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プロの視点 ー 通訳者・翻訳者コラム
『LEARN & PERFORM!』 翻訳道(みち)へようこそ 村瀬隆宗
第18回
Serendipity:英語を書き続けるために偶然の出会いを
最近は夕方に仕事を終えた後、こんなパターンがお気に入りになっています。まずは最寄りの図書館へ。続いて駅前の図書館へ。踏み切りの向こうのジムで汗を流し、戻って来てスーパー1階のコーヒーショップで200ワード前後の英文エッセイを1本か2本書いて帰路へ。スマホは持参しないので「LINEで牛乳を頼んだのに」と言われても謝ることしかできません。
図書館をハシゴするのは、アルコールが苦手だから居酒屋代わりに、というわけではありません。「文章を書け」と言われても、主題を考えるという最初のステップが最大のハードルにならないでしょうか?ライティングを習慣づけている私も、毎日書いていると(体感)美ら海水族館並みに大きなドトールの窓ガラス越しに夕暮れの空を眺めているだけでは、なかなかテーマが出てきません。
翻訳者としても、特定の分野の特定の事象だけでなく、多彩なジャンルを多彩なパターンで表現できるようになりたい。そこで、まずはセレンディピティ、つまりランダムな遭遇と発見に期待して図書館に寄るのです。
到着すると1分以内に本を選びます。「興味や関心がある」本を選んでいる時間などないし、それが目的でもありません。図書館ならではの大型本を選びがちです。最近選んだのは、名前の読み方も知らなかった小林古径の画集、特にファンでもない立川談志の落語集、下水道の歴史などなど。
興味もない本をだらだら読んでもしかたないので、閲覧時間は10分前後。あとは家から持参した縦積み本の続きを読みます。それだけでも、テーマを見つけるには十分です。古径さんの画集からは「ほのぼのとした暁」という表現(そこから「曙=あけぼの」という言葉が出来たのだと、あとで気付きました)を気に入ってdimness of dawnの中での愛犬ベックとの散歩について、談志さんの「小言幸兵衛」という落語からは小言と叱責の違いについて書きました。
ジムでエアバイクを漕ぎながら、どんな構成でどう展開していくか考えます。柳田国男『山の人生』から書いたのは、こんな文章。ほんの一部を読んだだけですから、感想でも要約でもなく、印象に残った逸話を広げただけです。
During the medieval era, when a samurai warrior experienced dissatisfaction with his lord's treatment, he would express his discontent by risking his own life; he would willingly enter into a battle he knew he would lose, demonstrating to his boss the irreplaceable value of his role as a subordinate.
In the premodern era, when a man felt discounted with society, he would go to a mountain to be secluded from people. He was able to sustain himself through hunting and gathering, surrounded by abundance of food resources in his environment.
In this era, when we're unhappy with society, what course of action is recommended?
Perhaps the most effective way to address dissatisfaction is by unplugging from social media, which, at times, intentionally provokes us and showcases an idealized version of others' lives.
Unlike in the past, when only a few had the ability to share information, now anyone can post on social media. Therefore, another option could be actively engaging on social media to express discontent and voice of our complaints.
Still, I believe engaging in online discussions with anonymous strangers tends to go nowhere and does little to alleviate our unhappiness. Despite distancing ourselves from social media, we continue to maintain in-person interactions with our true friends.
「英字新聞のコラムニストになる」という夢の実現は、まだまだ遠そうでしょうか?
セレンディピティはデジタルの世界でも注目されています。filter bubbles(検索ワードや閲覧ページで嗜好や興味を特定され、対象外のものが表示されなくなること)やecho chamber(SNSで考えが合わない人をブロックなどで排除していくうちに生まれる、自分と似た意見や主張の人ばかりが集う閉鎖的空間)のせいで、人はますますyou only see what you want to see(自分が見たいものしか見えない)状態に陥っています。
それを打破することは、マーケティングにも有効だと考えられているようです。アルゴリズムに基づく「おすすめ」だけではなく、たとえば書籍なら本屋でする「たまたま目に入った」という体験をオンラインで再現し、販売に結び付けようという狙いがあります。
しかし、デジタル空間でセレンディピティを生み出すのは簡単ではない気がします。そもそもserendipityとはMerriam Websterによるとthe faculty or phenomenon of finding valuable or agreeable things not sought for、つまり「求めていなかった貴重なものや喜ばしいものを見つける才能あるいはそれらが見つかる現象」ですから、「物を売りつける」という目的を合理的かつ効率的に追求するアルゴリズムには、偶然を装うことしかできないのではないでしょうか。
ちなみに、serendipityは英和辞典では「見つける才能」が強調されていることが多いのですが、実際の使われ方では「知見や能力を備えていたためにスルーせずに済んだ偶然の発見」を意味していることが多いように感じます。
偶然を装ったところで、encounter(最近「エンカウント」というカタカナをよく見ますが、そんな英語はありません)にはつながりません。私の友人や妻は、マッチングアプリで「趣味」や「価値観」のフィルターをかけていたら、出会わなかったような人ばかりです。「最初は(たぶんお互い)嫌いだった」という人も多い気がします。
だからといって、ランダムに友人・恋人候補が表示されて、自分と合いそうにない人をわざわざ選び、わざわざ会おうとするでしょうか?私の場合、同じクラス、同じ職場という物理的強制があったからこそ、かけがえのない人々にめぐり会えたように思います。
本であれば、私の好みや興味など何も知らない図書館で、1分以内という制限の中で選択し、無理矢理読むからこそ、セレンディピティを体験できるというわけです。ただし、「書くテーマを求めにいっている」という意味では、これもまやかしなのかもしれませんね。それが目的だったのに、心に刺さる本に遭遇してしまい、貸出で持ち帰らないわけにはいかなくなったとき。それが真のセレンディピティと言えるでしょうか。
参考:serendipityという言葉の元になったのは、“The Three Princes of Serendip”というアラビアのおとぎ話(Serendipは今のスリランカ)
村瀬隆宗 慶応義塾大学商学部卒業。フリーランス翻訳者、アイ・エス・エス・インスティテュート 英語翻訳コース講師。 経済・金融とスポーツを中心に活躍中。金融・経済では、各業界の証券銘柄レポート、投資情報サイト、金融雑誌やマーケティング資料、 IRなどの翻訳に長年携わっている。スポーツは特にサッカーが得意分野。さらに、映画・ドラマ、ドキュメンタリーなどの映像コンテンツ、 出版へと翻訳分野の垣根を超えてマルチに対応力を発揮。また、通訳ガイドも守備範囲。家族4人と1匹のワンちゃんを支える大黒柱としてのプロ翻訳者生活は既に20年以上。
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