すると、炎症性サイトカインの放出を促進したり、組織へ免疫系細胞を遊走させて、炎症を起こします。そして、炎症により、患部付近に血液やリンパ液が大量に溜まると、「腫れ」を引き起こし、これがまわりの神経を刺激して痛み(疼痛)を起こします。

2)炎症時に冷やすのは逆効果!
炎症で患部が熱を持ったり、腫れてくると、ついつい冷やしてしまい
ます。しかし、冷やすと患部の血管を収縮させることになり、血流を低下させます。そうすると、回復に必要な細胞(血小板や赤血球)の供給が遅れて、修復や回復が遅くなってしまいます。 重度の炎症などが起こっているときは、身体を温めることで、回復を早めることができます。とにかく血行をよくすることが大切で、体温が1度あがれば、免疫機能は5~6倍高まるという報告もあります。

以上、アポトーシスとネクローシスについて説明してみましたが、ご理解頂けましたでしょうか。

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