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気になる外資系企業の動向、通訳・翻訳業界の最新情報、これからの派遣のお仕事など、各業界のトレンドや旬の話題をお伝えします。

西山耕司先生のコラム 『なるようになる!』 日本大学文理学部社会学科卒、メーカーでの営業職を経て、現在は社内翻訳・通訳者として外資系企業に勤務。2009年からは、フリーランスとしても稼働開始。翻訳・通訳者として豊富なキャリアを持つ。ISSインスティテュートのレギュラーコースでは「総合翻訳・本科」「ビジネス英訳・本科」など、上級レベルのクラスを担当し、プロ翻訳者の育成に力を注いでいる。

第5回:翻訳実務ティップスあれこれ

“AIR LOCK”
さて、これはなんでしょう?

これはかつて私が海外営業を担当させていただいた錠前メーカーの20年ほど前の英文カタログ中のある製品の表記です。日本語では「空錠(そらじょう)」と言いますが、英語では元々”Passage Latch” と呼ばれていて、ドアの内側からも外側からも施錠できないノブやレバーハンドルの付いた金物のことです。施錠する必要ない部屋や通用口のドアに使用します。それが分かると日本の建築業界で金物の一般的な呼び名として確立されて久しいこの「空錠」、実に上手いネーミングだと思いませんか?20年も前だとインターネット上での素早い検索や電子メールに写真等の大量のデータを添付して瞬時に転送したりすることが今のように一般的ではなかったので、翻訳を担当された(おそらく外部の)方が「空錠」という字面だけを見て”Air Lock”と単純に当て込んでしまったのだと推測します。このメーカーは現在では海外での売り上げや現地の営業・生産拠点もぐんと増えて、カタログやその他の技術情報もしっかりとした英語版のものが揃っていますし、私もたまに単発でお手伝いさせていただいております。このような、私にとって慣れた業界の案件でも最新の技術やトレンドを翻訳に正確に反映させるためにはインターネットはとても大事なツールです。

その他、特に自分の専門外の翻訳依頼を受けた時に私がすることのひとつはその分野の海外の会社(英語が母国語の国にある一流どころがベストです)のサイトに行って、製品や商品のカテゴリーごとにどういった用語が一般的に使用されているのかを調べることです。その国や該当の地域の経済圏を束ねる業界団体や規制当局があればそこからも使える情報がたくさん入手可能です。

保険を含む金融の案件なら金融庁の英文HPや海外の当局及び大手コンサルタント会社のサイトも見に行きます。そうでもしなければ金融庁の主導する「顧客本位の業務運営」の対訳に”Fiduciary Duty”は当てられないでしょう。法制の改正など日本国内の業界全体に大きな影響を与えそうな出来事は海外の通信社のサイトなどでも英文で記事が載りますのでそこもチェックしておきたいところです。

話は「空錠」の例に戻りますが、”Passage Latch”は日本語の時よりも大分スペースを取ります。この手のものはワードのベタ打ちならよいのですが、精巧に作り込まれたパワーポイントプレゼンテーションの中の表記の翻訳になるとその処理が大変です。外資の会社であれば閲覧できる範囲でオリジナルが英語で同じようなテーマの書類を探してどう処理されているか確認するのもよいでしょう。本社サイドが使用している略語は内部書類であればそのまま使ってまず差し支えないはずです。その他にフォントを識別可能な範囲で最小にするなどいろいろ工夫をしてみてもはみ出してしまうものは仕方がないのでその部分の枠を多少広げます。結果として全体のシートサイズを超えてしまう場合がありますが、私の場合はその旨の断りを入れて後のレイアウト微調整は依頼元にお任せするようにしています。

その他、画像として貼り付けられたデータで上書きができない場合は元データを送ってもらうようお願いしたり、それが無理なら単純な表やグラフ中の項目等は新たに張り付けたテキストボックスに日本語と英訳を並べて放り込んだり、時にはプリントアウトしたものに手書きで連番を振って(その後PDF化して納品時に添付)、ワードやエクセルで対訳のみを番号に沿って打ち込んでだりしていますが、一番困るのは人名です。地名や会社名はネットの情報で読み方や英文表記まで判明する場合が多いのですが、人名だけはどうにもならない場合があります。

一般的なビジネス書類の翻訳案件なら取り組む前に、翻訳対象部の全体量と一緒に「上書き不可の貼り付け画像はないか?」、「細かく作り込みすぎている表等はないか?」、「組織表や人名のリストが含まれてはいないか?」等ざっとチェックしておきたいものです。「人名だけはそちらでお願いできませんか?」と切り出してもいいでしょう。納期に関しては自分の平均処理スピード(例:通常フォントのA4ワードベタ打ちで1時間当たり1枚等)をきちんと把握したうえで計算し、必ずバッファーを含んで見積り回答しましょう。

社内翻訳の場合には、異なる部門や階層から直接依頼を受けないですむように中間窓口を設けてもらって、複数の案件が同時に依頼された場合の優先順位付などの仕分けをしてもらうようにするべきです。可能なら納品もその担当の方を通してバックログ管理をしてもらうのがベストです。

今月は実務的なティップスの提供に終始しましたが、まだまだみなさんとシェアできるネタはたくさんあります。ISSIの翻訳クラスでお会いできる日を心待ちにしております。

(最終回ではありません・・・念のため)では、また。

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