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プロ通訳者・翻訳者コラム

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辻 直美先生のコラム 『通訳サバイバル日記』 ロータリー財団奨学生として、ペンシルバニア州立大学大学院にてスピーチコミュニケーションの修士号取得。帰国後、外資系金融機関等の社内通訳を務めながら、アイ・エス・エス・インスティテュート東京校に学び、フリーの通訳に。通訳実績は多岐にわたり、経済、金融、不動産、航空、特許分野以外にも内閣官房長官プレスコンファレンス等を担当。2006年よりアイ・エス・エス・インスティテュート東京校、横浜校にて基礎科のクラスを数年間担当し、現在は東京校にてプロ通訳養成科3と同時通訳科の特別授業を担当。

第4回:指名される通訳

自分でもドキッとするようなタイトルになってしまいましたが、通訳業は基本的にサービス業・・・・といっても意外にその点は忘れられがちで、時に技術力偏重に陥りがちです。ただよくよく観察してみると、通訳技術の高さが必ずしも仕事量に比例していない事に気づきます。ある時不思議に思い、キャリアの長いコーディネーターの方にどういう通訳者に仕事を依頼したいと思いますか?と単刀直入に伺った事があります。その時に頂いたのは、技術力はもとより現場での臨機応変な対応、つまり何が起こるかわからない状況でも落ち着いて冷静な適応能力を持った方に任せたいとの回答でした。いわゆる空気を読む力は通訳に限らず多くの職種で求められる能力であり、突き詰めていくとやはり人間力が問われる仕事という事になります。お仕事を依頼する側からすれば、当然指名が多いお客様からのお墨付きが得られた通訳者に安心して任せたいのが人情です。

それでは指名が多い通訳の特徴はどういうものでしょうか?いろいろな方のご意見を伺ったところ、もちろん通訳技術が高い事が大前提となりますが、他に差別化要因があるとすれば、笑顔と人当たりの良さ、専門知識の豊富さ、堂々としたパフォーマンスで安心感を与える等が挙げられました。ブースに入ってしまいお客様と直接顔を合わせない仕事ではそれほど問われない対人能力も、ロードショー等の出張案件で終日同行する場合には、やはり一緒に居て気持ちの良い通訳を選ばれるのは当然の事です。

声の質も通訳の評価としては大きなポイントのようです。確かに長時間のセッションで同じ声を聞かれるお客様にとっては、耳障りの良い声質や音量はパフォーマンスの印象を大きく左右する要素なのでしょう。そうは言っても持って生まれた声質でどうしようもない部分もありますが、アナウンサーのような発声練習を積んだり、滑舌を良くするように意識的に口を大きく開けてはっきりと発音できる訓練で多少なりとも補う事はできるでしょう。音量については、通訳者の声が小さすぎて聞こえない等のクレームに発展しないよう、自分の声を録音してサウンドチェックを定期的に行うことをお勧めします。

通訳者もエージェントも一番避けたいのは、お客様からのクレームです。その引き金となる要因としては、もちろん通訳の質に関する技術的な内容が一番多いとは思いますが、集合時間に遅れたり、お客様に対してため口をきく、通訳の立場を超えて会議を仕切ろうとする、大声で私語をする、など一般常識的な内容が挙げられます。その他にも華やかなブランドイメージを強調する業界で、派遣された通訳が暗い雰囲気だったというのがクレーム対象になる事もあるらしいです。

クレームの中でも意外に多いのは服装に関するものです。サンダルやミュール、ノースリーブやミニスカート等はあまり良い印象を持たれず、クレームに発展する事もありそうです。リクルートスーツのように全く個性を出さない服装に固執する必要はないと思いますが、通訳の実力と全く関係のないところで評価を下げるのはあまりにももったいない気がしますね。

よく通訳に向いている人の資質としてチャレンジ精神や好奇心旺盛な人というイメージがありますが、これも毎日のように新しい分野や業種に果敢に挑み、専門分野を広げていくには必須条件だと思います。裏を返せば慎重すぎると新しい仕事にチャレンジする上での妨げになるでしょう。通訳技術がありながら、完璧主義で、慎重になるが故に仕事の幅を自ら狭めてしまい、結果実力に見合う仕事量に結び付いていないケースも実際にあるような気がします。ただチャレンジ精神が思い余って身の丈を超える仕事ばかりを安請け合いすると、現場でうまくいかず、エージェントとの信頼関係にも支障をきたすリスクが生じます。新しい分野の仕事を受ける姿勢としては、前向きにチャレンジングな仕事に挑戦しながらも慎重に自分の経験や能力を客観的に評価し、バランス感覚のある判断が求められるでしょう。

ここで、友人の通訳者のユニークな逸話をご紹介したいと思います。彼女は、あるエージェントから通訳者にとても評判の悪いクライアントの仕事を打診されたそうです。ところかまわず悪態をつき、部下に対しても罵詈雑言の嵐という態度に、どの通訳もあきれ果て、二度と引き受けたくないというブラックリストに載るようなお客様だったらしいのです。そこで彼女は「このお客さんから指名を取ってやろう。」と心に誓い、なんと誰もが嫌がるその仕事を敢えて引き受けたそうです。蓋を開けてみると、評判通りのすさまじさだったらしいのですが、心の準備ができていた彼女は、涼しい顔で笑顔を浮かべながら受け流し、自分のやるべき仕事を淡々とこなし、にっこり笑ってお別れしたそうです。目論見通りその後指名を受けた時には、爽やかかつ丁重にお断りしたそうですが・・・・。

指名案件の量は、通訳者にとっての嘘のつけない通知表だと思います。エージェントで登録されているランクや通訳レート以上に正直な鏡です。指名を頂いた時に天狗にならず、万が一クレームを受けても謙虚に受け止める姿勢が長期にわたって通訳市場で生き残るために必要なのかもしれません。以上、客観的に頂いたコメントをまとめてみましたが、自分も多々反省する点が多いと感じた次第です。長年通訳をやっていると自分でも気づかない癖や習慣が知らず知らずのうちに身についているものですから、自らの戒めの意味も含めて今一度振り返ってみる機会にしたいと思います。

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