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プロの視点 ー 通訳者・翻訳者コラム


『LEARN & PERFORM!』 翻訳道(みち)へようこそ 村瀬隆宗

第1回

Principle:翻訳の三原則とは

principleを英和辞典で引くと、原理、原則、法則、主義、信念、道義など似たような熟語が、これでもかというぐらいに並んでいます。 これにざっと目を通して、何となく意味をつかんだだけでは、いろんな意味をとり得るこの言葉を正確に訳すのは、時として難しいでしょう。
こういう抽象語を明確に把握するのに便利なツールは、やはり英英辞典です。

  

企業ウェブサイトの会社紹介のページでよく目にするOur Principles。 これは「企業理念」と訳されたりしますが、このprincipleはOxford Learner’s Dictionariesによる4つの定義のうち、 最初に出てくるa moral rule or a strong belief that influences your actions
つまり「信念」または「主義」の意味です。 一方、同じコーナーでよく目にするPrinciples of Corporate Governanceのprincipleはa law, a rule, or a theory that something is based on
つまりコーポレートガバナンス(企業統治)「原則」です。

 

後者については、Three Principlesとして(無理やりにでも)三つにまとめるということが、洋の東西を問わず行われてきました。日本でも「憲法の三原則」、「非核三原則」、「ごみ出しの三原則(決められた時間、場所に、分別して)」などなど。きっと、「翻訳の三原則」というのもあるはずです。

  

そこで調べてみたところ、1798年にスコットランドのアレクサンダー・タイトラーさんがThree Principles of Translationを打ち出していました。

  

1. The translator should give a complete transcript of the ideas of the original work.(原作の考えを完全に言葉で表すべし)
2. The style and manner of the work should be of the same character with that of the original.(原作の文体と作風を踏襲するべし)
3. The translation should have all the ease of the original composition.(原作同様に自然な文で訳すべし)

  

驚いたことに、その後200年以上の間、少なくとも調べた範囲内では、誰も翻訳の三原則を提唱していませんでした。そこで考えました。ならば自分でつくってしまおうと。

  

大変申し遅れました。翻訳者の村瀬隆宗と申します。ISSインスティテュートでは講師を務めさせてもらっています。何かを始めるのに理由がひとつだけ、ということが本当にあるでしょうか。よく、こんなことを聞かれます。「なんで翻訳者になったの?」。答えは毎回のように違います。「英語も文章を書くことも好きだから」「営業職が合わなかったから」「サッカーのワールドカップが見たかったから(当時2001年)」などなど。どれも嘘ではなく、適当に、というより、いくつもの理由からその場に適したものを答えている感じです。

  

ただ、「なんで講師になったの?」という問いへの答えは、ひとつだけです。それは「翻訳を学びたかったから」。どうしても仕事一辺倒になってしまい、それだけでは翻訳の力を伸ばせないように感じていました。かといって貴重な休み時間を割いて翻訳を勉強しなおす気にも、なかなかなれません。いっそ教える立場になれば嫌でも自分が勉強するしかなくなる、と考えていたところに、ちょうどお話をいただいたのです。

  

以後、思惑どおりに翻訳業務をこなしながらも翻訳を勉強する(しかない)という日々を送っています。大変ではありますが、やはりこの学びと実践の繰り返しこそ、翻訳力を効果的かつ効率的に高める道だと実感しております。本コラムのタイトルには、そんな意味があります。もちろん、ただ学ばせてもらうのはなく、そのお返しに持っているものをすべて与えたいという気持ちで、教壇に立っている、というより(オンライン授業なので)PCの前に座っています。そうしたなかで、よく目にするミスや誤解をなくすのに役立つのではないかということで、翻訳のイロハを三原則にまとめてみようと思ったわけです。

  

かなりもったいぶってしまいましたが、翻訳の三原則は、次のとおりです。せっかくなので、世界標準を見据えて英語で考えてみました。
1. Translators don't translate.
2. Translators face trade-offs.
3. Translators see the forest FOR the trees.

  

三原則らしく、そしてヒントになるように訳すなら、こうなります。
1. translateするべからず
2. 百点満点はない
3. 木を見るために森を見よ

  

ピンときたものはあるでしょうか。次回から、ひとつずつ説明したいと思います。

  

村瀬隆宗 慶応義塾大学商学部卒業。フリーランス翻訳者、アイ・エス・エス・インスティテュート 英語翻訳コース講師。 経済・金融とスポーツを中心に活躍中。金融・経済では、各業界の証券銘柄レポート、投資情報サイト、金融雑誌やマーケティング資料、 IRなどの翻訳に長年携わっている。スポーツは特にサッカーが得意分野。さらに、映画・ドラマ、ドキュメンタリーなどの映像コンテンツ、 出版へと翻訳分野の垣根を超えてマルチに対応力を発揮。また、通訳ガイドも守備範囲。家族4人と1匹のワンちゃんを支える大黒柱としてのプロ翻訳者生活は既に20年以上。

村瀬隆宗のプロの視点のアーカイブ

第28回:Hallucination:生成AIとの付き合い方

第27回:opportunity:ただの「機会」ではない

第26回:Insight:洞察?インサイト?訳し方を考える

第25回:Share:provideやgiveより使われがちな理由

第24回:Vocabulary:翻訳者は通訳者ほど語彙力を求められない?

第23回:Relive:「追体験」ってなに?

第22回:Invoice:なぜ「インボイス制度」というのか

第21回:Excuseflation:値上げの理由は単なる口実か

第20回:ChatGPTその2:翻訳者の生成AI活用法(翻訳以外)

第19回:ChatGPTその1:AIに「真の翻訳」ができない理由

第18回:Serendipity:英語を書き続けるために偶然の出会いを

第17回:SatisfactionとGratification:翻訳業の「タイパ」を考える

第16回:No one knows me:翻訳と通訳ガイド、二刀流の苦悩

第15回:Middle out:トップダウンでもボトムアップでもなく

第14回:Resolution:まだまだ夢見る50代のライティング上達への道

第13回:Bird’s eye view:翻訳者はピクシーを目指すべき

第12回:2つのquit:働き方改革と責任追及

第11回:Freelance と “Freeter”:違いを改めて考えてみる

第10回:BetrayとBelie:エリザベス女王の裏切り?

第9回:Super solo culture:おひとりさま文化と翻訳者のme time

第8回:Commitment:行動の約束

第7回:Mis/Dis/Mal-information:情報を知識にするために

第6回:Anecdote:「逸話」ではニュアンスを出せません

第5回:Meta:メタ選手権で優勝しちゃいました

第4回:For〜木を見るために森を見よう〜

第3回:Trade-off〜満点の訳文は存在しない〜

第2回:Translate〜翻訳者は翻訳するべからず?〜

第1回:Principle〜翻訳の三原則とは〜

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