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『LEARN & PERFORM!』 翻訳道(みち)へようこそ 村瀬隆宗

第4回

For:木を見るために森を見よう

cannot see the forest for the treesといえば、おなじみ「木を見て森を見ず」ですが、これは翻訳作業にもあてはまりそうで、少し違う気がします。

  

森、つまり(文章)全体を見なきゃいけない、というのはその通りです。ただ、全体像にフォーカスを当てすぎていて、1本1本の木(つまり各文)の重要性がないがしろになっているように感じます。そこで、「翻訳の三原則」その3は、次のように変えてみました

 

Translators see the forest FOR the trees. (翻訳者は木を見るために森を見る)

  

つまり、「木を見るために森を見よ」。オリジナルのforが原因を表している(木のせいで)のに対して、こちらのFORは目的を意味している(木のために)ことにご注意ください。

  

実務翻訳でたまに困るのが、分量がある上に分納のスケジュールがタイトな場合です。たとえば、150ページの英日翻訳の納期が1カ月として、150ページを30日で割ると1日5ページだから「まず明日までに5ページ送ってください」というのは、望ましいことではありません。まず、全体をざっと読む時間が必要だからです。出版翻訳なら、2回は通しで読みたいところです。

  

全体像を把握してこそ、各文を正しく翻訳できます。具体的にいえば、文章の要旨、段落の要点を抑えた上で、各文のポイントを意識することが大切です。森から木へとズームインするイメージでしょうか。ただ、そもそも全体像をつかむには、各部をしっかり見ていく必要があります。ですから、翻訳に入るまでのプロセスは、

文 → 段落 → 文章(要旨把握)→ 段落(要点把握)→ 文(ポイント把握)

という形で「ズームアウトしてからズームイン」となるわけです。これができて初めて「翻訳」が可能になります。これは、通訳との違いのひとつと言えるでしょう。通訳の場合は、全体像を正確に把握してから訳すことは、できないわけですから。

  

この「文章の要旨、段落の要点、文のポイントを正しく反映させた訳」を、私の講座では「文脈が乗った訳」と呼んでいます。前回、「プロの翻訳者とそうでない人の形式的な見分け方」に触れましたが、訳文で判断しようとすれば、これが大きなポイントになるでしょう。

  

訳に文脈を乗せられるようになれば、機械翻訳を必要以上に恐れずにすみます。さすがのAIさんも、文章の要旨や段落の要点を把握して訳しているわけではありません。たとえば、

A defensive midfielder is a player who is positioned at the bottom of the midfield.

これを「守備的ミッドフィルダーは中盤の底でプレーする選手である」と訳すか、「中盤の底でプレーする選手を守備的ミッドフィルダーという」と訳すかは、文脈次第です。最近の機械翻訳には両方のオプションを提示するものもありますが、選ぶのは人間です。

  

翻訳の原則その3は、語彙力の重要性も示しています。また通訳と翻訳の違いの話をすると、翻訳は時間的制約が(通訳に比べれば)ないため、辞書を引けばいいということで「語彙力は大して必要ない」と勘違いされがちです。

  

たしかに辞書などで確認することは大事ですが、それだけが過大に重要視されていて、語彙力の大切さが、ある意味一周して忘れられている気がしてなりません。というのも、語彙力が不十分な状態で辞書に頼りすぎていると、文脈をとれないからです。

  

この春は子供が受験でしたが、ある大学の英語の試験は「辞書持ち込み可」でした。問題は長文1問しかありません。しかし、この条件はおそらく「罠」です。難しい単語を覚えなくてラッキー、と考えるなら、辞書で語句の意味を調べるのがやっとで、文脈はとらえている余裕はないでしょう。翻訳も同じです。

  

ですから、私は今もなお語彙力増強に努めています。なかなか頭に入りにくくなってきましたけどね。

  

村瀬隆宗 慶応義塾大学商学部卒業。フリーランス翻訳者、アイ・エス・エス・インスティテュート 英語翻訳コース講師。 経済・金融とスポーツを中心に活躍中。金融・経済では、各業界の証券銘柄レポート、投資情報サイト、金融雑誌やマーケティング資料、 IRなどの翻訳に長年携わっている。スポーツは特にサッカーが得意分野。さらに、映画・ドラマ、ドキュメンタリーなどの映像コンテンツ、 出版へと翻訳分野の垣根を超えてマルチに対応力を発揮。また、通訳ガイドも守備範囲。家族4人と1匹のワンちゃんを支える大黒柱としてのプロ翻訳者生活は既に20年以上。

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