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プロ通訳者・翻訳者コラム

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藏持未紗先生

藏持未紗先生のコラム 『流れに身を任せて』 高校時代に1年間アメリカに留学。国際基督教大学教養学部を卒業。2008年にアイ・エス・エス・インスティテュートに入学。在学中よりメーカー、製薬会社等で社内通訳者として経験を積む。同時通訳科を経て、現在はフリーランス通訳者として稼働中。

第5回:言葉は生き物

前回は語彙や表現のストックを増やすことが大切だというお話をしました。しかし、どれだけ語彙を増やしたとしても、実際に現場に出てみると、知らない表現に出くわすことが多々あります。

皆さんは次の表現の中で、意味が分かるものはいくつあるでしょうか?これはどれも私が実際にお仕事で遭遇して、意味を正確に理解していなかったために困った表現です。それぞれの表現が出てきた文脈を記載しておきますので、それをヒントに意味を想像してみてください。

1. 魑魅魍魎(チームのメンバー紹介)
2. 鉛筆をなめる(次年度の予算策定会議)
3. 出るとこ出たら(競合他社による妨害行為に遭った時)
4. 行って来い(売上の見込みに関する報告)
5. 一丁目一番地(今後の戦略)

まず「魑魅魍魎」ですが、これは読み方からして難しいですね。「ちみもうりょう」と読み、それぞれの漢字が化け物を表すそうです。漢字の見た目も何だか怖い雰囲気が漂っている気がしてしまいます。怪物や私利私欲のために悪だくみをする人を指すなど、ネガティブなニュアンスで使われることが多いようですが、私が仕事で聞いた時はチームのメンバー紹介で、個性の強いメンバーが集まっているのでリーダーとして、この魑魅魍魎を手なずけるのは大変だ、と愛情を込めたニュアンスでおっしゃっていました。

次に「鉛筆をなめる」と「行って来い」は数字に関する表現なので、会社の予算会議や業績の報告といった場面で使われることが多いです。「鉛筆をなめる」は数字や情報を操作するという意味で使われ、これもやはり、ごまかす、帳尻を合わせるなどネガティブなニュアンスで使われることが多いようです。私の現場では、各部署が積み上げた予算を集計して全体でみると金額が膨らみ過ぎたので、全体でこの金額に収まるように調整して欲しい、という指示の際にこの表現が使われていました。また、「行って来い」はプラスマイナスゼロ、トントンなどと同じような意味で、この要因で売上増が見込まれるが、別の要因でマイナスが見込まれるので結局行って来い、という風に使われていました。

「出るとこ出たら」はこの中では比較的聞いたことのある表現かもしれません。これは文脈によってどこに「出る」のかが変わってきますが、会社であれば裁判所、つまり訴訟を起こせば、という意味で使われることが多いでしょう。競合他社が特許侵害や誹謗中傷などにあたるような行為を働いた場合、社内で対応を協議する際に訴訟を起こせば勝てる、という意味で使われていました。

最後の「一丁目一番地」はつい最近、お仕事の現場で初めて耳にした表現です。これは政治の世界で主に使われている表現だそうですが、最優先課題という意味で使われることが多いようです。

当時私はこれらの表現を知りませんでしたので、現場では文脈から意味を想像をしたり、パートナーの通訳者さんに助けていただいたりして何とか意味を伝えることができました。中には古い表現もあったようで、先輩の通訳者さんに「あなた若いのに良く今の意味分かったわね」と言っていただいたこともありました。毎年年末にその年の流行語大賞が発表されることからも分かる通り、言葉にも流行り廃りがあり、同じ日本人でも年配の方と若い方では使う言葉が違うことが多々あります。また昔からある表現でも時代と共に意味が変わっていったものもあります。

言葉はまさに生き物で意味や使われ方が変化するだけではなく、新しい言葉もどんどん生み出されていきます。しかも、そのような新しい意味や言葉は辞書に載らないことも多くあります。さらには少し前に女子高生の間で流行った「卍(まんじ)」のように使っている本人たちもはっきりと意味を定義できないような言葉もあるので、本当に通訳者泣かせだと思いますが(実際、現場で「卍」が出てきて大変苦労しました)、日頃からアンテナを張って言葉に敏感になっておくと、思わぬところで役に立つことがあります。そして、そういう通訳者泣かせな表現を上手く訳せた時こそ、通訳という仕事の面白さと楽しさを実感できるように思います。

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