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津村建一郎先生

津村建一郎先生のコラム 『Every cloud has a silver lining』 東京理科大学工学部修士課程修了(経営工学修士)後、およそ30年にわたり外資系製薬メーカーにて新薬の臨床開発業務(統計解析を含む)に携わる。2009年にフリーランスとして独立し、医薬翻訳業務や、Medical writing(治験関連、承認申請関連、医学論文、WEB記事等)、翻訳スクール講師、医薬品開発に関するコンサルタント等の実務経験を多数有する。

第15回:『の』重なりを防ぐ

そろそろ新年度への準備が始まりだし、ISSIインスティテュートの方でもメディカル翻訳の基本コース(短期)が始まりました。その課題添削の中で「『の』重なりを防ぐ」方法についての質問がありましたので、今回はこのことについて考えてみたいと思います。

1.『の』重なりとは・・・

次の英文(タイトル)を訳してみましょう;

Guideline on Strategies to Identify and Mitigate Risks for FIRST-IN-HUMAN CLINICAL TRIALS with Investigational Medicinal Products.

これは、新薬をヒトに世界で初めて投与する(FIRST-IN-HUMAN)際に考慮すべき事項についてのガイドラインのタイトルです。
この英文の和訳例を以下に示します。翻訳された方のコメントは、色々悩んだ挙げ句にこの様な訳文にしましたが、『の』が多すぎて・・・とのことです。

和訳例1:被験薬ヒト初回投与臨床試験リスク特定及び低減ため戦略に関するガイドライン

この和訳文の様に、一文の中に『の』が連続して出てくる現象を『の』重なりと言い、

『の』が3回以上連続するのは悪文

とされていて(日経XTECHなど)、『の』の連続は2回までとするのが書き言葉での慣例となっていることは覚えておきましょう。

もうひとつの例を示しましょう。

A nurse has made resignation offer suddenly this morning.

和訳例2:今朝看護師から突然辞職申し出

とはいうものの、文学的にはリズムを重んじた『の』重なりの名文というものもあります。
行く秋の大和の国の薬師寺の塔の上なるひとひらの雲(佐佐木信綱)

この名文は『の』によって独特な余韻を醸し出しているのですが、ビジネス文章であるメディカル翻訳にこの様な文学的表現は要求されません。

2.『の』重なりが悪文になる理由

では、何故『の』重なりが悪文になるのでしょうか?

和訳例の1や2を呼んでみますと、
 ・稚拙な印象を受ける
 ・文章が間延びして見える
 ・いかにも翻訳日本文(通常の日本文では出てこない)を印象づける
という様に感じ、作者の作文技術の未熟さがうかがわれます。

メディカル文章の国内での一般的な印象は「高尚で難解」ですので、そこに上述の和訳例の様な『の』重なりが出てきますと、 幻滅する=悪文 と評価されることになります。

英語と日本語は、文化も構造も発想も使い方も全く異なる言語ですから、単純に比較する訳にはいきませんが・・・強いて言うならば;

● 英語の構造は名詞的
⇒ 英語は語順で内容を解釈する言語で、通常は、 主語+動詞+目的語 の形となります。この時、主語は基本的に「名詞」で、この名詞(主語)に対する説明が動詞以下に示されます。つまり、 名詞+説明 が英文の基本ですので、「英語の構造は名詞的」と言われます。

● 日本語の構造動作的
⇒ 一方、日本語は助詞(てにをは)で内容を解釈し、また、平気で主語を省略してしまうという、世界的に見ても極めて特殊な言語です。さらに、大概は一番重要なことが文末にきて、ひどいときは、一番重要なことまで省略されている(読者の忖度に期待する)ことがあります。つまり、主語(主要な名詞)が出てきませんので、文章的には 動詞=動作的 な表現となります。

例えば「立ち入り禁止」という語句を考えてみましょう。

⇒ 日本語の意味は「立ち入る(という動作)」を禁止していることになります。

一方、「立ち入り禁止」に相当する英語を見てみますと、 Keep outやOff limits などが代表的ですが・・・
⇒ 英語の意味は「Out(外:名詞)」という状態を Keep=維持する、あるいは「limits(境界、限界:名詞)」に対して off=から離れて、の外で となります。

この様に、名詞が中心の英文をそのまま和文に翻訳してしまうと、必然的に『の』が増えてしまうのです。

しかし、動作的表現を好む日本文では、この様な『の』重なり(名詞中心)の文章は奇異に感じる(感覚に合わない)ため、 『の』重なりは悪文! と評価されてしまうのです。

