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塚崎正子先生のコラム 『ある実務翻訳者のつぶやき』 お茶の水女子大学文教育学部外国文学科英文学(当時)卒業。電気メーカーに入社後、フリーランス翻訳者となる。移動体通信、コンピュータ、医療機器を中心とした分野に関する各種マニュアル、学術論文、契約書などの英日/日英翻訳を手がける。

第6回:二兎を追うもの…

翻訳者にとって永遠のテーマとも言えるのが、「完成度の高い訳文」と「訳出スピード」の兼ね合いでしょう。翻訳者であれば、常に完成度の高い訳出を目指すべきです。しかし、例えば派遣先の上司から10行程度の翻訳を頼まれ、これを訳すのに半日以上かかったとしたらどうでしょうか。また、このペースでは在宅で仕事を請けることもできません。反対に、パパッと翻訳を仕上げたものの、訳抜けや誤訳のオンパレードなのも問題です。

「完成度」と「スピード」。この相反する2つの課題を、英日翻訳の面から考えてみます。

A) 日本語表現力の向上

日本語訳の完成度を高めるためには、日本語にこだわることが求められます。読解力を養うときに行う「精読」をイメージしていたければよいかと思います。一文ごと、一語ごとに、もっと他に最適な日本語の選択肢がないか検討してみます。労を惜しまずに、広辞林や類語辞典にあたるのも有効でしょう。また、日ごろからアンテナを張り巡らし、良質な日本語をキャッチして、自分のストックを増やすことも大切です。

B) 訳出のスピードアップ

まず大前提として、スピードアップにより正確さが犠牲になることがあってはいけません。短時間で訳せた代償が、不注意による訳抜けや誤訳では本末転倒です。どんな状況でも、最低限、正確さは求められます。

どうしたらスピードアップできるか?

訳出スピードを上げるのは「多読」と似ていて、ひたすら文章を「前から後ろへ」と翻訳していきます。この時に、私たちは学生時代の癖が抜けず、例えば関係代名詞が出てくると、「後ろから前へ」訳してしまいがちです。すると、そこで何が起こるかというと、視線が文章の中を前後し、スピードが落ちてしまいます。逆に視線を素早く移動させようとあせってしまうと、単語単位の訳抜けが起きやすくなります。

関係代名詞の入った文章を前から訳す方法を具体的に示してみます。

We are approaching a point of no return at which feedback loops will kick in and continue to warm the planet.

まず、at whichの前までを普通に訳します。
「私たちは後戻りできない地点に近づきつつある。」
次に、at whichを適当な日本語に置き換えて、後半を訳します。
「そうなると、フィードバック効果が始まり、地球の温暖化が進行し続けてしまう。」

同様に、We think that …という文章も、「私は…と考える」とするのもよいですが、that以下が長かったり、複雑な構文になっていたりする場合は、「私の考えでは…ということです」と訳すことも可能です。このような点を意識しながら文章を訳す訓練を重ねると、おのずとスピードアップが図られます。

翻訳を勉強するときは、常に「完成度」と「スピード」の両面からアプローチしていくことが必要です。どちらも欠くことのできない車の両輪のようなものです。しかし、車と違い実際の仕事になった場合、両者のバランスは、納期や求められる品質により微妙に変わります。限られた時間で、どれだけの物が生み出せるか。翻訳者の心の中でせめぎあいが続きます。ただ、翻訳者であれば、二兎を追って、二兎を得るくらいの心意気を持ちたいものです(Saying is one thing, doing anotherですが…)。

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