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プロ通訳者・翻訳者コラム

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藏持未紗先生

藏持未紗先生のコラム 『流れに身を任せて』 高校時代に1年間アメリカに留学。国際基督教大学教養学部を卒業。2008年にアイ・エス・エス・インスティテュートに入学。在学中よりメーカー、製薬会社等で社内通訳者として経験を積む。同時通訳科を経て、現在はフリーランス通訳者として稼働中。

第1回:はじめまして【NEW】

あけましておめでとうございます。
今回このコラムを担当させていただくことになりました藏持未紗と申します。通訳学校の生徒、社内通訳者、通訳学校の講師、そしてフリーランスの通訳者としての私の経験を通じて、少しでも皆さんに通訳の楽しさをお伝えできればと思っています。

まずは、私が通訳者になった紆余曲折の経緯をお話したいと思います。私が一番最初に通訳と出会ったのは大学の授業でした。もちろん、それ以前にも通訳者という職業があるのは知っていましたし、ニュース等で同時通訳を聞いたこともありましたが、特に意識をしたことはありませんでした。大学で通訳関連の授業がいくつかあり、現役の通訳者の先生が教えてくださるということを知り、英語がある程度得意だったこともあり、何となく楽しそうだからという理由で受講を決めました。1つ1つの訓練も実践的な通訳演習もすべてが目新しく、課題や準備は大変だったものの楽しく授業を受けることができました。

ちょうど、この授業を受けていたのが大学3年生で就職活動をしていた頃でした。通訳の授業を受けて興味を持ったものの、あまりの大変さ、難しさに、これはいきなり仕事としてできるようなものではないと思った私は、普通に就職活動をして、人と接するのが好きという理由でホテルに就職を決めました。

就職して2年目の夏休みに友達とインドネシアのバリ島に旅行に行った時に転機が訪れました。シンガポールのチャンギ空港で乗り継ぎ時間が十分にあったので、一時入国をして観光することにしたのです。すると到着ロビーにある観光案内所で、ご年配の日本人団体ツアー客と観光案内所の現地スタッフが何やらもめている様子が目に入りました。何となく気になって近付いていくと、日本人ツアー客は日本語でまくし立てており、現地スタッフが困り果てて英語で応戦していたのでした。そこで、私は間に入り簡単な通訳のようなことをし、無事に解決したので街に遊びに出かけようと友達と歩き出しました。

すると、先ほどの現地スタッフがわざわざ走って追いかけてきて「本当に助かった、ありがとう」と何度も何度もお礼を言って、空港のレストランで使えるチリクラブ(シンガポールの名物カニ料理)の割引クーポンをくれたのです。この時に、通訳ってこんなに人に喜んでもらえる仕事なんだ!楽しい!と改めて実感したのです。その後、この出来事がきっかけとなり、通訳者になることを真剣に考え始めました(決して、チリクラブのクーポンを貰えたからではありません!)。

しかし、当時私はホテルに勤めておりシフト制で勤務をしていたため、通訳学校に通いたくても毎週同じ曜日の同じ時間に通うということが物理的にできず、悩んだ結果、わずか2年でホテルを辞め、アルバイトをしながら通訳学校に通うことを決意しました。母親には大反対されましたし、いま考えれば辞めなくても他に方法があったとも思うのですが、なかなかお尻に火が付かないと本気になれない私の性格上、退路を断ったことによって結果的に、「通訳者として食べていけるようにならないと生活できない」と必死に取り組むことができたように思います。

こうして私の辛くて長い通訳者を目指す旅が始まったのです。そのお話はまたこれから少しずつお話していきたいと思いますが、実は先日びっくりするような出来事がありました。昔の荷物を整理していると、小学校卒業時に書いた自分の記録が出てきて、その「将来の夢」の欄に何と「同時通訳者」と書いてあったのです。小学生の時に同時通訳者という職業を知っていたことにも驚きましたし、なぜこの時すでに同時通訳者になりたいと思っていたのか、全く覚えがないので大変驚きました。自覚はなかったものの昔からの夢を叶えることができたことを嬉しく思うと同時に、何か運命のようなものを感じ、改めてこの仕事と真摯に向き合おうと思いました。次回以降も引き続き私の通訳者珍道中にお付き合いください。

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