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塚崎正子先生のコラム 『ある実務翻訳者のつぶやき』 お茶の水女子大学文教育学部外国文学科英文学(当時)卒業。電気メーカーに入社後、フリーランス翻訳者となる。移動体通信、コンピュータ、医療機器を中心とした分野に関する各種マニュアル、学術論文、契約書などの英日/日英翻訳を手がける。

第5回:翻訳者とITの甘くて、ほろ苦い関係

私が社内翻訳らしきことを始めた20年ほど前、一つの部署にデスクトップPCが1台しかなかったため、個人で自由に使えるようにとあてがわれたのが、ラップトップPCというものでした。「ラップトップ」という名前に反して、現在のノートパソコンの3倍は厚みがあるような代物で、膝に載せて仕事なんて、とてもできませんでした。

その後、在宅翻訳を始めるにあたりデスクトップPCを購入しましたが、プリンタなどと合わせて一式50万円なり!Windows登場前だったので、設定は複雑を極め、PCに詳しい人にお願いしました。ちなみに、その後PCは4,5年周期で買い替えていますが、そのたびに値段が半額になり、設定も楽になっていきました。もちろん、ハードディスクの容量は倍どころか、単位自体が変わっていきました。

当時の私は地方在住で、決まったクライアントとのみ仕事をしていました。翻訳原稿を宅配便で受け取り、PCで訳文を作成し、完成したデータをパソコン通信(インターネットの前身のようなものです)またはメディアに落として宅配便で納品していました。今、考えると、本当にのんびりとしていますよね。

ところが、ITの発展、特にここ10年ほどの劇的な進歩により、翻訳のスタイルは激変しました。PCは小学生でも使いこなせるような、誰にとっても身近なものになり、買ったその日から、すぐ使うことができます。翻訳データは通常、メール添付の形をとりますが、大容量のファイルなら専用のファイル転送サイトを介して、データを送受信します。また、細かな文字の書籍版の辞書を見ずとも、PCの画面上で拡大して確認できるので、老眼が進んだ(!?)翻訳者には朗報です。

また、以前は実務翻訳というのは、「その道」の専門家しかできないというイメージでした。従って、例えば同じ技術翻訳でも、機械関係を専門にする翻訳者と、電気関係を専門にする翻訳者がそれぞれ存在しました。ところが現在、インターネットを駆使すれば、誰でも「ある程度の」知識を、どこにいても得ることができます。かつて存在した「地方在住」や「専門外」の壁が、限りなく低くなっています。

…と、ここまではITの進歩は翻訳者にとって良いことばかりです。しかし現実には、恩恵を受けた半面、それをうまく利用しないと思わぬしっぺ返しを食らうことがあります。

誰でも「ある程度の」知識を得られるということは、広く浅く「そこそこ」訳せる翻訳者が大量に登場することを意味します。ただ、「そこそこ」では決め手に欠けるため、次の仕事につながるかは疑問です。「ある程度の」知識を自分の中で咀嚼し、それを最大限生かせる訳文を作成できるかがカギとなってきます。翻訳者にとってリサーチ力は必須ですが、リサーチするだけで満足してはいけません。翻訳者の本業はリサーチではなく、あくまでも訳文作成です。

ITの発展は翻訳者に数多くの恩恵をもたらしてくれましたが、一方で翻訳者は、それを最大限活用できているか試されています

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