ホーム  >  Tips/コラム:プロ通訳者・翻訳者コラム  >  辻直美先生のコラム 第2回:独立のタイミング

Tips/コラム

プロ通訳者・翻訳者コラム

気になる外資系企業の動向、通訳・翻訳業界の最新情報、これからの派遣のお仕事など、各業界のトレンドや旬の話題をお伝えします。

辻 直美先生のコラム 『通訳サバイバル日記』 ロータリー財団奨学生として、ペンシルバニア州立大学大学院にてスピーチコミュニケーションの修士号取得。帰国後、外資系金融機関等の社内通訳を務めながら、アイ・エス・エス・インスティテュート東京校に学び、フリーの通訳に。通訳実績は多岐にわたり、経済、金融、不動産、航空、特許分野以外にも内閣官房長官プレスコンファレンス等を担当。2006年よりアイ・エス・エス・インスティテュート東京校、横浜校にて基礎科のクラスを数年間担当し、現在は東京校にてプロ通訳養成科3と同時通訳科の特別授業を担当。

第2回:独立のタイミング

通訳学校に通う生徒さん達の中でも、上級クラスにレベルアップしてくると、徐々に社内通訳や派遣通訳として稼働を始める方も増えてきます。その中で、いつフリーランスの通訳として独立すべきか悩んでいるという相談を時々受ける事があります。また自分自身のキャリアを振り返ってみても、そのタイミングについては大変長い間悩んだ記憶があります。これまで頂いた通訳のキャリアに関するご質問の中からいくつか例をご参考までに挙げてみたいと思います。

Q. 年齢的には何歳までに独立すれば良いでしょうか?

A. できれば30代前半までに独立する事が望ましいでしょう。駆け出しの数年間は、どんな仕事でも来るものは拒まずといった姿勢で臨む場合が多く、体力的にも気力的にもとてもハードな時期です。若い時期から人脈、経験を積み上げる事ができれば、フリーランスとしての仕事の幅が広がる可能性が高まります。かといって何歳を過ぎたらもう無理といった絶対的な目安があるわけではありません。通訳以外にも各々の人生経験で培ったものが持ち味となって生きてくると思います。

Q. 独立する前に社内通訳を経験すべきでしょうか?

A. はい。少なくとも数年間は複数の業界で社内通訳として経験を積んだ上で独立した方が、最初のエージェントの登録時にも専門分野をアピールする事ができ、その後の稼働に結び付きやすいでしょう。またフリーの通訳になる前に様々な業種、職種を経験された方はとても多く、通訳以外の社会人としての経験がとても役立つ場面も多いかと思います。

Q. 独立する前の準備としては何が必要でしょうか?

A. フリーランスとして生活していけるだけの通訳の実力を身につける事は言うまでもありませんが、その他に必要な事としてまずは貯金、人脈づくり、健康管理です。まず貯金については、独立当初仕事が軌道に乗るまで多少時間がかかる可能性もある事から、少なくとも一年分の生活費ぐらいは事前に確保しておくのが望ましいでしょう。人脈に関していえば、やはりそれまでの仕事で培ったネットワークが独立した後にかなり役に立つ場面が多いでしょう。良好な信頼関係が築けていれば、前職の会社が独立後の一番のお客様になるかもしれません。また、独立後は自分の身体だけが資本で、誰も守ってはくれません。独立したとしても安定的に仕事が入ってくるのか不安な時期も想定されるため、身体だけではなく精神的な健康管理も重要です。

Q. フリーランスとして要求される適性・資質はどのようなものですか?

A. 通訳に限らず、自営業者として仕事をしていく場合、全てが自己責任。誰か他の人が管理・ケアをしてくれるわけではありません。会社員時代は、上司からの指示に従って任される業務をこなす事が中心となりますが、一旦独立すると、自分を商品として売り込むマーケティング、請求書や確定申告などの事務・財務管理、また専門職としての継続的なスキルアップを全て一人でこなさなければいけません、そのため、なんといってもまず第一に自己管理能力が求められます。また、日々いろいろなお客様やパートナーと接する場面が多い中で、仕事でつまずいたり、嫌なことがあってもすぐに切り替えられるメンタルタフネスも重要です。

Q. フリーランスと社内通訳のメリット、デメリットは?

A. 社内通訳のメリットは、言うまでもなく安定的な環境でじっくり腰を据えて一つの会社・業界について知識を深めながら業務を遂行できる点でしょう。安定収入も魅力的です。人間関係も構築しながら社内事情に熟知した通訳者を活用できるのは、組織からみたメリットも大きいといえます。一方で通常社内だと通訳だけではなく翻訳も兼務して業務量や残業が膨大になるいわゆるオーバーワークの可能性もありますし、一つの分野・会社に縛られる事に飽きてきて外に飛び出したくなる事もあるでしょう。

フリーランスのメリットはなんといっても受ける仕事や業務量、時間にいたるまで全て自由に選べる柔軟性でしょう。組織に管理されることもなく、毎日長時間拘束される訳でもない自由は他では得難い勤務形態だと思いますし、新しい分野の最先端の情報を吸収できるなどの刺激にも溢れています。同業の通訳者とお話する中で、フリーの通訳になって本当に良かった、全く後悔していないという方も多くいらっしゃいます。一方で一旦独立してみたものの、仕事が不定期で安定収入が得られない、毎日違う現場に入るプレッシャーに耐えられないなどの理由で、また社内通訳に戻られるケースもあると聞いています。

以上、端的にまとめてしまいましたが、独立の判断をする際に、安定志向なのか、常に知的刺激と自由を求めるタイプなのかという個人差も大きく関係してくるかと思います。また一念発起して会社を辞め、東京で独立を決意した矢先にリーマンショックや東日本大震災等の未曽有の状況に遭遇し、しばらくの間全く仕事が入ってこなかったというお話も耳にしたことがあります。確かに短期的にみると独立のタイミングの運・不運はあるようですが、長期的にはやはり実力を磨いていれば必ず報われる時期が周ってくるように思えます。

私が初めて独立してエージェント登録をする時に、「フリーランスとして5年間続けることができれば、その人に市場があるとみなします。」と言われた事が印象に残っています。少し英語が堪能であればちやほやされた時代はとうの昔に過ぎて、今やビジネスの世界でも完璧なバイリンガルのお客様が会議に参加される場面も多い中で、今後ますます通訳の淘汰も進んでいくのではないかと感じています。今年に入り、年初から株式市場の混乱や、英国のEU離脱、世界の地政学的リスクが高まるなど先行きの不透明さが増す中、アベノミクス以来活況が続いてきた通訳市場の潮目も今後変わってくる可能性があります。一方で、今後4年間はオリンピック関連の特需もあり、ある程度底堅い市場も確かに存在します。
これから独立するか否かの判断に迷われている方は、是非時流を見極めながら、直感に従ってご自身のベストタイミングを選んで頂ければと願っています

Copyright(C) ISS, INC. All Rights Reserved.