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豊田実紗先生

豊田実紗先生のコラム 『一歩ずつ、丁寧に』 青山学院大学大学院法学研究科(フランス法専攻)修士課程修了。法律関連の資格を複数取得した後、それらの知識を活かしつつ語学に関する仕事に就きたいと決意し、翻訳学校にて実務翻訳の講座を受講。その後、在宅チェッカーとして業務を開始。現在は、在宅フリーランスの翻訳者として、おもに法律分野・行政分野の文書を中心に、その他、観光・文化芸術分野などの翻訳に携わっている。

第11回:魅力的な法律翻訳

今回のコラムでは、私が携わっている法律文書の翻訳について、お話しします。

法律分野の翻訳の対象となる文書の種類は、多岐にわたります。売買契約書・ライセンス契約書などの契約書や覚書、会社の定款や就業規則、源泉徴収票や就労証明書などの各種証明書、裁判手続に関する申請書や陳述書、訴訟関連書類、法律・規則の規定そのものなど様々な内容の文書があります。また、住民票や戸籍謄本・抄本(全部事項証明書・個人事項証明書)、婚姻証明書や納税証明書などの公的証明書、婚姻届・出生届・死亡届・転出/転入届などの各種届出書など、官公庁に関わる行政文書もあります。さらに、社会保障制度(国民年金・国民健康保険など)に関する説明文書、児童手当や就学支援金などの各種手当や給付金に関する申請書を翻訳することもあります。このように数多くの文書が存在するので、法律分野の翻訳は奥深くて魅力的なものといえます。

法律文書というと、日本語の文章も難解で分かりにくいというイメージをお持ちの方々が多いと思います。そのため、翻訳作業となると、とてつもなく難しいと感じるかもしれません。しかし、法律文書の翻訳は頻繁に用いられる用語や表現が意外にも沢山あるので、「同じ表現がまた出てきた!」と親近感が抱けるかもしれません(たとえば「本契約に基づく条件」という原文の場合には「the terms and conditions under this Agreement」のように英訳したり、「以下に記載するいずれかの事由」という原文の場合には「any of the following events」のように英訳したり、「~を含み、これらに限定されない」という原文の場合には「including, but not limited to, ~」のように英訳するなど)。さらに、訳文の型が決まっているので、原文の記載どおりに機械的に訳していけば、どうにか訳文を作成できるので(たとえば「Xは、~するものとする。」という原文の場合、「X shall ~.」のように原文の主語や動詞に従って素直に英訳すればいいといえます)、容易ともいえます。

しかし、契約書の翻訳の場合、謎の不可解な表現(WHEREASやIN WITNESS WHEREOFやhereinafter referred to asなど)が連発したり、契約書翻訳の独特のルール(助動詞のshallは「~するものとする」、助動詞のmayは「~することができる」と訳して、助動詞のmustやcanは用いられない、というルールなど)が数多く存在するので、法律翻訳に慣れるまでには違和感や嫌悪感を抱くかもしれません。

また、法律文書の翻訳の特徴として「1つの文章が異常に長い」ということも挙げられます。列挙される例示事項などが非常に多く、当たり前のように20個程度の例示事項や項目が記載されていることもあります(たとえば、契約書の「不可抗力」という一般条項では「beyond the reasonable control including, but not limited to, earthquakes, floods, typhoons,・・・, war, riots,・・・.」のように、地震・洪水・台風などの自然災害や戦争・暴動などの紛争など、予測不可能な事態に関する事項が「不可抗力」の例示として数多く記載されます)。そのため、どうしても訳抜けが多くなりがちですが、そのような場合には自分自身が翻訳した訳文を原文と何度も照らし合わせてみて、自分の指などで原文と訳文を押さえながら確認してみることも大切になります。

さらに、原文の内容自体をあらかじめ理解・把握できていると、格段に翻訳作業が容易になります。たとえば契約書などの日英翻訳の際、原文に記載されている数多くの知らない法律用語(たとえば「清算手続」や「管財人」という用語など)については、事前に日本語の意味そのものを調べておくと英訳しやすくなります。一方、英日翻訳の際には、普段見慣れている単語であっても一般のビジネス文書で用いられる意味とは違った、別の意味で用いられている場合も数多くあります(たとえば「consideration」という英単語は、一般的な文書では「考慮」「よく考えること」などの意味で用いられますが、契約書では「約因」(英米法において有効に契約を成立させるための条件の1つであり、一種の「対価」のようなもの)という法律用語として用いられます)。そのため、気になった用語は念のために調べておくことも必要です。

特に、契約書などの法律文書の翻訳は「誰が訳文を読んだとしても、同じように解釈できるような訳文」を作成することが重要です。つまり、プロの翻訳者が通常用いる表現(たとえば上述のように「any of the following events(「以下に記載するいずれかの事由」)」という表現や、「including, but not limited to, ~(「~を含み、これらに限定されない」)」という表現など)が用いられている訳文は、無難で分かり易い簡潔な表現といえるので、好まれやすいです。「訳文を読んだ際に違和感を抱かせない訳文」が法律翻訳では理想的であることを、私も実際に法律翻訳の仕事をやってみたことで理解することができました。知れば知るほど、法律翻訳の世界は奥深く感じます。

いよいよ、次回のコラムが最終回となりました。どうぞご期待ください!

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