3.『の』重なりを解消する方法

ベタ訳した和訳文の『の』を伴う名詞的表現を動作的表現に変えれば良いのです!
この時2つまでの『の』重なりは許されることに注意しましょう。

対策の事例を以下に示します。

1)「~の」を「~にある」や動作的表現に変えてみる。
  事務室ロッカー2段目棚 ⇒ 事務室にあるロッカーを開けた2段目

2)「~の」を省略してみる。
  代謝時エネルギー低減促進 ⇒ 代謝時のエネルギー低減の促進
                  ⇒ 代謝時のエネルギーの低減促進

3)「~の」を「~に関する」や動作的表現に変えてみる。
  入院患者増加対応検討 ⇒ 入院患者増加に関する対応検討(を検討する
  緊急患者初期対応手順確認 ⇒ 緊急患者初期対応に関する手順確認(を確認する

4)場面に関する場合:「~の」を「~に際して」、「~における」や動作的表現に変えてみる。
  ショック時エピネフリン注射部位選定 ⇒ ショック時エピネフリン注射における部位選定

以上を踏まえて、前述の和訳例1及び2の『の』重なりを解消してみてください(標準解答は文末参照)。

ちょっとブレイク:OKの語源 OK(オーケー、オッケー)は完全に日本語として定着していますが、その語源に関しては諸説あります。その意味は「了解です」とか「大丈夫です」となります。英文ではO.K.とも書かれますので、何かの略語と考えられます。
最も信憑性が高いと思われる起源は、1840年の米国大統領選挙において、大統領候補マーティン・ヴァン・ビューレンを支持する民主党支持者達がoll korrect(all correctの旧表記)を略してO.K.としたことで大流行しました。
その後、大西洋を渡って欧州でも使われる様になると、世界的にも認知されて、中国や日本でも使われる様になった・・・とのことです。



4.もうひとつの悪文:『は』重なりとは・・・

『の』重なりと並んで、翻訳の初心者に見られる悪文が 『は』重なりです。

学校の国語の時間に「『~は』は主語を表しています」と教わった方も多いかと思います。確かに『~は』にはその用法もありますが、最もよく使われるのは;

その後に話題の提示があることを示すサイン

としての用法です。これは学校では教えてくれない用法ですが、私たち日本人は経験的にそれを理解しています。

例えば「あのレストランは美味しい」という場合、「あのレストラン」を主語と考えると、レストランという物質(建物や調度・食器など)が「美味しい」と言う意味になります。がしかし、そうでないことは明白ですよね。

この文章の意味するところは

あのレストラン(が出す料理)は美味しい
と言うことであり、日本語特有の省略が起こっていることが解ります。

従って、聞き手(読み手)は「あのレストランは・・・」と来た時点で、このあとにレストランについての話題の展開があるのだな・・・と身構えることになります。

この様に、日本語で「~は」と言う場合、その後に話題の展開があることを期待させますので、読み手は文章全体が提示されるのを辛抱強く待ちます。
ところが、その待っている間に2つめ、3つめの「~は」が出てきますと、読み手は2重3重に辛抱強く待つことを強いられるため、 読みにくい文章だ!=悪文 となってしまうのです。

その事例を示しましょう。

次の英文とその和訳例を見てください。

However, for some novel medicinal products this non-clinical safety programme might not be sufficiently predictive of serious adverse reactions in man and the non-clinical testing and the design of the first-in-human study requires special consideration.

和訳例3:しかしながら、一部の新規医薬品について、このような非臨床安全性プログラムヒトにおける重篤な有害反応の十分な予測不可能であり、非臨床の試験方法およびヒト初回投与の試験デザインに特定及び低減特別な考慮を要する。

一文の中に「~は」が4回出てきます。この様な入れ子状態(多重に待機させる状態)の文章を解読するにはかなりの忍耐と辛抱が必要になるため、「悪文」の烙印が押されてしまうのです。

以上を踏まえて、前述の和訳例3の『は』重なりを解消してみてください(標準解答は文末参照)。











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和訳例1及び2の『の』重なりの解消:標準解答

和訳例1:被験薬のヒト初回投与の臨床試験のリスクの特定及び低減のための戦略に関するガイドライン

標準解答1⇒ 被験薬をヒトに初めて投与する臨床試験でリスクを特定し、軽減するため戦略に関するガイドライン

和訳例2:今朝の看護師からの突然の辞職の申し出

標準解答2⇒ 今朝看護師からあった唐突な辞職申し出

和訳例3:しかしながら、一部の新規医薬品については、このような非臨床安全性プログラムはヒトにおける重篤な有害反応の十分な予測は不可能であり、非臨床の試験方法およびヒト初回投与の試験デザインには特別な考慮を要する。

標準解答3⇒ しかし、一部の新規医薬品でこの非臨床安全性プログラムによって、ヒトでの重篤な有害反応を十分に予測することが出来ないかもしれず、非臨床の試験方法やヒトに初めて投与する試験のデザインに特別な配慮が必要である。

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